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ep015.『SSR』

 ――コン!


 ビルの縁を蹴り二人同時に宙へと飛び立つ。

 最初の奇襲はウサギに任せて宗は即座に陰陽術による隠形で身を隠す。


 ウサギは真上、ややビル側から。

 宗は飛び越えるようにして先んじて敵の表に回る。


 「フッ!」


 短く息を吐いたラビットフットの右脚が背を向けたままの中坊の頭を踏み潰しにかかる。


 ――ガキンッ!


 が、ラビットフットの強力な踏みつけは突然現れた緑の膜に阻まれ、中坊の頭を叩き割るには至らなかった。

 

 ――まぁ、奇襲に対する何らかの対処は行っていなればおかしいというものだ。


 初撃が防がれるのは想定内。


 「うわっ! ビクッたぁ。いるの分かってたけど詰めんの早すぎでしょ」


 ――気づいていたというだけはある。


 驚いているものの、既に冷静にラビットフットを観察している。

 もちろんラビットフットもただ見られているだけではない。

  

 左で追加の踏み潰しを見舞うと同時に右足を振りかぶる。

 そのまま右を蹴り上げ、体を逸らす。


 ――ガキン! ガキン!


 踏みつけに続くサマーソルトでも障壁は割れない。


 「そんなの効かねーよ!」


 緑の膜と同じように突然中空に複数のドリルのような金属塊が現れる。

 追尾ミサイルのように放たれたそれが、空中で身動きの取れない哀れな獲物を射殺さんと殺到する。


 だが問題ない。彼女はすでに足を付いている。


 バレエのアラベスクのような姿勢。宙に足を付けたままドリルを、否、中学生を見据えるラビットフット。


 ドリルが間合いに入ったその瞬間、後ろに上げた脚を一閃。


 ――バッァアン!!

 

 音速を遥かに超える蹴りが空気を炸裂させる。

 ドリルの弾道は獲物を見失い、脚の軌道上にあったものはもれなく返却される。


 ――ガガガキンッ!


 「お姉さん強いんだ。でも残念、お姉さんじゃ俺には勝てない」


 余裕を浮かべた中坊がスマホをタップする。



 ――ガチャガチャ、ガチャガチャ……ポンッ



 「チッ! N()かよ。ま、べつにいっか、直ぐ攻略してもつまんないしね」

 「……はぁ」


 ラビットフットがわざとらしいため息をつく。

 どうやら一手は終わったみたいだ。

 

 ――丁度いい。こちらも準備が整ったところだ。


 「あれ? お姉さんの攻撃はもう終わり? じゃあ次は――」



 「――俺の番だ」


 

 貫手と同時に声をかけてこちらに注意を向ける。


 「うお! マップに映ってなかっただろ!」


 ――ガキン!


 またもや防がれた。これで――、


 物理攻撃が八回。

 内、爆物並みの威力が一回。

 高威力が三回。

 薄い鉄板程度なら貫通する貫手が一回。

 弾かれたドリルのうち、障壁にあたった物が三つ。

 攻撃の種類としては、肉体、風圧、金属。


 一定以上の威力だとしても三から七回防いでいる。

 特にラビットフットの一撃は、あのウサギが手加減でもしない限り一発も防げない可能性のほうが高い。


 であれば、恩恵的な特殊な保護が施されている思われる。

 それならばこの身でどうにかなるかと思ったが、しっかりと物理的な防御力も兼ね備えているらしい。


 威力、回数がどちらも意味をなさないのだとしたら、別の突破方法があるはずだ。すべての攻撃を無条件で防ぐなどこの程度の憑神ではありえない。


 考えられる条件で可能性として最も高いのは、時間経過、恩恵による非実体的な攻撃。


 ――あいつはウサギ相手に勝ち誇っていた。ということは物理的なものを受け付けないほうが可能性は高いか。ならこれはどうだ?


 障壁にぶつかり止まった貫手。そのまま手首を上げ障壁に掌を向ける。


 ――さて、これでどうなるか。


 「はっ!」


 薄っすらと蒼炎を纏った掌底で勁を放つ。

 蒼炎こと狐火は燃やしたいものを燃やす炎であると同時に、不癒の呪いを帯びた呪炎でもある。小さな火でも物理以外の攻撃という面では、大いにその役割を果たしいてくれるはずだ。



 ――パリン!



 薄いガラスが割れたような澄んだ音を響かせ緑の障壁が消えた。


 「いっ――ヒュン」


 何か言おうとしたようだが、間髪入れないウサギの蹴りを食らい錐揉み上に吹っ飛んでいったので聞こえなかった。


 ――膜?


 蹴りは先ほど割れた障壁とは別の膜のようなものに阻まれ、中坊にまで届いていないように見えた。

 死ぬか死なないかギリギリの威力。生垣に飛ばしたのを見れば殺すのではなくギリギリを極めたというのが正しいか。

  

 「手応えが変」


 あの蹴りがもたらす正しい結果は一つ、戦闘不能だ。そしてその結果が得られない可能性がある。簡潔かつ十分な報告だ。


 「お前の蹴りが当たる直前、赤い膜のようなものが現れた。それで蹴りを殺したんだろ」


 ――ウサギが追撃しないのを見ると、自暴自棄に出られるとまずいタイプかもな。


 「やっぱり意識はある。うめき声と暴言が聞こえるから。それ以外は……『一発かよ』、『張り直したら足りない』、『APSはもう一枚ある』、『ワンチャンしかねえ』とか言ってるけど」


 「APSは緑の障壁だと思うがわからん。奴の言うことを鵜呑みにするなら赤い膜はもうない可能性が高い」


 「私もAPSはあのバリアだと思う。多分『アンチ・フィジカル・シールド』とかの略じゃないかな」


 「なるほどな。さて、ここからは――」


 俺が前衛をやると、作戦の推移を口にしようとしたとき、


 「待って、最初の時のガチャガチャした音が聞こえる――『SSR』?」


 それまでとは打って変わって、報告というよりはつぶやきに近い。

 そうなるとこちらは動けないので、速やかに言語化してほしいのだが。


 「来る!」

 「――!」


 ラビットフットの片脚――そのふくらはぎと太ももに挟まれ、円を描くような動きで強引に移動させられる。



 ――バガガガガンッ!



 直前まで宗のいた位置に連続した炸裂音が響き渡る。


 移動の勢いのまま後ろに投げられたので、即座に隠形で身を隠す。同時に、相手の意識から消えない程度に存在を残しておく。

 しゅうの認識阻害は特別だが万能ではない。不意を突くならここぞというときが望ましい。


 ――遠いな。


 不可視の攻撃を避けることには成功したがその分距離ができてしまった。

 ラビットフットのあの行動、先ほどの音は恐らく遠距離からの物理攻撃だったのだろう。

 ラビットフットを見てみれば、凄まじいフットワークで空間射撃とも呼ぶべき見えざる銃撃を避けていた。


 恩恵によるバックアップなしの隠形では、肉体強化した状態で最高速度を出せば間違いなく解けてしまう。敵のもとにたどり着くまではラビットフットに時間を稼いでもらうしかなさそうだ。


 「クッソなんだよそのキャラコン! チートかよ!」


 ――ガガガガッ!


 「変わった音楽聞いてるんだね。うるさいだけだし、私は嫌いかな?」


 「聞いてねーよブス!」


 ――ガガガガガッ!


 「こっちも効いてないよ? だって掠りもしないんだもん」


 「俺のエイムをなめんじゃねー!!」


 ――ガガガガッガガガガッ!!


 言わずとも相手の注意を引いて時間を稼いでいるラビットフット。

 戦闘中の自分の行動が他者にどういう影響を与えるか。何が最善か。それらを考え実行し、なおかつ自身の質は落とさない。それは訓練されていたとしても中々実践できるものでは無い。

 

 ――恩恵でないのなら、バケモノ女子高生だな。


 「今の男の子は空気撃つのが楽しいんだ? だって『エイム』って狙いのことだよね? 『なめんな』って言うからには当てられてると思うんだけどー……当たってるのは空気だけだし?」

 

 「お前絶対殺す」


 またもドリル状のミサイルが放たれるが、



 ――バァァァンッ!



 「はい、またはずれ」

 「煽ってんじゃねーよババア!」


 先ほどまでラビットフットの動きを追うようにタップしていた指が、一定の規則で動き始める。


 「――!」


 何かに気づいた様子のラビットフットは一瞬で"何か"の範囲外から離脱した。


 「ふざけんなよッ!?」


 そう言いながらも、その目は興奮気味にあたりをキョロキョロと見渡している。

 まるで罠にかかりそうな獲物を見る子供だ。


 ――下手な演技だ。


 宗は石ころを拾い、それを中坊に向かって弾く。



 ――パァン!



 飛ばした礫は中坊に当たることなく粉微塵になった。

 どうやら中坊の周りには、無音になった不可視の銃撃が炸裂し続けているらしい。

 

 「さっきみたいに突っ込んで来いよー、こういう時だけ石とか投げるもんなーマジでおもんねー」


 少々面倒な状況ではあるがこちらも確認が取れた。

 中坊はラビットフットが礫を投げたと錯覚している。今しがたの見当違いなクレームを申し立てていることからも、宗の認識阻害は十分な効力を発揮しているといえるだろう。


 「まぁワンチャン当たればくらいだったからいいんだけど」

 


 ――ガキン!



 天から降ってきたラビットフットの一撃も再度張りなおされたであろう緑の障壁に弾かれる。

 

 「最悪」


 宗の隣に着地したラビットフットのスカートの端がちぎれ飛んでいる。

 彼女の足の長さは目測だがおおよそ八十センチ。


 ――俺では届かせる前に細切れだな。

 

 「クソ女はヒットアンドアウェイで特殊攻撃は有効と。ウサギ人間って感じ? それで黒いのが取り巻きって感じで、物理以外無効、特殊攻撃持ちのアサシン系。あーあ、初見殺し系ね。アイテム使わせようってだけの敵が一番つまんねえわ」 


 一人で納得している小猿は無視して、こちらはこちらで話を進める。


 「服は今度買ってやる。それより、そのスカート部分を外せ」

 「は?」

 「作戦がある――」

 「――了解」


 「コソコソ……あ、まーた消えた。カサカサカサカサ。狐じゃなくてゴキブリだろお前」


 スマホの画面を見ながらブツブツと呟く中坊の前で、大胆にもスカート部分を外し、ショートパンツスタイルになるラビットフット。


 「え、急に脱ぎだしてどうしたの? それで俺が許してやるとでも思ってんの? そのパンツも脱いだら許してやるよ」


 「これはね、パンツじゃなくてショーパンっていうんだよ。残念だけど短いズボンなの。ボクにはまだわからなかったよね」

 

 「はい殺す」


 ウサギの園児に語り聞かせでもするかのような口調を前に、とうとう苛立を抑えられなくなった中坊はスマホの画面を乱暴に操作しだした。もちろんその隙を逃すつもりはない。


 ウサギは不可視の銃撃を躱しながら瞬く間に中坊との距離を詰める。

 高速移動で翻弄し、裏を取り、すかさず敵の真上に跳躍。

 中空から突くように蹴りを放ちその先の地面へと着地する。


 視界からウサギが消えた時点で中坊は当然背後か上を警戒する。

 そして高速移動で何度も裏を取られれば上ではなく背後を警戒せざるを得ない。

 そんな中、突然真上から音が聞こえれば嫌でもそちらに注意が向いてしまうだろう。


 中坊がいもしない頭上の敵を探す最中、入れ違うようにして裏を取ったラビットフットは蹴る中途の姿勢のままスカートを持っている手で足の甲を押さえる。

 手を離すと同時に、力みを蓄えた脚のバネから弾かれるようにして蹴りが放たれる。


 彼女の蹴りだけではどうやったところで緑の障壁を突破できない。もちろんわかっている。だから、


 ――コン。


 蹴りの風圧で足の甲に張り付いていたスカートがしゅうの狐火を纏った手を掠める。瞬間、ラビットフットの足が蒼炎に包まれた。


 スカートの大半は不可視の銃撃で吹き飛ばせるだろう。

 だが、どれほどの弾幕だとしても、音速を超える足、その甲に張り付いた布切れを屑も残さず撃ち捨てるのは不可能だ。対して狐火は、わずかでも触れればその効力を発揮する。



 ――パリン!



 これで邪魔バリアはなくなった。


 先の弓蹴りの反動を利用したラビットフットの後ろ回し蹴りが、無防備な相手の腹部に突き刺さる。


 「はい俺の勝ち」

 「――!?」


 ラビットフット並みのスピードで振られる腕。

 反応が遅れながらも大きく宙返りして回避する。


 「じゃーん」


 見せびらかすようにその手に持っていたのはラビットフットのショートパンツ。

 

 ――なるほどな。特に重要でもない一撃には勘が働かないということか。もしくは呪いに関係するものには働かないのか……今のだけではわからんな。


 「最悪。あんた達全員私と同じ呪いなわけ?」


 「ええええ!」


 手に持つショートパンツとラビットフットを交互に見る中坊。

 目に映るのは戦闘前のスカート姿に戻ったラビットフット。

 どうやら宙返り中に着替えを済ませたらしい。


 ――器用な奴だな。


 「毎回毎回似たような目に合えばこういうことができるようになるの。それより君のそれは大丈夫なの?」


 見える肌は鉛色に変色し、目と口が真円のエイリアンみたいな顔になっている中坊。

 

 「これ? これはSSR『ドッペルの血』。全攻撃軽減、受けた攻撃種無効、受けた攻撃の三倍の肉体ブースト。つまりタイマンなら絶対負けないってこと。散々馬鹿にしたんだから楽に死ねると思うなよ?」



 防御、力、スピード。その全てを兼ね備えた化け物が、表情をなくした顔でえものを睨みつけていた。


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