それは、ことばのつかいかた
「ありがとうございます」
「どういたしまして。まさか、雪さんが来てるとは思わなかった」
小さく笑った春真に、雪之丞は視線を逸らして鞄の中から出した包みを押し出す。
「たまたま黄波戸君にお会いした時に、直接渡すようにとチケットをいただいたんです」
「これは?」
「先日、紅野君から提案のあった等価交換の現物です」
一瞬きょとんとしてから、春真は包みを受け取った。
夏葉が現れて、結局春真の言葉の続きは聞けなかったから、雪之丞は自分に出来る対価を考えた。
そして結局落ち着いたのが、
「CD?」
「すみません。他に思いつかなくて」
”IS”のこともバレてしまった今、それが一番の対価のような気がしたのだ。
「一応、大学で研究者をしている友人に地域年代別幼児期童謡調査の結果を教えて貰って収録しましたが、好みに合わないようでしたらすみません」
「わざわざ録ってくれたの?」
「正真正銘、世界に一枚です。対価になりますか?」
「ありがとう」
はにかむように笑った春真に、雪之丞はほっとして息をつく。
いつのまにか握りしめていた手は冷たくて、雪之丞はそれを慌てて上着のポケットに入れた。
「良かった。では、これで」
「ちょっと待って」
ぐいと腕を引かれて、雪之丞は驚く。
「紅野君?」
「この後、何か急ぎの予定がある?」
「いえ、そう言う訳では」
「それなら、ちょっと俺に付き合って」
「え?」
にこりと笑った春真に、雪之丞は眉を顰めた。
「雪さん、たこ焼き嫌いじゃないよね」
「嫌いじゃありませんけど」
あっちこっちと学校中を連れ回されて、雪之丞は小さくため息をつく。
「あの、勘違いされますよ?」
「良いんだよ。それが目的だから」
こそりと呟くと、春真はあっさりと頷いて雪之丞の手にたこ焼きのパックを乗せた。
綿菓子に一口カステラ、ヨーヨーに水笛。
雪之丞の腕の中は、すでに物でいっぱいだ。
「紅野君?」
「子どもでいるのは止めるけど、牽制くらいしておかないとね。流石に俺も、一度にたくさんの事は出来ないから」
「他の人の方が、良かったんじゃないですか」
「どうして? 俺の世界を変えたのは雪さんなんだから、適任だよ」
「紅野先輩!」
意を決したように近づいてきた三人組の売り子の少女達に、春真は振り返ってにこりと笑う。
「やぁ。何売ってるの?」
「焼きそばです。塩とソースがあるんですよ」
「へぇ。雪さん、どっちがいい?」
顔だけ振り向いた春真に、雪之丞は肩を竦めた。
「塩が良いです」
「了解。じゃあ、塩ひとつくれる?」
「ありがとうございます」
「あの、紅野先輩の彼女さんですか?」
「凄い美少女さんですね」
ちらちらと雪之丞を見ながら春真を囲む少女達に、雪之丞は少しだけ自分が学生の時を思い出す。
友好関係の広い緑川について知らない人間に会うと、良くそんなことを言われたものだ。
この顔で二十年以上も暮らしているのだ。
もう傷が出来ることも、傷口が抉られるようなこともない。
嘘をついていなくても、いつの間にかこんな反応に慣れてしまった。
中学生位の頃は、もう少し過敏に反応していた気もするがもうはっきりとは思いだせない。
「彼女じゃないよ」
「そうなんですか? じゃあ」
「雪さんは、俺の運命の人」
唐突に聞こえた言葉にはっと我に返ると、悪戯っぽく笑う春真が目に入って、雪之丞は内心でため息をついた。
嘘はついていない。
嘘はついていないが、物凄い誤解を生む発言には違いない。
尤も、その誤解が春真の望むところなのだろうけれど。
「じゃ、売り子頑張ってね」




