それは、みらいをうらがえす
店内には早くからお客が溢れていた。
クリスマスにはまだ早いが、街の中はすっかりクリスマスの装いに変わってきていて、店内も少し気が早いが小さなツリーやオーナメントが飾られている。
多分、マスターと彼女が開店前に支度をしたのだろう。
例年であれば月の変わった明日以降なのだろうが、今日のコンサートの演奏曲に気が早いがクリスマスの曲がリクエストされていたので、合わせてくれたらしい。
「春真君、今日はよろしく」
「えぇ。こちらこそ、おねがします」
フリー奏者ではあるが腕は確かなサクソフォンの演奏者と握手をして、春真は袖のカフスを止めた。
「あたしも見に行くわ」
姉が唐突にそう言ったのは、あの話の後のことで、春真がお詫びも兼ねてマスターに電話をすると、彼はあっさりと席を確保してくれた。
「春真君、あのね」
「はい」
「僕は君のピアノが好きだけど、それは君が弾くピアノだから好きなんだよ。僕の店に合わせて、君が弾いてくれるのが」
じゃあ、コンサート楽しみにしてるね。ぷつりと切れた電話に、受話器を握ったまま、春真は暫く立ちつくした。
九回の裏。
起死回生を告げるホームランは、春真も知らないうちに世界に放たれていたらしい。
春真の指が鍵盤を叩く。
いつもとは違い、冬の中にしっとりとその音は流れ出していた。




