それは、たしかにうりことば
マスターが人手を欲しがったのは、町興しのイベントがあるかららしい。
「まぁ、商店街からはちょっと外れてるけど、協賛してるわけだよ」
手際よく注文を捌いていく紫村は、時折厨房にも手を出してはそつなく仕事を熟している。
この様子であればランチタイムなどもマスターと二人であっさりと回してしまうのだろう。
「人間のあしらい、慣れてる?」
質問の意味が解らずに眉を顰めると、紫村は小さく笑って、店の奥から持ってきたビラを掲げる。
「イベントビラ、この店ヴァージョンね。良かったら、外で配って欲しいんだよね。オレが配るより、効果的でしょ?」
成程と頷いて、雪之丞は苦笑した。
「了解です。大丈夫ですよ。一本向こうの大通りでしたら、人通りもありますし」
なによりすぐ近くに交番もある。
白昼堂々厄介な人間もいないだろう。
男女に差のない制服は、動きやすいズボンにカフェエプロンである。
「よし、頑張れ! 目標は夕方までに100人ってことで」
「ビラ、何枚あるんですか?」
「マスターが張り切ったから300枚」
「え、」
「どうも、協賛店ごとに集客数を報告するらしくてさ。店長負けず嫌いなんだよね」
不意に声を潜めた紫村が苦笑した。
負けず嫌いと言う言葉とマスターが結びつかずに、雪之丞が眉根を寄せると、紫村が入口の向こうを示す。
「大通りに、少し前にできた全国チェーンの喫茶店があってさ。あそこの店長が、どうも火に油を注いでくれたらしくてね」
「どういうことですか?」
「裏路地の喫茶店は、わざわざ集客数を報告することもないだろう、みたいなことをぼそっと言ったんだって。まったく、良い大人が口に出す言葉くらい選んで欲しいよね」
本当にそんな言葉が紡がれたのか、雪之丞には解らない。
けれど、マスターがそう思っているのはビラの数からも明らかだ。
相手を蹴落とすような協力を求められても、雪之丞は手を貸さなかっただろうが、自分たちを引き上げるようなプラスの対抗心を燃やしているのであれば、雪之丞はそれに協力するだけだ。
「ビラ、配りきれるように頑張ります」
雪之丞はにっこりと笑って、ビラを預かると外に出た。




