152 二人の約束
「はぁ、はぁ……ようやくまいたかしら……」
「ずいぶんとしつこかったですね……」
イーディスと彼女の下僕集団から逃げ続け、気が付けばメリアローズとウィレムは王立公園の木立の中にまで逃げ込んでいた。
だいぶ距離を稼げたのか、今のところ追っ手の声は聞こえない。
メリアローズもやっと落ち着いて息を整えることができた。
「まったく……何なんだあの子は……」
「……イーディスにも色々あったのよ。今は反動ではっちゃけているけど、きっとそのうちに落ち着くわ」
「そうですかね……俺はそうは思いませんが」
何故かムッとした様子のウィレムに、メリアローズは首を傾げた。
「どうしたの? そんな顔をして」
「どうしたも何も……メリアローズさんももう少し自覚してください。男だけじゃなくて女までひっかけて来るなんて……」
「ちょっと、人を害虫ホイホイみたいに言うのはやめてちょうだい!」
そう言い返すと、こちらを向いたウィレムの視線が合った。
彼は存外真剣な顔をしていたので、メリアローズは思わずどきりとしてしまう。
「心配に、なるんです。あなたは自分の魅力に無自覚だから……。いつか強引なやつに奪われてしまうのではないかと……」
「……ウィレム、私は意思の無いお人形じゃないのよ。そんな不埒物が目の前に現れたら、全力で抵抗して、私にちょっかいをかけたことを後悔させてやるんだから!」
メリアローズはただケーキに載せられた苺のように、自らの運命を他者に委ねるつもりは無い。
自分の進む道も、共に生きる相手も、きちんと自分で見定めることができるのだ。
「でも……やっぱり俺は心配なんです。だから……約束を、くれませんか?」
「約束?」
「この先ずっと、あなたの一番近くにいられる権利を……俺に、予約させてください」
そう言うと、ウィレムは意を決したように懐から何かを取り出した。
よく見ればそれは……メリアローズが広場で視線を奪われた、美しく輝く緑の石があしらわれた、イミテーションの指輪だったのだ。
「そんな、どうして……」
「いえ、じっと見ていたので、こういうのが好きなのかと……」
まさかそこまで見られていたとは思わなくて、メリアローズはさっと頬を赤らめた。
「…………見てたの」
「見てますよ、いつも。目を離したら何があるかわかりませんからね。だから……」
ウィレムはそっとメリアローズの手を取ると、左手の薬指に口づけを落とした。
「あなたのこの場所を、俺に予約させてください」
つまり、それは……。
彼の意図を察して、メリアローズの頬はますます赤みを増した。
胸の奥から湧き上がるのは……確かな歓喜だ。
「……他に目移りしたら、許さないんだから」
ついつい可愛くない言葉が口を突いて出てしまったが、ウィレムにはそれが遠回しな承諾だとわかったのだろう。
彼は取り出した指輪を、丁重な手つきでメリアローズの薬指へと通していく。
まるで誂えたかのように、指輪はぴったりとメリアローズの指へとはまった。
メリアローズがそっと日の光に透かすと、指輪はきらきらと美しい輝きを放った。
「……ふふ」
思わず笑みを漏らすと、ウィレムは嬉しそうに笑った。
「それにしても、メリアローズさんがその色が好んでいるとは知りませんでした。もっと派手そうな色をお好みだと……」
まさに指輪に彩る色と同じ色の瞳でメリアローズを見つめながら、ウィレムは不思議そうにそう口にしたのだ。
どうやら彼は、何故メリアローズがこの色の指輪を見ていたのかまったく気づいていないようだ。
その察しの悪さに、メリアローズはがっくりしてしまう。
――毎日鏡を見てればわかるでしょ!? まったく……。
しかし自分の口から理由を言うのが恥ずかしくて、メリアローズはずい、と距離を詰めた。
「……私の目を見て、そうすればわかるわ」
生真面目なウィレムは、その言葉を受けてじっとメリアローズの目を見つめた。
少し気恥しく思いながら、メリアローズもじっと彼の美しい瞳を見つめる。
気が付けば緑の瞳が、どんどんと近づいてきて――。
「さぁ、次はこっちを探しなさい! メリアローズ様をお救いするのよ!!」
遠くから響くイーディスの声に、二人はぱっと距離を取った。
「……逃げた方がよさそうね」
「そうですね……」
自然とウィレムがメリアローズの手を取り、二人は再びその場から駆け出した。
メリアローズの手を引きながら走るウィレムの耳が赤くなっているのに気が付いて、メリアローズはそっと微笑む。
どうやら彼は、メリアローズがあの指輪をお気に召した理由に、ちゃんと気が付いたようだ。