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「ふうー……」


 一日の汗を流した俺は、公衆浴場の待合所のようなところで寛いでいた。

 サーラさん達、一緒に来た女性陣は、まだ風呂に浸かっている。

 俺もどちらかというと、風呂にはゆっくりと浸かっていたい派なんだけど、何しろ俺が入っているのは女風呂だ。

 いくら、身体が女でも、精神のほうは未だに男なわけで、女風呂に長い時間入るのは色々と目に毒だった。

 それに加え、男が普遍的に女性に対して抱いている幻想みたいなものが、崩壊する様をまざまざと見せ付けられるのが、何よりも苦痛だった。

 そんなわけで、ひと通り身体を洗って汗を流した後は、みんなよりも早く上がって待っているのだった。

 この待合所のような場所、大き目の東屋のような建物で、夜風に当たりながら、世間話をしていたり、チェスのよなボードゲームに興じている人がちらほらと見えた。

 これで、よく冷えたコーヒー牛乳かフルーツ牛乳があれば最高なんだが。


「おや、君は。マーヤちゃん……だったかな?」


 涼んでいたところ、背後から名前を呼ばれた。

 そちらに顔を向けると、そこには爽やかに微笑んでいる金髪のハンサム男が立っていた。

 昼間、縦ロールに絡まれていたときに助けてくれた騎士の人だった。

 たしか、ロロネーさんと言ったか。

 昼間会った時は、見栄えの良いスタイリッシュな白銀の鎧を身に着けていたが、今の姿は、そこらの平民と変わらない服装だった。

 立ち上がって挨拶しようとしたところ、そのままで良いよ、という感じに軽く手で制された。

 ロロネーさんは、ごくごく自然な所作で、俺の隣に腰を降ろした。

 その途端、周囲の視線……特に、女性からの敵意に満ちた視線を感じるのは、きっと気のせいだ。


「ここへは良く来るのかい?」


 俺はロロネーさんを見上げ頷いた。

 続いて黒板に、同じ劇団の人達と来ている事を書いて示した。


「そうなのか。私もこの浴場には良く来るんだ」


 俺は軽く目を見張った。

 身分の高そうなお貴族様が、平民と同じ施設を利用していることが意外だったからだ。


「騎士と言っても、身分はそれほど高くは無い。暮らしに余裕があるわけでは無いのだよ」


 俺の疑問を察したのか、ロロネーさんは苦笑染みた笑みを浮かべた。

 その割には、教団のお偉いさんの娘に対して、窘めるようなことを言ってたみたいだけどな。

ひょっとしたら、庶民に寄り添う姿勢をアピールしているだけのかもしれない。

 イケメンだし、そういう人気取りくさいことはやりそうだ。

 そんな偏見じみた考えをおし隠しつつ、俺はロロネーさんの話しに相槌を打っていた。


「そういえば、顎の怪我は大丈夫かい?」


 ああ、昼間の黒板をぶつけたところね。

 ちょっと痣になってたぐらいで、大した事はないですよ。

 俺は大丈夫です、というふうに頷いて見せた。


「そうか。女の子の顔に傷が残ったら、一大事だからね」


 爽やかにのたまって、イケメンスマイルで微笑んだ。

 うーん……悪い人では無いのだろうけど、ちょっと苦手な感じの人だな。

 決して、美形だから妬んでいるわけじゃない。


「マーヤ。お待たせ……って」


 そうしているうちに、サーラさんを始めとした女性陣が風呂から上がってきた。

 俺に声を掛けようとして、となりにいるイケメンに気付き、目を丸くした。

 純粋に驚いているサーラさんとは異なり、他の面子は明らかに「ウホッ、良い男……」みたいな目つきになっている。

 ロロネーさんはそちらに目をやり、佇んでいるサーラさん達ににっこりと微笑んで見せた。

 すると、笑顔を向けられた女性陣は、途端にうっとりとした夢見るような表情になった。

 頬が赤いのは、風呂上りで上気しているだけではないだろう。

 これがリアルニコポってやつか。爆発すればいいのに。


「一緒に来た劇団の人達かい?」


 女性陣に笑顔を向けたまま、俺に顔を寄せながら囁いてきたので、俺は頷いた。


「あ、あの……うちの子が、何か粗相でも……?」


 おずおずと声を掛けてきたのは、女性陣最年長のミレーヌさん。

 ここに来るとき、俺にしつこく好みの男について聞いてきた人だ。

 そんな質問をしてくるくらいだから、色恋沙汰や異性との出会いには非常に敏感だ。


『昼間、配達のときに道に迷っていたのを助けてもらった』


 馬鹿正直に教会の偉い人の娘に難癖をつけられたなんて言えるわけが無い。

 俺は話を合わせてくれとばかりに、ロロネーさんを上目遣いで見上げた。


「ああ、そうなんだよ。偶然ここでまた出会ってね。ちょっと話をしていたんだ」


 さすがイケメンだけあって、すぐに空気を読んでくれた。


「まあ、そうだったんですか。ご迷惑をお掛けしました」

「いやいや。大した事じゃないよ」


 上手い具合に、ミレーヌさん達女性陣が会話に入り込んできたので、ここぞとばかりに、俺はフェードアウトすることにした。

ロロネーさんにしても、俺みたいなガキの相手をするよりも、年頃の若い娘の相手をするほうが嬉しいだろうし。

 ちらちらとこちらを気にしている素振りを見せていたけど、気を使ってくれていたのだと思う。

 決して、幼女趣味ってわけじゃない。たぶん。


「それじゃ、私はそろそろ失礼するよ」


 和やかな雰囲気で暫くお姉様方と会話をしていたロロネーさんは、会話が途切れた一瞬の隙を狙うように言った。


「あ、あの! もうすぐ、私達の劇団で公演やるんです! 良ければ観に来てもらえませんが……?」

「ああ、機会があれば、是非」


 抜け目無く宣伝するミレーヌさんに、微笑み返すと、ロロネーさんは立ち上がった。

 去っていくロロネーさんの背中に熱い視線を注ぎ続ける女性陣に、ちょっとだけ呆れてしまう。

 唯一、サーラさんだけには、ロロネーさんのニコポ攻撃が効いていなかったようで、幾分冷めた目で見送っていた。

 まあ、サーラさんにはテリオがいるもんな。




「マーヤ、あんた結構やるわね! あんな良い男と知り合うなんてさ」


 公衆浴場からの帰り道。ミレーヌさんはそう言って俺の頭にぽんぽんと手を乗せた。

 なんか、心外な言われようだ。


「マーヤみたいに、ちっこくて可愛らしいと、男の保護欲がそそられるのかしら」


 それって、遠まわしにロロネーさんをロリコン呼ばわりしてるよね。別にいいけど。

 思いがけないイケメンとの遭遇のせいなのか、来る時に夢中になっていた恋愛話が再燃し始めた。


「そういえば、マーヤ。あんた、婚約者がいたかもしれないんだって?」

「え、本当なの!?」


 ミレーヌさんの言葉に女性陣は色めきたった。

 話の出所はきっと先生だな。

 あの人、自分の考察や研究成果を人に語ってみせるのが好きなところがある。

 別に得意げにひけらかしているわけではなく、誰かに自分の考えを聞いて欲しいだけみたいなんだけど、同業者に聞かれて、研究成果を横取りされるかも、とか考えたりはしないんだろうか。

 まあ、劇団に先生の同業者なんて居ないだろうけど。


「ねえねえ、どんな人?」

「白状しなさい!」


 正直、うざい。

 そもそも、俺が結婚を控えていたかもというのは、先生の考察に過ぎないし、仮に婚約者が居たとしても、記憶喪失(という設定)の俺が、覚えているわけが無いのに。


「ちょっと、みんな。マーヤが困ってるわよ」


 見かねたサーラさんが助け舟を出してくれた。


「もしそうだったとしても、マーヤは記憶喪失なのよ。覚えているわけ無いじゃない」


 しかも、俺の今の気持ちをほぼ完璧に代弁してくれた。

 ホント、良い人だ。テリオみたいなクソガキにはもったいない。


「なによう。サーラだって気になってるくせにー」


 子供みたいな拗ねた口調で、ミレーヌさんは唇を尖らせた。


「そりゃあ、気にならないって言ったら嘘になるわ。でも、根掘り葉掘り聞いて良い話じゃ無いでしょ」


 そうだそうだ。プライバシーの侵害だ。

 しかし、そんな真っ当な正論では、ミレーヌさん達は引き下がらない。


「でもさ! こういうのがきっかけで、もしかしたら、マーヤの記憶が戻るかもしれないじゃない?」

「そうそう! これはマーヤの為でもあるのよ!」


 しまいには、そんな無茶苦茶な論理を展開し始めた。

 無視していたけど終わりそうに無いので、俺は黒板に先生が勝手にそう考えているだけと書き殴ろうとした。

 そこで、唐突に脳裏に浮かんできたのは、またしても先輩の顔だった。

 正確には、「チートオンライン!」での先輩のキャラ、狼人間の東郷三笠の顔が。

 どくん、と心臓が跳ね上がった。

 な、なん、だ。これは。なんで、急に、息が苦しく……


「マーヤ……?」


 心配そうなサーラさんの声が、どこか遠くに聞こえる。

 頭の芯が熱を帯びて酷く痛む。心臓の鼓動が早鐘を打つように鳴り響く。

 とうとう立っていることが出来なくなり、俺は胸元を押さえたまま、その場に膝を突いてしまった。


 にい、さま―――


 声は出なかったが、俺の唇は確かにそう呟いていた。

 それが何かを理解する間もなく、俺は意識を失った。

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