24 実働部隊、今度の対策を練る
その後のことは、すべてウィレムがいいように取り計らってくれたようだ。
ショックでぼんやりとしていたメリアローズは、気がつくと懐かしいマクスウェル公爵邸まで送り届けられていたのだから。
「今日はゆっくり休んでください。それから……しばらくは、絶対に一人で外を歩かないように気を付けて」
そう言ったウィレムに、なんとか頷き返したことまでは覚えている。
その後はぼんやりしたままいつも通りの日課を終え、使用人たちに就寝の挨拶をし、暖かな寝台に横になったところで……メリアローズはやっと手足の感覚が戻ってきたような気がした。
……大丈夫。ここは慣れ親しんだ安全な場所だ。
屋敷の中にはたくさんの人がおり、メリアローズが少しでも声を上げれば、すぐさま誰かが駆け付けるようになっている。
そうわかっていても……暗闇の向こうからまた追手が現れるのではないかと、そんな不安が押し寄せてきて、体が震えてしまうのだった。
「……駄目ね」
明日は学園に行かなければならない。
不調な様子を見せれば、リネットや周りの者にも心配をかけてしまうだろう。
あの男たちは、メリアローズを王子の婚約者と分かったうえで、狙いをつけて襲い掛かってきたのだ。
メリアローズを排除したい者。王子の婚約者の座から引きずり落としたい者……。
「このままじゃ、終わらせないわ」
メリアローズは悪役令嬢なのだ。
ごろつきをけしかけ襲わせようとするなど、まさに悪役令嬢のお家芸であるというのに……。
誰だか知らないが、随分と舐めた真似をしてくれるものだ。
不安が少しおさまったと同時に、メリアローズの胸に湧いてきたのは猛烈な怒りだった。
このままでは終わらせない。なんとか、メリアローズを狙う、その相手に一矢報いなければならない。
その為にはゆっくりと休まなくては、とメリアローズは無理矢理心を落ち着かせて、そっと目を閉じた。
◇◇◇
「……おはようございます、メリアローズさん」
翌朝、学園の入り口でウィレムが待ち構えていた。
ウィレムは昨日見たような垢抜けた格好ではなく、いつもの眼鏡をかけた、地味な王子の取り巻きスタイルに戻っている。
その顔を見てメリアローズはほっとした。
「えぇ、おはよう。メガネ」
「……またそれですか。昨晩はよく眠れましたか」
くすりと笑ったウィレムに問いかけられて、メリアローズは力なく首を左右に振る。
「正直に言うと、あまり眠れなかったわ」
色々な思いが込み上げて、とてもぐっすり眠れるような心境にはなれなかった。
だが、落ち込んでばかりはいられない。
メリアローズは悪役令嬢である。やられたら、倍返しにしてやり返すくらいの気概を持たなければならないのだ。
そう決意すると、遠くから見慣れた姿がこちらへと歩いてくるのが見えた。
「おはようございます。メリアローズ様、ウィレム様」
にこりと朗らかな笑みを浮かべてやって来たのは、メリアローズの筆頭取り巻き、リネットであった。
にこにこと笑ってそう挨拶したリネットだったが、すぐにウィレムとメリアローズの間に漂う、緊迫した空気に気がついたようだ。
「……何か、あったのですか」
「放課後、バートラムも交えて説明する。……リネット、今日はできるだけメリアローズさんの傍についていてくれないか」
リネットは、深く詮索するような真似はしなかった。
すっと表情を引き締めると、ウィレムとメリアローズに向かってしっかりと頷いて見せたのだ。
「えぇ、仰せのままに」
「……メリアローズさん、まさか学園内で何かあるとも思えませんが」
「大丈夫、気は抜かないわ」
気合を入れなおすようにぱしりと扇子を広げると、ウィレムは納得したように頷き、メリアローズとリネットの前から去っていった。
「ここからが、勝負所ね……!」
「メリアローズ様……」
メリアローズはおとなしく泣き寝入りなどしてやらない。
昨日の事件の黒幕が、今もどこかでメリアローズのことを見張っているかもしれない。
メリアローズは宣戦布告するように高笑いを繰り返し、いつものように胸を張って歩き出した。
◇◇◇
そして放課後、四人はいつものように学園内の一室で顔を突き合わせていた。
だが、その表情はどこか暗い。
いまだ事情を知らないリネットであっても、相当に事態が動いているのがすぐにわかったであろう。
「……まずは、バートラムとジュリアの間にあったことについて、リネットに説明するわ。バートラム、いいわね?」
「……あぁ」
バートラムはいつものようにふざけた様子も見せず、真剣な顔で頷いて見せた。
当事者の同意が得られたので、メリアローズはやっとリネットにその出来事について話すことができたのである。
ジュリアがバートラムに心変わりしてしまったこと。
そして、その想いをバートラムに告げたこと。
バートラムもジュリアを想っていたが、王子のためを思って身を引いたこと……。
「……そうですか、そんなことが」
リネットは多少動揺した様相を見せたが、それでもしっかりと事態を受け入れているようだった。
それを確認して、今度はウィレムが口を開いた。
「今のことだけでも大問題だが……もっと事態は悪くなっている」
「また何かあったのか」
重々しく問いかけたバートラムに、ウィレムは首肯して見せる。
「昨日の夕方、メリアローズさんが街の通りで襲われた」
「なんですって!!?」
そう言って真っ先に立ち上がったのはリネットであった。
メリアローズは慌てて彼女を落ち着かせようと腕を引く。
「だ、大丈夫よリネット……。私はほら、ウィレムが守ってくれて、この通りなんともないから」
「ウィレムが? お前ら一緒にいたのか?」
「……まぁ、それは置いといて。重要なのはここからだ」
さりげなくバートラムの問いをはぐらかしたウィレムは、真剣な顔つきで口を開く。
「襲い掛かってきたのは、どう考えてもメリアローズさんとは面識のなさそうなごろつき数人。奴らは、『王子の婚約者』であるメリアローズさんに狙いを定めていた」
「……背後にいるのは?」
「どうやら念入りに尻尾を掴ませないようにしていたらしい。はした金で雇われていた奴らはすぐに口を割ったが、黒幕にたどり着くような手がかりはいまだ得られていない」
どうやらウィレムは、メリアローズを送り届けたのちにそこまで調べ上げていたようだ。
その鮮やかな手腕に、メリアローズは感心した。
「そんなの、いったい誰が……」
「メリアローズを邪魔に思う奴。メリアローズを王子の婚約者の座から引きずり下ろしたい奴か……」
四人は顔を見合わせる。
その条件にあてはまるものは……
「今のところ、容疑者が多すぎて絞り切れないな」
肩をすくめそう告げたバートラムの言葉に、メリアローズも内心で同意した。
おそらく黒幕は、メリアローズを襲い王子の婚約者から引きずり落とそうとしている。
つまり、メリアローズの次に王子の婚約者に収まるような者、もしくはそれに近しい者が考えられるが……それだけの条件では絞り切れないのである。
「そりゃあ誰だって、王子の婚約者になれるならなりたいだろうからな。疑ったらキリがないだろうな」
「王子の相手として名前が挙がるとしたら、それなりの家柄の令嬢ですが……」
「その条件だとリネット。お前もだぜ」
「ふざけないでください、バートラム様! 私がメリアローズ様を傷つけようとするはずがないじゃないですか!!」
「おいおい、冗談だっての。そんなに怒るなよ……」
そんなバートラムとリネットのやりとりを聞きながら、メリアローズは思案していた。
もしや犯人では……と思い浮かぶ顔はいくつかあるが、もちろん根拠や証拠があるわけではない。
……私は、そんなに恨みを買っていたのかしら。
そう考えて、メリアローズは少しだけ落ち込んだ。
悪漢を雇ってヒロインを襲わせるという手腕は、悪役令嬢の得意技である。
だがメリアローズは、もちろんそんなことをジュリアに対し実行しようとは思わなかった。
いくら演技と言えど、彼らが最後までメリアローズの思い通りに動くという保証はない。
そんなことをすれば、王子がどうとかいう問題ではなく、ジュリアの人生そのものを壊してしまいかねない。
そんな手段を、メリアローズを狙う者は使ったのだ。
その事実に、思いのほかぞっとした。
「それで、これからのことなんだが……」
そう切り出したウィレムに、バートラムとリネットはぴたりと喋るのを辞めた。
メリアローズも意識を現実に引き戻し、彼の言葉を待つ。
だが、次の瞬間聞こえてきた言葉に、思わず耳を疑った。
「メリアローズさんは……もう、この計画を降りるべきだ」
ウィレムは真剣な表情で、確かにそう口にしたのだ。




