第2話「秘密の芸名」
後期の講義が始まってから一週間。
神代悠斗たち四人のグループ研究は順調に進んでいた。
昼休み。
「神代君。」
玲奈が静かに声を掛ける。
「今日の研究資料、図書館で確認できる?」
「もちろん。」
「じゃあ、講義が終わったらお願い。」
「分かった。」
玲奈は小さく頷き、自分の席へ戻っていった。
◇◇◇
午後五時。
大学図書館。
「ここをこう直せば、もっと分かりやすくなると思う。」
悠斗が資料を見せる。
玲奈は真剣な表情で目を通す。
「……なるほど。」
「その考え方は良いと思う。」
「採用しよう。」
二人は互いに意見を出し合いながら資料を完成させていく。
「これで今日は終わりかな。」
「うん。」
時計を見ると午後六時を回っていた。
「ありがとう。」
「じゃあ帰ろう。」
二人は大学をあとにした。
◇◇◇
駅へ向かう途中。
玲奈のスマートフォンが震えた。
画面を見た瞬間、玲奈の表情がわずかに曇る。
「……ごめんなさい。」
「少し急用ができた。」
「神代君、今日はここで。」
「大丈夫?」
「うん。」
「また明日。」
そう言って玲奈は足早に人混みの中へ消えていった。
悠斗は少し気になったが、そのまま駅へ向かった。
◇◇◇
その夜。
悠斗は書店へ立ち寄り、研究資料になりそうな専門書を探していた。
本を購入し店を出ると、大型商業施設の前に人だかりができている。
「何だろう。」
近付いてみると、大きなデジタルサイネージに映像が流れていた。
『本日二十時より、新作配信スタート』
画面には、美しい女性が映し出されている。
その横には芸名が大きく表示されていた。
『月城レイ』
悠斗は何気なく画面を見上げる。
「……え?」
その瞬間、目を見開いた。
画面に映る女性は、どう見ても白石玲奈だった。
髪型も雰囲気も違う。
しかし、その瞳や笑顔には見覚えがある。
「嘘だろ……。」
周囲では若い男性たちが話している。
「月城レイ、本当に人気だよな。」
「清楚系で演技も上手い。」
「最近ますます売れてる。」
悠斗は言葉を失った。
(白石さん……?)
(いや、でも。)
(そんなはず……。)
頭の中が混乱する。
◇◇◇
翌日。
大学。
玲奈はいつも通り静かに講義を受けていた。
しかし悠斗はどうしても昨日のことが頭から離れない。
講義終了後。
「白石さん。」
「少しだけ話せる?」
玲奈は悠斗の表情を見る。
「……いいよ。」
二人は人気のない中庭へ向かった。
◇◇◇
ベンチに座る二人。
少し沈黙が流れる。
悠斗は意を決して口を開いた。
「昨日……。」
「商業施設の前で広告を見た。」
玲奈の肩がぴくりと震えた。
「そこに。」
「月城レイっていう人が映ってた。」
玲奈は何も言わない。
「その人……。」
「白石さん、だよね。」
長い沈黙。
玲奈は目を閉じ、小さく息を吐いた。
「……やっぱり。」
「見られちゃったんだ。」
否定はしなかった。
「本当なの?」
「うん。」
玲奈は静かに頷く。
「月城レイ。」
「それが私の芸名。」
悠斗は驚きながらも、落ち着いて話を聞いていた。
「どうして……。」
「大学には秘密なの?」
玲奈は空を見上げる。
「仕事だから。」
「でも。」
「大学では普通の学生として過ごしたい。」
「だから誰にも話していない。」
「家族と事務所、それからごく一部の関係者しか知らない。」
悠斗はゆっくり頷いた。
「そうだったんだ。」
玲奈は不安そうに悠斗を見る。
「……軽蔑した?」
その声は、大学で見せる冷静な玲奈とは違っていた。
一人の女性として、不安を抱えた声だった。
悠斗はすぐに首を横へ振る。
「そんなこと絶対にない。」
「仕事は仕事だと思う。」
「白石さんは白石さん。」
「昨日も今日も変わらない。」
玲奈は驚いたように悠斗を見つめる。
「本当に?」
「もちろん。」
「誰にも言わない。」
「約束する。」
その言葉を聞いた玲奈の瞳に涙が浮かんだ。
「ありがとう……。」
「実は。」
「誰かに知られたら終わりだと思ってた。」
「神代君なら。」
「きっと受け止めてくれる気がした。」
悠斗は優しく微笑む。
「これからも大学では今まで通りでいい。」
「研究も一緒に頑張ろう。」
玲奈は涙を拭き、小さく笑った。
「うん。」
「よろしくね。」
その笑顔は、大学で誰も見たことのないほど柔らかく、美しかった。
◇◇◇
その日の帰り道。
玲奈は一人、駅のホームに立ちながら胸へ手を当てる。
(初めてだった。)
(秘密を知っても。)
(離れていかなかった人。)
一方の悠斗も、夕焼けに染まる街を歩きながら考えていた。
(月城レイ。)
(白石玲奈。)
(二つの名前を持つ彼女。)
(どちらも本当の彼女なんだ。)
悠斗は、玲奈の秘密を守ることを心の中で固く誓う。
そして、この秘密が二人だけの特別な絆になっていくことを、まだ誰も知らなかった。
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