第一話
にちゃり、唾の汚らしい音が聞こえてきた。
尖った歯、緑の皮膚、黄色い目、皺のついた顔。
醜悪な化け物、ゴブリンが僕の目の前に立っている。
なんでこんなところに。
太い棍棒を持ったそいつは、僕の方を見て余裕たっぷりにニヤついている。
逃げなきゃ。
でも、足が動かない。
> 装備なしに勝てる相手じゃない、早く逃げろ!
> やばいって、ソロのランク F には荷が重すぎる
> そいつ普通じゃない、早く逃げて
配信しているコメント欄が一気に流れ出した。
僕の背中を汗が伝う。
心臓の音がうるさい。
ずさっ。一歩足が後ろに動いた。気がついた瞬間、僕は後ろを振り向いて走り出していた。
肺が痛い、足が重い、体がうまく動かない。
でも、走り出せた。
次の瞬間、僕は地面に転がっていた。
なんで?
同時に痛みが襲いかかってくる。
腰を思いっきり横に殴られたのだ。
肺から空気が全て抜けて、過呼吸になる。
> やばいやばいやばい
> これは死んだな
> ギルド員まだ??誰か通報したよね???
コメントが無常に流れていく。
何で何で何で。どうしたらいい。考えろ。
目から出る涙で滲む視界を見ながら、僕は必死に助かる方法を考えようとした。
ゴブリンが口の端を釣り上げてこちらを見下ろしている。
今なら、逃げられるかもしれない。
なんとか息を整えようとする。
ごふっ。
息が肺から抜ける音がした。
思いっきり腹を踏みつけられた。
苦しい苦しい苦しい。
ケラケラと笑うゴブリンの口が三日月型になる。
ゴブリンは明らかに楽しんでいた。
ゴブリンは足を大きく上げると何度も踏みつけた。僕の体を。
痛みで身体中が神経になったかと思った。
> まだギルド員来ないのかよ
> もう死ぬぞ
> 早く、早く
コメントが流れ続ける。配信開始時は視聴者が冷やかしで見に来た 1 人だけだったのが、今は 300 くらいまで視聴者が増えているみたいだ。
けど、僕にはそんなこと関係ない。
ゴブリンが棍棒を大きく振りかぶった。わざとゆっくり。
でも、僕は何もできない。体が動かない。
ここで死ぬんだ。
ごめん母さん、いつも心配させてごめん。
ごめん、里奈。里奈の入院代を稼ぐためにきたつもりだったのに。
> 死ぬ
> うあああああああ、止まれええええええ
> やば、まじじゃん
コメントがさらに勢いよく流れ出す。
ゴブリンが腕を振り下ろした。
もうだめだ。ああ、せめて痛くなかったらいいのに。そんなことが頭をよぎる。
バキっ。
鈍い音がした。
でも、痛みは来なかった。
どこからか女の人の声が聞こえた。
『スキルが発現しました』
視界の端で、視聴者数がさらに跳ね上がった。




