20
先生の考察を一通り聞き終えた後は、再び読書に戻った。
テリオの様子が少しおかしい。
何か変なものでも食ったのだろうか。
もしかして、慣れない読書で知恵熱でも出たのかな。
「……なんだよ」
ちらちらと様子を伺っていたら、どこか拗ねたような目で睨みつけて来た。
声に普段ほどの力が無い。
ちょっとした変化が少し気にかかったものの、薄情な俺はそのまま読書を続けることにした。
そうこうしているうちに時間は経過し、夕食の支度をしなければならない時間となった。
『先生、ありがとう』
「いえいえ、こちらこそ。またお借りするかもしれません」
『ずっと持ってて良いよ?』
「いやあ、さすがに女性ものの衣装をずっとお借りするわけには……」
先生はそう言って首を振った。
別に気にする必要は無いと思うんだけどなぁ。
俺は自室の衣装棚に巫女服を放り込んだ後、夕食の支度のため炊事場に向かった。
テリオとは先生のテントの前で別れたが、妙に気落ちしているのが少し気になった。
「……ねえ、マーヤ」
包丁で野菜を切っていると、隣で同じ作業をしていたサーラさんが顔を寄せてきた。
「先生のところで何かあったの? テリオの様子が変なんだけど」
俺もそれは気になっていたんだよね。
どうも、先生の話を聞いた後からみたいではあるんだけど、理由が思い当たらない。
少しだけ考えるような素振りをした後、サーラさんの問いに、わからないと首を振った。
ちなみに、台所仕事をしているときは、チョークの粉が落ちたりするため、黒板は首から下げていない。
「そう。そうよね。本読んで熱でも出したのかしら……」
うーん、どうなんだろう。
思春期の男子だから、色々あるのかもしれない。
テリオのことが気掛かりなのか、サーラさんはどこか落ち着かない様子だった。
薄情かもしれないけど、放っておくのが一番のような気がする。
かえって心配する素振りを見せると、意固地になる可能性があるし。
とりあえず、奴にはいつもどおりに接したほうがいいと思う。
そうこうしているうちにも、夕食の準備は進み、食堂にちらほらと団員が集まり始めた。
炊事の合間にちらりと覗き込んでみたが、テリオの姿もあった。
表面上はいつもと変らないように見える。
配膳を終えた俺とサーラさんも自分の席に着いた。
夕飯のおかずは、老若男女の区別無く、みんな大好きコロッケである。
キタカリというジャガイモに良く似た芋を具材に作られている。見た目も味も、まんまポテトコロッケだ。
この世界にコロッケが存在したことに驚きだったが、大好物なメニューので気にしないことにしている。
席に着くとき、テリオが落ち着かない様子で俺のほうをチラ見して来た。
じっと見つめ返すと、慌てて視線を逸らされた。
いつもだったら、目が合った瞬間になんのかんのと文句を言ってくるのだが、それが無かった。
「テリオー? あんた、いったいどうしたのよ?」
右隣に座っているサーラさんが、俺越しにテリオに声を掛けた。
「……何でもないよ。うるせえな」
やっぱり、声に力が無い。
はじめは単なる気紛れかと思ったけど、さすがに心配になってきた。
もしかして、体調が悪いのだろうか。
俺は手を伸ばして、テリオの額を触ってみた。
熱でもあるのかと思ったんだけど、正直あんまり良く分らなかった。
「何してんだ、お前」
いや、熱測ってんだけど。
もしかして、こうやって熱を測るのは一般的じゃないのかな。
(よし、それじゃあ……)
俺はテリオの皿の上に目を向けた。
そこには、手付かずで残っている俵型のコロッケが二つ鎮座してる。
俺は、素早くその片方にフォークを突き入れると、自分の口に放り込んだ。
「あ……あああああああっ!!」
一瞬呆気に取られていたテリオは、目と口を丸くして叫んだ。
「お、おお、お前……!! 何しやがるんだ!!」
食い物に反応するってことは、大した事じゃないみたいだな。
これなら一安心とばかりに、俺は頬張ったコロッケを見せ付けるように、もぐもぐと咀嚼して見せた。
「こ、このっ!」
(おっと)
顔を真っ赤にしたテリオが、俺の皿の上にあるコロッケを狙ってきた。
俺は寸でのところで、奴の繰り出したフォークを自分のフォークでブロックした。
毎朝ちゃんばらごっこをしているわりには、大した事が無いな!
「このっ、このっ!」
(ふんっ、甘いわ!)
一進一退の激しい応酬が続き、木のフォークを打ちつける乾いた音が響いた。
「お前達! 遊んでないで、さっさと食っちまいな!!」
しかし、間もなく落とされたサルディーニャさんの雷によって、俺とテリオの戦いは唐突に終わりを告げるのだった。
テリオの落ち込み具合が半端ではなかったので、仕方なく、手付かずだった自分のコロッケを恵んでやることにした。
俺がこの世界で生活するようになって一番ありがたかったのは、この辺りの人々に、入浴の習慣があったことだ。
街中にいくつかの公衆浴場があり、銭湯みたいな感覚で、入浴を楽しむことが出来るのだ。
日本人は、毎日風呂に入っていないと死んでしまう難儀な民族だ。
その端くれであった俺も、当然ながら、どんなに時間に余裕が無くても、風呂だけは毎日入っていた。
お風呂セットを小脇に抱えた俺は、サーラさん達と一緒に、公衆浴場への道を歩いていた。
日中は汗ばむような陽気だったにもかかわらず、日が落ちてしまうと少し肌寒い。
俺やサーラさんと一緒に公衆浴場に向かっているのは、劇団の中でも比較的若い部類に入る女達だ。
きゃいきゃいと楽しそうにくっちゃべっている彼女らの会話を聞いてみると、どうやら恋愛関係の話のようだった。
どこそこの店の若旦那が素敵だとか、この前の公演で最前列で観劇していた男がイケメンだったとか、そういう話だ。
どこの世界でも、若い女性はこういう話に目が無いらしい。
「ねえ、マーヤ。アンタはどういう男が好みなの?」
「あ、私も気になる!」
「どうなの、マーヤ?」
聞くとは無しに聞いていたら、突然話を振られてしまった。
生憎と、中身が男の俺は、そういった話には全く興味は無い。
いくら身体が女だとしても、精神が男の状態で野郎と恋愛なんて、想像しただけでも吐き気がする。
とりあえず、興味が無いというふうに首を振って見せた。
「ちょっと、みんな。マーヤにはまだ早いわよ」
見かねたサーラさんが、苦笑しながら言った。
「そうかしら。ねね、テリオなんてどう? 歳も近いんだしさ」
一行の中で一番年上の女性(といっても、二十歳未満)が意味ありげに顔を寄せてきた。
テリオ~? あのバラガキ~? 無いわー。
例え元から女だったとしても、いや、女だったらなおさら無いわ。
「…………フッ」
思わず失笑してしまい、鼻で笑うような感じになってしまった。
女性陣は、一瞬呆気に取られた後、愉快そうに笑い声を上げた。
「じゃあ、じゃあ! マーヤはどんな男が好みなの?」
なんか、やけにしつこく絡んでくるなぁ。
ちょっと鬱陶しくなりはじめたとき、ふと脳裏にある人物の顔が浮かんだ。
先輩の顔だった。
しかもそれは、大和撫子然とした現実の彼女の顔ではなく、俺がこうなる羽目になったきっかけとも言える、『チートオンライン!』での先輩のキャラだった、精悍な狼男の顔だった。
先輩の顔を思い浮かべるならまだしも、なんでそっちの顔が真っ先に思い浮かんでしまったんだろう。
さらに何故か、奇妙な胸の高鳴りまで覚えてしまった。
不可解な感覚を振り払うように、何度か頭を振ってから、はっと気付く。
サーラさんを含め、女性陣が興味深そうに俺を見つめていた。
その何人かは、口元にニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「やっぱり、気になる人がいるのね! 誰? もしかして、マルメオさん?」
「大穴で、先生とか!?」
「ほらほら、おねーさん達に言ってごらんなさい!」
自分の仕出かした失敗に内心舌打ちしつつ、公衆浴場に付くまでの間、黙秘権を行使し続けた。




