避難民の列
森の中を早足で駆けると、やがて彼らは避難民の最後尾に追いついた。
「おじさん!!」イブが叫んで走り出した。
白馬にまたがり金の長髪を馬の腰に垂らしたエルフが、避難民たちの殿を務めていた。
彼はイブを見ると、馬を降りて笑顔を向けた。テオが彼らの輪に加わりかしこまった様子で何かを報告していた。
アイルは彼らの脇を通り過ぎ、列の先へ向かった。
避難民の列の中ほどに、大きな背中をした大男がいた。ウェーブした茶髪は何日も洗っておらず、脂と泥で汚れていた。彼はヤゴーの弟で、村の守備隊を努めているゴードンという男だった。
アイルは村に起きたことのあらましを簡潔に話した。
「ヤゴーは死にました」アイルは言った。ゴードンは小さくうなずいた。ふたりはしばらく黙って歩いた。アイルが横目でゴードンの顔を覗くと、その眼が涙で滲んで光るのが見えた。
「ルーは合流しましたか?」
「いや」ヤゴーは言った。
「ルイはここに来る途上で死にました」
ヤゴーはまた押し黙った。彼らはしばらくそのまま歩いた。
「エルフとはどこで合流したのですか?」アイルは訊ねた。
「一番下流にある狩猟小屋を過ぎたところの川だ」
「俺もそこでエルフと合流しました。あの川の上流にエルフの村はあったんでしょうか」
ゴードンは答えなかったので、話はまた途切れた。彼らは前を向き歩を進めた。夏の日が昇り気温が高くなってきた。
「これから我々はどうなりますか」アイルが訊いた。
「とりあえずブリスコーに行く。暮らしはまあ、なんとかなるだろう。我々よりも、問題があるのはエルフだ」
「というと?」
「エルフはローラントの庇護下にない。やっこさんらは王権の及ばない山脈の奥で隠れて暮らしていた。だから税金も一度も収めたことがない。つまりブリスコーに行っても、王国に彼らを匿う義務はないんだ」
「では、彼らはどうなりますか」
「さあな……」
二人は三たび押し黙った。森は夏真っ盛りで虫の音がうるさく響いていた。歩きながらアイルは村のことを考えた。
アイルの両親は彼が幼い頃に死んだ。彼は物心ついたときにはゲイルの家で暮らしていた。ゲイルは親を偽らなかった。どのみち二人は似ていなかった。彼の奥さんはとうの昔に亡くなっていた。アイルはゲイルから狩人としての素養を受け継いだ。彼は物静かで目端が利いた。そして腕のいい一流の狩人だった。
彼らはヤゴーと三人でよく釣りに出かけた。ヤゴーは豪胆で悪く言えばずぼらな猟師だった。隠密行動はからきしだったが腕っぷしがあり豪胆に魔物を屠った。ヤゴーとゲイルは互いを補間する良き友だった。
しかしヤゴーは死んだ。恐らくゲイルも死んだだろう。急に3人で行った釣りの思い出が蘇ってきた。蓋をしていた悲しみが今更こみ上げてきた。彼は一筋の涙を流した。
「……おい。呼んでるぞ」ゴードンがアイルの背中を叩いた。そして後ろを指差した。
殿の長髪エルフがいつの間にかアイルの真後ろを歩いていた。
「私はこの難民達の守備隊の長でロンドという。君がアイルくんだね」エルフは言った。「イブが世話になったようだな。いずれ君には礼をしたく思う」エルフはそう言い頭を下げると、再び列の殿に戻っていった。
やがて彼らはルナンの岸辺にたどり着いた。彼らは木々の枝に身を隠し、川を覗いた。
川の真ん中には朝方に見た帆船が停泊していた。
「ガレー船……?」ロンドがつぶやいた。無論川でもガレー船は使う。しかしこれほどの上流まであの巨大な船で上ってくることなどあるだろうか。彼らは船を注視した。船の甲板には緑色のゴブリン達がうごめいていた。
彼らの後ろから革鎧をつけた赤髪の女騎士が近づき、言った。
「そうだ。あれがある限り、川を渡ることはできない」女騎士言った。「私はあの船を奪うつもりだ。君たち難民の力を借りたい」




