それは、だれもがつかえるまほう
日曜日の朝というのは、なかなか早く起きようという気になれない。
実際春真が行動を始めたのは、10時をある程度過ぎた頃だった。
携帯電話には、30分前に行きつけの楽器店から留守電が入っていて、注文していた楽譜が届いたから、余裕のあるときに取りに来てくれと、ぼそぼそとした声が残っていた。
服を着替えて適当な朝食を取ると、春真は駅の近くにある楽器店に向かった。
「あ、春真兄ちゃん!」
「はるまおにぃちゃん!」
近所の家の前の道路に落書きをしていた兄妹が、はっと顔を上げて嬉しそうに寄ってくる。
「おはよう、二人とも」
「ねぇねぇ、春真兄ちゃん」
「なに?」
「褒め言葉って、どうやって言ったらいい?」
もじもじと袖を引く少年に、春真はきょとんと首を傾げた。
「どういうこと?」
「おにいちゃんてば、むこうどおりのでんきやのみよちゃんがすきなんだよ。それでね、なかよくなりたいんだって」
こっそりと兄の秘密を囁いたのは、ませた少女で、少年は途端に真っ赤になって妹に手を振り上げる。
「こら! 何で言うんだよ!」
「だってきいちゃったもん。それに、ちゃんと言わないとはるまおにぃちゃんわかんなくて、ひんといえないもん」
「それは、そうだけど」
もごもごと口の中で呟いて、少年はおずおずと顔を上げた。
「お母さんが、春真兄ちゃんは女の子にモテモテだから、どうやったら美代ちゃんを喜ばせられるか聞いてごらんって」
此処に至って漸く状況を把握して、春真は困ったように目を細める。
期待の籠った目がきらきらと見上げていた。




