それは、そくどをあげる
「なんだ、難しい顔してるな」
テーブルについた右頬に、コップを置いた振動が伝わって、雪之丞は顔を起こすと頬杖をつく。
「良く解りません」
「あぁ?」
「紅野君です」
「なんだよ、デートして仲良くなったんじゃないのか?」
「だから、デートじゃありません」
目の前に置かれた珈琲の注がれたカップに手を伸ばして、雪之丞は向かいに座る緑川を見遣った。
「女の子が、ヒーローショーに興味があるのは、どんな時ですか?」
「主演の男に興味がある。主題歌に興味がある。誘った男に興味がある。ストーリーが好きだとか、小道具が好きだってのは、まぁ少ないだろ」
「そういうものですか?」
「まぁ、それこそ映画も似たようなもんじゃねぇか?」
「先に教えて欲しかったです。それにしても、普通、気があるのか、なんてストレートに聞かないと思うんですけど」
「ほっといても女が寄って来るような奴なんだろ?それくらいの防衛策は日常茶飯事なんじゃねぇの?」
足を組み直して、緑川はこつりと机を叩く。
珈琲を一口含んで、雪之丞は嫌そうに目を細めた。
「境界線を引かれるということは、青柳さんの依頼に支障が出ますね」
「そうか?」
「これ以上近寄るな、といわれて近付けませんよ」
「馬鹿。逆だ」
即座に切り捨てられて、訝し気に顔をあげると緑川が肩を竦める。
「もともと依頼は、相手をどれだけ近寄せられるか、だろ」
「不本意です」
「アクセルを踏んだのはお前だろ。加速に文句を言うなよ」
珈琲を飲み干して、雪之丞は疲れたように溜息をついた。




