それは、まちぼうけをくう
「あの、」
不意にかけられた言葉に雪之丞が振り向くと、イベント法被を来た男が汗を拭きながら口を開く。
「今回のイベント運営スタッフですが」
「チラシの配布は、禁止されていませんよね?」
「あ、それは大丈夫です」
「なんでしょうか?」
それ以外に思い当たる節もなく、首を傾げると、男がずいっと距離を詰める。
「良かったら、ぜひ、今日の美少女コンテストに出演していただきたいのです。貴女がいれば、盛り上がること間違いなしです」
「お誘いはありがたいですが」
「そう言わずに、町おこしのためにぜひ。貴女が居なくては、まるで未完の本のように味気ないです」
「しつこいのは頂けないよ?」
ふわりと割り込んだ人影に相手が息を呑むのが解った。
整った顔立ちに、紡ぐべき言葉も失って、男は這々の体で逃げ出す。
「ありがとうございます。助かりました」
「どうたしまして。雪さん、何やってるの?」
「マスターに人手が足りない、と頼まれたので、臨時労働中です」
「え? 春真兄ちゃんの知り合いなの?」
驚いたように声をあげた少年に、雪之丞は初めましてと声をかける。
「紅野君のご兄弟ですか?」
「違うよ、近所の子。俺は姉しかいないから」
「は、初めまして。春真兄ちゃんの隣の家に住んでる、橙木健人。小学校五年です」
「丁寧にありがとう。紅野君のアルバイト仲間で、墨吉です。こんにちは」
視線を合わせて笑うと、少年が困ったように春真を見上げた。
「は、春真兄ちゃん」
「雪さん、このチラシって」
「あ、はい。今日のイベントと連動しているんですよ」
「ノルマは?」
唐突な言葉に驚いて目を瞬くと、春真が手元からチラシを半分近く取り上げる。
「紅野君?」
「この間、黄波戸の時に手伝ってもらったしね」
勿論、チラシが飛ぶようにはけたのは言うまでもない。




