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綺羅と嘘とその先  作者: 蛍灯 もゆる
嘘つきの結
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それは、たまにあくをきどる


思えば今まで一度だってピアノを嫌いになったことはない。

勿論、弾きたくないと思ったことはある。

でもそれは、強要されることに対する拒否であって、ピアノ事態に否定を告げたことはなかった。


『今度、コンクールにでてみないかい』


教授が口にするたびに、曖昧に笑ってそれを拒んできた。

春真がピアノを弾くのは、いつでも春真自身のためだ。

自分の居場所を創るため。

それは、同時に、子どもの自分でいられる場所を創ることだった。

だから、春真のピアノには順位づけの賞賛は必要ない。

あるとすれば、それは、家族という存在を囲うための必要に駆られた時だけだ。

それなのに。


『君が弾くピアノだから好きなんだよ。僕の店に合わせて、君が弾いてくれるのが』


嬉しいと思ったのは、嘘じゃない。

だから、少しでもマスターが気に入ってくれたらいいと、そう思ってピアノに向かった。

いつもと音が違うことくらい、すぐに分かった。


『このままだといつか、君は寄り掛かりすぎてピアノを壊すことになるよ』


だれかを、嫌なやつだと思ったのは、思えば初めてだったかもしれない。

怒る、という感情は、思いの外体力を使うのだと、家まで走る途中で場違いにも考えたことも、嘘じゃない。

多分、悔しかったのだと思う。

そうでなければ、今日のソロの演目を差し替えようとは思わなかっただろう。

場違いだなんて言わせないように。


『君は、どんな幸運に出会ったら心から喜び、どんな不運に出会ったら心から憂えるんでしょうね』


バイトを始めたばかりの頃、店を訪れた音楽家の一人に海外留学を勧められたことがある。

それをあっさりと断ると、その一方で連れの方は、君の音楽は空っぽだと呆れたように吐き捨てた。

腹は立たなかったし、彼らにそれ以上聞かせようとも思わなかった。

そのとき、逆に不機嫌になったマスターが苦笑しながら言った言葉の意味が、今ならなんとなくわかる。

誰かの言葉が届けば、こんなに簡単に音は変わって聴かせたいと思うのだ。

酷く穏やかな気分で一曲目のソロを弾き終えて、サクソフォンにバトンタッチすると、春真は首を巡らせた。

カウンター席にかける姉は気づいた様に軽く手をふる。

その横に立つのは、少し店の光のせいか青白く見える顔白の彼女だった。

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