それは、おわりのきっかけ
黄波戸が、ヒーローショーに入れ込む理由も、紺谷が演劇に熱を入れる理由も、多分それぞれに特別なものがあるのだ。
春真がピアノを手段から、いつの間にか目的に置き換えたように、もしかしたら二人も、そんな風にたどり着いたのかもしれない。
「あの、ピアノソロ、すごく良かったです」
「ありがとう」
「私、クラシック曲って苦手なイメージがあったんですけど、今日の演奏聞いて、もっと聞いてみたいって思いました」
「プロになるんですか?」
唐突に尋ねられた言葉に、春真は少しだけ驚いて瞬く。
予想外の質問だったわけではない。
音楽学校に通っていれば、嫌でもその種の質問は飛び交うものだからだ。
けれど今まで、春真はそう言った質問であれ、答えはせずにのらりくらりと躱してきた。
姉という先例があってなお、春真はプロになろうなどと思ったこともなかったのだ。
春真にとってピアノは、子どもの象徴で、家族の要。
辞めることは考えられなかったが、それはプロになりたいと思う事には決して繋がりはしなかった。
「考えようとも思わなかった、かな」
「紅野君?」
向かいに座る彼女が、きょとんと首を傾げた。
それを見て、春真は姉と彼女と共にこの家に戻ってきたことを今さらのように思い出す。
サクソフォンとのライブは成功したと言えるだろう。
お客からもマスターからも、随分と声をかけてもらった。
けれど、と春真は思う。
彼女は妙に口数が少なかった。
服を着替えてくる、と上がっていった姉はまだ戻ってくる様子がない。
「雪さん、何かあった?」
「紅野君に、聞きたいことがあるんです」
少しだけ躊躇ったように紡がれた言葉は、けれど紡がれた瞬間には、どこかほっとしたようなニュアンスが含まれていた。
「なに?」
「ずっと、聞きたかったんです」
意味を掴みかねて少しばかり眉根を寄せると、彼女は泣き笑いのように微笑む。
「もう、取り返しがつきませんね」
「雪さん?」
「青柳梨里香さんを、哀しませた理由を教えてください」
彼女の口から零れた、予想外の名前に春真は驚いてぴたりと動きを止めた。




