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 とっても痛かったです……。

♢14♢


 いっそのこと、ぶん殴ってほしかった。

 そうすれば……許された気になれたか?

 そんなだから何にも気づきもしなかったんだ!

 クソ野郎だ。本当に……。


 おばちゃんは俺をフォローしたが、完全に俺が悪い。おっちゃんじゃないが俺は死んだ方がいい。少なくとも1回は死ぬべきだ。

 バレンタインだのチョコレートだの言う資格は、俺にはなかったんだ。


 いっときの感情だけで踏みにじったのだ。ルイの思いを。そして、自分はそれに気づきもしない。

 ずっと、いつもと同じだと思っていた。

 ルイはずっと我慢していたんだ。少なくとも同じクラスだった1年間。普段と変わらずに見えるように振舞っていた。


 ……何のために?


 あれは自分が悪かったんだとでも思っていたんだろ。ルイはそんなやつだ。

 いつものように怒って殴られでもしなくちゃ、俺には何も分からなかった。酷いことをしたなんて思ってもいなかった。


 いつもと変わらない、よく怒る幼馴染。

 そいつがどんな気持ちだったのかなんて、俺は考えもしなかった。

 いて当たり前。いなくなると心配。言わなれなくても分かることも多数あるが、言われないと分からないことはもっとあったんだ……。


 ルイはどんな気持ちで隣にいたんだろう?


「落ち込むのは勝手よ。けど、それでいいの?」


 不意にお姫様に話しかけられた。お姫様は、俺の隣にではなく前に立つ。

 下の芝しか見てなかったから、近づいてくるのに気づかなかった。そして、芝をだいぶむしってしまったが大丈夫かな? ハゲているような。


「あんたの言葉をみんな信じてる。つまらない世界じゃなくすんでしょ? 自分がそんな顔してて、どうやって世界を変えるのよ」


 世界なんて大それ過ぎていた。俺は自分の隣すら気にすることが出来ない人間だったんだ。

 こんなカスに世界をどうこう出来るわけがない。


「放っておいてくれよ。来週には復活するから……」


「──バレンタイン終わってるじゃない!」


「いいんだよ……もう。チョコレートはセバスに仕入れさせてバレンタインをやるから。支払いは俺の寿命とかでするから」


 こんなクズが生きていていいわけがない。かと言って、自分で死ぬとか無理だから!

 悪魔に寿命を奪われて死ぬことにしよう。


「それじゃあ、いつでもチョコレートを食べられるようになってないじゃない!」


「お小遣いで買えよ。俺はこのまま貝になりたいんだ。放っておいてくれ。そうだ、いっそのこと浦島太郎になるのもいいかもしれないな」


「はぁ……」


 お姫様に盛大にため息をつかれた。そして、何を思ったのかお姫様は俺の隣にやってきて座り込む。

 こいつは何をやって……何をしにきたんだろう?


「何に悩んでるの? 聞きたくはないけど、仕方ないから聞いてあげるから話しなさい」


「言いたくない」


「あたしが聞いてあげるって言ってるのよ?」


「言いたくない……」


 お姫様になんと言われても、言いたくないものは言いたくない。だいたい、『仕方ないから』とか言うやつに言うようなことは何もない。

 これは俺の問題だし、俺にしか分からないことであるべきだ。とにかく言わない。


「それじゃあ仕方ないわね。自主的に話してもらうのは諦めるわ。 ──そっちから喋りたくなるようにしてあげる!」


「ぼ、暴力は何も生まないよ? 僕は絶対に口を割らないし。そんなことしてもムダだよ?」


「どのくらい、その余裕が続くかしらね」


 お姫様はノーモーションでいつのまにか立ち上がりっていて、冷たい視線で見下ろしてくる。

 首と腕の骨をパキパキ鳴らして、臨戦態勢をアピールしてくる。


「──ちょっと待って! やめて!」


「これがあたしのやり方よ。甘やかしてはダメ。最良は進まなくては手に入らないのだから。落ち込む暇があるなら、無様にでも足掻きなさい!」


「ぶん殴ってほしいとは思ったよ? でも、お姫様にじゃないし。何より、シャレにならないくらい本気だよね!?」


 こんなに落ち込む俺に容赦なく暴力を振るうと? 慰めるとかじゃなくて? 優しく聞いてくれたら、僕は喋るかもしれないよ?


「あら、ミルクの時に気づかなかったの? やると言ったら、あたしはやるわよ!」


「えーーっ、落ち込む暇もないんすか!」


「──ない! そんな暇があるなら行動しろ!」


 心の整理もついてない。傷心は癒えてない。やる気も何もかも、どこかに消え去った。

 しかし、姫は諦めることも立ち止まることも許してはくれないらしい。なんたるワガママ姫。付き合いきれないぜ。


 そして……ギャーーーーーーーーーーッ!?



 ※



「──カカオ豆どころか砂糖もない!?」


 二クスに呼びだされて来てみればそんな話だった。

 もっと早くに、一番最初に気にするべきところだったということだろう。今更だけど!


「はい、セバス殿のおかげで企画書の文字はなんとかなりました。それで、このチョコレートの材料ですが、どちらもありません」


 俺の持ってきたバレンタインの企画書。

 チョコレートの材料に、バレンタインの概要等をまとめた、バレンタインの書の半分。

 ちなみに授業中に内職して作ったものだ。

 書のもう半分は、ルイちゃんのチョコレート講座をまとめたものにする予定だ。


「おいおい、チョコレートなんて最初から作れなかったのか? 異世界には砂糖すらないとか……」


 予想外だ。塩があるから砂糖もあると勝手に思っていたが、甘いものが果物くらいしかないところでは、砂糖なんてなかったのだ。


「小僧、誤りがあるぞ。今は無いだ。どこにだって最初から有ったものなど有りはしない」


「セバス……それって」


「素材はあるはずだ。誰も必要としなかっただけで」


 ……そういうことか。砂糖になってないだけで、材料はあると。カカオ豆も同様に。

 あるところに行って素材を手に入れて、作ればいいってことか。


「だけど、そこまでする時間は……」


「すでに移動しています。どちらも我々の住んでいる場所にはない。それに植物だと伺いましたので、可能性のある場所に目星をつけて、すでに移動していますよ?」


 いつの間にか城が動いてる? まったく揺れもしないし、音もないから気づかない。

 さっきまで外にいても分からなかった。揺れてはいたが、あれは俺自身だったし。


「この材料の詳細が分かれば、こちらの資料と参照して、正確な場所を見つけることも可能なんですが」


「──そうか、ならちょっと待ってろ! カカオ豆と砂糖。他には……分からないから全体的にだな!」


 忘れているかもしれないがウチは本屋だ。

 勝手に持ち出したら文句言われるだろうから、きちんと買ってこよう。


「──すぐ帰ってくる。セバス付き合え!」


 まだ夕方だ。店は開いてる。ウチになければ、大きな本屋に行って買うこともできる。

 とにかく急げ! 図鑑とかチョコレートとかの本を買ってくるんだ!


「お待ちしています。ところで、酷い目にあっただけはありましたか?」


「あぁ、頬が千切れるんじゃないかと思った。だけど、甘やかさないらしいから仕方ない」


♢14.5♢


 やはり面白い方だ。悪魔が手を貸し、あの姫まで気にされるのだから当然か。

 おや、噂をすればなんとやらですね……。


「珍しいですね。姫が、ここに足を運ぶのは」


「……アイツは?」


「セバス殿と今しがた出ていかれましたよ。いつものようにね」


「そう、ならよかった。ちょーーっとだけ、やりすぎたかな? って思ってたから」


 回りくどいことをせずに、素直に励ませばいいものを……。どうにもこの子は昔から不器用ですね。

 しかし、変わられたように見える。良い方向に。


白夜(はくや)さんに手を貸してあげたらどうですか?」


「セバスにあなた。パパにおじさまたち。それだけいれば十分でしょ? あたしの出番なんてないわよ」


「こちらの事はですね。白夜さんの日常のことは、我々では力になれません」


 引け目も負い目もなく関われる人でなくては。あなた方は互いにそれを満たしているように思える。

 ……だからこそ意味があるのでしょう。


「やっぱり、それを解決しないとダメみたいね」


「必要があるならお呼びを」


「悪魔はセバス1人いれば足りてるわ」


「なら、他のところで活躍しましょうかね」


 任せてばかりでは申し訳ない。

 本来は我々がやらなくていけないことを、彼にだけさせては面目が保てない。


「ニクス……。あなたもチョコレート欲しいのね」


 何やら誤解があるようですが、口にしたら認めたも同じなので黙っていましょう。


「2人は向こうに行ったのよね?」


「ええ、そうだと思いますよ」


「はい、これ」


「……この袋の中身は?」


「チョコレートよ。これを分析して材料の資料にと、実際食べてみなさいよ? 美味しいわよ」


 現物があるのなら、もっと早くいただきたかったですね。こんなにあるということは、今いまではないのでしょうし。


「じゃあ、着替えて行ってみましょうかね」


「なにをしにですか?」


「──向こうの日常とやらを解決しによ!」


 変にやる気を出すとあれですが、セバス殿もいますし大事にはならないでしょう。たぶん。


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