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綺羅と嘘とその先  作者: 蛍灯 もゆる
綺羅と嘘とその先
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92/102

それは、おかしがたいもののような

喫茶店に足を踏み入れて、雪之丞は既視感に襲われた。

窓際の席に落ちる木漏れ日が揺れている。

外と中とを隔てる境界となる壁の御蔭で、室内は陽射しだけで暖かい。


「雪ちゃん」


ぼんやりとした耳に届いた声に、雪之丞ははっと顔をあげた。


「お待たせしました、青柳さん」


あの日と違うのは、彼女が一人だと言うことと、今日はとても落ち着いているということだ。


「大丈夫。私も、来たばっかりよ。何にする? お勧めは、ホットケーキセット。此処のホットケーキは凄く厚くてボリューム満点よ」

「では、それを」

「飲み物は?」

「珈琲を」

「私は紅茶」


青柳が手をあげる前に、テーブルに影がさす。


「お決まりですか?」

「ホットケーキセット二つ。珈琲と紅茶ね」

「畏まりました」

「さて、注文が来るまでに、少し話はしちゃいましょうか」


差し出された封筒に、雪之丞は微かに眉を顰めた。


「青柳さん」

「なんであれ、雪ちゃんの時間を私が買ったことには変わりないでしょ」

「お店の方からも、バイト代をいただいていますから」

「あら。でもそれ、正規金額じゃないでしょ?」

「これは、それ以上だと思いますが」

「大丈夫。社長に換算してもらったから」


あっさり答えて、青柳はにこりと笑った。

今日はいない、紳士然とした男が経営しているのは人材派遣会社である。

けれど、それが人材派遣会社に総括されるのかは、雪之丞には今もって疑問だ。

雪之丞が以前働いていた時は、それこそ偽装彼女や遠方に暮らす孫の代わり等、寧ろ役者のような仕事をしたものだ。


「そもそも、青柳さんの要求にこたえる働きをしたとは思えませんが」

「いいえ、十分よ。あの子、気持ちの整理がついたみたいだし。貰ってくれないと、もう雪ちゃんに物を頼めなくなるから、私が困るわ」

「あまり頻繁にこんなことを頼まれても困るんですが」


僅かに肩を竦めて、ため息を零す雪之丞に、彼女がぐっと封筒を押しだす。


「雪ちゃん、社長がね。君はあの言葉に見合う働きをしたんだよ。その分の対価は受け取らなければ、世界が回らない。ですって」

『これは、嘘を吐く仕事だけど、僕はこれが本当のことのために必要な嘘だと思っている。だけど、勘違いしてはいけない。僕たちは嘘をつくことを許されたわけではなく、必要に駆られて嘘をついている曲芸師なのだからね』


社長の会社で働くことになったとき、一番初めに言われた言葉で、彼女の依頼を受けたあの日のように、社長が思い出させた言葉が不意に浮かんで、雪之丞は苦笑した。


「解りました。ありがとうございます」

「それはこちらの台詞よ。私の我儘に付き合ってくれて、ありがとう」


封筒を取り上げた雪之丞に、彼女は屈託なく微笑んだ。


「お待たせしました」

「あら。ありがとう」

「本当に、大きいですね」

「でしょう? さ、暖かいうちに食べましょ」


湯気の立った厚いホットケーキを前にして、雪之丞と青柳は顔を見合わせてから揃って手を合わせると、フォークとナイフを取り上げた。


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