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23 悪役令嬢、身の危険を感じる

「よぉ、お二人さん。ちょっといいか?」


 明らかに二人の行く手を塞ぐようにして待ち構えていた男たちは、にやりと意地の悪い笑みを浮かべてそう声をかけてきたのだ。

 メリアローズはとっさに背後を振り返る。

 想像していた通り、二人の背後にも挟み撃ちをするかのように、同じような者たちが数名、立ちふさがっていた。


「……何の用だ」

「残念だがな、兄ちゃん。用があるのはあんたじゃなくてそっちのお嬢さんの方なんだよな」


 男たちが締まりのない笑みを浮かべてメリアローズの方を指差す。

 メリアローズの手を握るウィレムの手に、いっそう力がこもった。


「あんた、王子様の婚約者なんだろ? 駄目じゃねぇか。他の男とこんな風にいちゃついてたらよぉ!」


 げらげらと、狭い通りに不快な笑い声が響く。

 メリアローズは思わず眉を潜めた。


 彼らは、メリアローズが王子の婚約者であると認識して、わざわざ待ち構えていたのだ。

 ……独断だとは思えない。おそらく、背後に糸を引く者がいるのだろう。


「そんな悪い子にはちょっとおしおきしちゃおうかなー、なんてな」

「大丈夫。大人しくしてたらひどくはしねぇからよぉ」

「兄ちゃん。あんたもおとなしく退いたほうがいいぜ。そこのお姫様はちゃんと俺たちが面倒見てやるからな!」


 不快な言葉をまき散らしながら、彼らはじりじりと距離を詰めてくる。

 メリアローズは思わず身を固くした。

 こういう時は焦ってはいけない。そうわかっていても……


 ――怖い


 確かな恐怖を、感じずにはいられないのだ。

 ウィレムがぐっとメリアローズの手を握り締める。

 そして次の瞬間――


「なんだぁ!?」


 ウィレムがとっさに、近くに積んであった木箱を高く蹴りあげた。

 そして、待ち構えていた男たちの注意が逸れた瞬間、メリアローズの手を引くようにして走り出したのだ。


「待って、こっちは!」

「いいから!!」


 だが、何故かウィレムが向かったのは大通りとは反対側の路地裏の方だったのだ。

 すぐに、背後からは追いかけてくる者たちの怒号が聞こえてくる。

 恐怖にもつれそうになる足を必死に動かし、メリアローズは走る。

 だが、路地裏をぐるぐると走る二人の前に見えてきたのは、無情な袋小路であった。


「そんな……!」

「いや、これでいい」


 焦るメリアローズとは対照的に、ウィレムの方は冷静だった。

 メリアローズを行きどまりの袋小路の奥に誘導すると、打ち捨てられていた長い木の棒などを手に取っている。

 メリアローズはただ震えながら、その様子を見ていることしかできなかった。

 いや……他にもできることは、あるはずだ。


「ねぇ……あの人たちの狙いは、おそらく私一人よ。私が出ていけばあなたは――」

「それ以上言うと怒りますよ」


 決死の覚悟で絞り出した言葉は、あっさりとウィレムによって棄却されてしまう。

 ウィレムは慌てる様子もなくメリアローズの方へ向き直り、そっと指を絡めるようにして手を握り、小さく笑みをこぼした。


「大丈夫。ここにいてください。あなたには指一本触れさせません……絶対に」


 まるでおとぎ話の中で、姫に誓いを立てる騎士のように、彼はそう言ってみせたのだ。

 その途端、メリアローズの心が大きく揺らめいた。


「ウィレム……」

「いたぞ、あそこだ!!」


 だが、無情にも二人の元には追手が近づいてきてた。

 震えるメリアローズを背後に庇うようにして、ウィレムは彼らに対峙する。


「おいおい、女の前でかっこつけたいのはわかるけどなぁ、ここは素直にどいといた方が身のためだぜ」

「うっかり殺しちまうかもしれねーからなぁ! ヒャハハ!!」


 彼らの脅しにも、ウィレムは少しも反応しなかった。

 ただ冷めた目で、下劣な者たちを見据えるのみである。


「あぁん? なんだよその顔は」

「……さっさと済ませたい、来るなら早く来いよ」


 逆にウィレムが彼らを挑発すると、追手たちは不快そうに表情を歪めた。

 そしてその中の一人が、怒りをあらわにして前に出てきたではないか。


「調子に乗りやがって……!」


 その男が鈍く光るナイフを手にしているのに気がついて、メリアローズは思わず小さく悲鳴を上げてしまった。

 だが、ウィレムは相も変わらず動かない。


「死ねよクソ野郎がぁ!!」


 遂に、男はナイフを振りかざしウィレムの方へと突進してきた。

 メリアローズは声も出せずに固まることしかできない。

 だが、勝負は一瞬でついた。


「うがぁ!?」


 ウィレムは足を引っ掛けるようにして相手のバランスを崩し、流れるようにその腹に膝蹴りを叩き込んだのだ。

 まるで潰れた豚のような悲鳴を上げ、男は地面に倒れ、動かなくなった。


「なんだ、こんなものか」


 余裕すら感じさせるウィレムの声に、追手たちの反応は真っ二つに分かれた。


「おい、やべぇんじゃねぇのか……?」

「やっぱり、貴族のお嬢様を襲撃なんて無理があったんだよ……!」


 明らかにウィレムに気圧され、逃げ出そうとするものと、


「へぇ、兄ちゃん。細っこいわりにやるじゃねぇか……!」

「てめぇ、ふざけてんじゃねぇぞ!!」


 逆に、怒りを向けるもの。

 そして、後者の者たちは一気にメリアローズたちの方に向かって突進してきたのだ。


「ひっ!」

「大丈夫、動かないで!!」


 怯えるメリアローズのそう言い聞かせ、ウィレムは彼らに立ち向かっていく。

 目の前の暴力の気配に、メリアローズは震えながらもその様子から目が離せなくなっていた。

 まるで全身をばねのように跳ねさせ、殴り、蹴り、時には手にした木の棒で打ち据え、ウィレムは確実に一人一人を無力化していく。

 騎士というには、少し野蛮すぎるかもしれない。だが、メリアローズの目には、確かに彼が白銀の剣を振るう騎士のように見えていた。


「おい、そっちの女を狙え!」


 やがて、路地裏そんな声が響いた。

 その声を聴いて、一人の男がメリアローズめがけて手を伸ばしてくる。メリアローズはひっと息をのみ身を竦ませた。

 王子の婚約者を捕らえようと、野蛮な腕が伸びてくる。

 だが、ウィレムは誓いを違えるようなことはしなかった。


 瞬時に男とメリアローズの間に割り込んだウィレムは、目にもとまらぬ速さで男の腹を木の棒で打ち据えた。

 男は血反吐を吐いて、仰向けに倒れ動かなくなる。


「ちっ……退くぞ!!」


 残っていた者たちも、劣勢を悟ったのだろう。

 まるで蜘蛛の子を散らすようにばたばたと逃げ出していく。

 ウィレムは、無理に追いかけようとはしなかった。

 ただ彼らの背中を見送り、既に路地裏に倒れた者たちが動かないことを確認した後……大きく息を吐いてメリアローズの方に向き直る。


「……終わりましたよ」


 その言葉になんて言い返せばいいのか、メリアローズはわからなかった。

 ただ一歩一歩彼の方に近づき、そっと彼の瞳を見つめる。

 先ほどあれだけ乱暴に男たちを相手に暴れていたウィレムは、今は優しさを湛えた翡翠の瞳でメリアローズを見つめていた。

 その目を見ると、もう駄目だった。


「う、うぅ……」

「メリアローズさん!? まさかどこか怪我を……!」

「ちがっ、違うの……」


 どこも怪我などしていない。

 約束通り、ウィレムは彼らがメリアローズに、指一本触れることなどないようにしてくれたのだから。

 だから……どうして涙が止まらないのか、メリアローズ自身にもわからなかったのだ。


「あなた……無茶しすぎよぉ……!」


 もうどうしようもなくなって。メリアローズはウィレムの服を掴むようにして、みっともなく泣いてしまった。

 淑女がこんな風に泣くなんて、とんでもなく恥ずべきことだ。

 そうわかっていても、もう止められなかった。


「あの、その……すみません……」


 やがて、ウィレムの手が遠慮がちにメリアローズの背に回され、そっと抱き寄せられる。

 そのぬくもりを感じると、ますます涙が止まらなくなってしまう。

 ぐちゃぐちゃな感情を抱えたまま、メリアローズはウィレムの腕の中でひたすら泣き続けた。


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― 新着の感想 ―
[一言] おっとこれは、メガネくんもといウィレムルートも有るのか……?
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