それは、こうかをかんがえて
「よろしくお願いします」
チラシを片手に道に立ち始めてから、太陽の動き具合から行ってもそんなに時間は経っていない。
けれど、予想以上に残りのチラシは数を減らしていた。
もともと、イベントの宣伝に力を入れていたのだろう。
いつも以上に大通りを行きかう人は多い。
「こんにちは。良かったらお昼に立ち寄ってください」
親子連れ、カップル、部活帰りらしい高校生の集団。
「今日のイベントの案内とクーポン付きです」
「お姉さん、一枚頂戴」
「あたしも!」
わらわらと近寄ってきた小学生くらいの少女達に雪之丞は視線を合わせてチラシを渡す。
「はい、どうぞ」
「ありがとう!」
「こっちにもくれる?」
買い物袋を下げた主婦が、振り向いた雪之丞を見て一瞬目を丸くした。
「あんた、この店のアルバイト?」
告げられた店の名前に頷いて、雪之丞はにっこりと笑う。
「はい」
「いつも、ウエイターは男の子じゃなかったっけ?」
「いつもご利用ありがとうございます。普段は、夜のお店のお手伝いがメインなんです。今日は、イベントがありますので、昼間からお手伝いさせていただいています」
「そうなのね」
「はい。マスターの入れる珈琲は絶品ですから、よろしければ是非いらしてください。今日はお祭りなので、いつもよりお得にご案内させていただいています」
「解ったわ。ありがとう」
主婦を見送って、雪之丞は手元のチラシに視線を落とした。
この調子で配れば、なんとかランチのラッシュ前には半分以上配り終えることが出来そうだ。
「よろしくおねがいします」
「お姉さん、何配ってるの?」
「今日、なんかあるんだっけ?」
足を止めた若い集団に、雪之丞はチラシを渡して道の先を示す。
こういう若い人間には、回りくどい説明よりもさっぱりした話の方が良い。
それからあとは、本職のイベント担当者に任せてしまえばいいだろう。
「本日はこの商店街を含む、街全体で様々なイベントを行っています。もう少し先にあるテントで、担当の方がご案内をされていますので、お時間があればいろいろ参加されてみてはいかがでしょうか? また、休憩にはぜひ当店をご利用ください」
「へぇ」
「あ、射的とかあるよ」
「バンド演奏とかもあんじゃん。行ってみる?」
チラシに視線を落として、意外と楽しそうに声を上げる彼等になんだなんだと何人かが足を止めて、雪之丞は集まった人に手早くチラシを渡していく。
これで終わりかと顔を上げて、雪之丞は少し離れた場所に立つ最近見慣れた人間に気が付いた。
そもそも、一度みれば忘れるような類の人間ではないのだけれど。
隣に並ぶ小学生くらいの少年が、春真の袖を引いて、それからこちらに不思議そうな視線を向けたので、雪之丞は安心させるように笑って見せた。




