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それは、げんじょうをかえる
「あら、出かけるの?」
玄関で靴を履いていると、唐突に階上から声が降ってくる。
「雪さんのところ?」
「違うよ。クラスメイトに誘われたから、コンサート」
「もしかして、女の子?」
首を傾げた姉に、春真は小さく笑って見せた。
ふと昨日の夜、雪之丞と姉と交わした会話を思い出す。
「そうだけど」
「どうするの?」
「心配してる?」
「当たり前でしょ。会場で喧嘩なんか始めないでよ?」
子どもでい続けること。
それが春真のこれまでの人生の全てだった。
けれど、
「しないよ」
「怒らせるなら、可愛くね」
「だから、しないって」
苦笑すると、姉はくすくすと笑う。
「でも、決めたんでしょ?」
「そうだね」
今でも、大人になりたいとは思っていない。
それでも、今はピアノをそのための手段にするつもりはない。
「行ってきます」
「気を付けてね」
玄関を開くと、日の光がいつもより明るい気がした。




