それは、しめやかないえのうち
ぽかんと口をあけたまま、春真は暫く動かなかった。
雪之丞にとってそれは、喪に服しているような厳粛な時間で、随分と長い時間のようだったけれど、実際には一分も経っていなかっただろう。
唐突に笑い出した春真は、これまで見たことがないほど清々しいばかりに年相応に見えた。
「なるほど。そういうことか」
漸く笑いを収めて、春真は目じりに溜まった涙を拭う。
「確かに、男か女かなんて、聞いたことなかったね。でも、最初に会った時に言われても、多分冗談かなって思っただろうね」
「そう、ですか」
「うん。雪さんが美少女なのは、十人中十人が保障してくれると思うよ」
「保障されても困ります」
思わず素で答えた雪之丞に、春真は小さく笑った。
「役に立つと思うけど?」
「否定はしませんが、肯定もし難いです」
「そうだね。モテすぎるのも困りものか」
「墨吉雪之丞として認めていただけるのなら構いませんが、女性として憧れられても困ります」
雪之丞が眉を顰めると、春真はまたも笑い出して今度は暫くコツコツと机を叩く。
「それはそうだ。そう言う考え方、似てる気がする」
「似て、いますか?」
「男にも女にもなりたくない子どもには、雪さんの生き方は羨ましいよ。そんな風に立てたら、時を止めなくても、ちゃんと生きてこられたかな」
何処か独白のような言葉は、穏やかに零れ落ちて、其処には一欠けらも不満や抗議のニュアンスは混ざっていなかった。
「あの、怒っていないんですか?」
「怒る? どうして? 雪さんはひとつも嘘はついてないよね。勘違いしたのは俺の方だよ」
「嘘はつきませんでしたが、謀っていたのは確かです」
雪之丞はきっぱりと告げる。
それは解りきったことだったはずだ。
「じゃあ、雪さんが気になるなら、ひとつお願いしたいことがあるんだけど」
「はい?」
悪戯っぽく笑った春真に、雪之丞はきょとんとその提案を聞いていた。




