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Solomon's gate (試作_7回目失敗)  作者: にしてつ
第一章 森の中の死体
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下界へ向かう王女

ーアイルがスホルトを再び発つ二日前ー


 晩夏の砦の城壁に粉雪が薄く降り積もっていた。

 氷河の侵食が形作った急峻な台地にその砦は立っていた。ウルゴーン山脈の巨大な峰の中腹に立てられたその砦の城壁に立つと、真夏の太陽にも溶けることのない永久氷河の白銀の積雪が山裾の一面に広がっている様を眺めることが出来た。

 砦に名前はなかった。砦が守る王国にも名前はなかった。

 この砦には三百年前からエルフの集団が住み着いていた。エルフ達は、それよりもさらに十数年前に故郷の地を追われ、この地に移住してきたのだ。

 エルフ達は外界との接触を絶った。彼らは街にも砦にも名前をつけなかった。それは呪いまじないに似た効果を発揮し、ますます地上における彼らの存在を希薄なものにした。

 彼らは外界に対してはわずかな人数の信頼できる者のみに接触した。しかし、その彼らとてエルフの住処は知らなかったのだ。

 しかし、今、エルフ達が集まって目の前に見ているものは、その千年の秘匿が暴かれたことを示していた。

 胸の甲冑を貫かれた血まみれの兵士が城壁によりかかり臥せっていた。その血が淡い雪をシャーベットのように赤く染めていた。

 兵の名はトーンと言った。僅か三日前に成人した若いエルフの兵士だった。

 彼のうつろなグレーの瞳は微動だにせずただ地面を見つめていた。

 年嵩のエルフが彼の額に手を当て、目を閉じてやった。

 

 彼らは城壁から身を乗り出し地面を見た。砦の胸壁の石垣はその一部が破壊され、砕けた岩がはるか下方の谷にバラバラに散らばっていた。

 彼らは側塔から地面へ降りた。扉は何かに粉砕され、木片が部屋のなかに散らばっていた。

 地面には雪に残された一対の足跡が山の方へ向かって続いていた。

 王たちは城壁の外に集まった。

「とうとうこの場所も、良からぬものに見つかってしまったようだな」王は言った。

「どうしますか」

「まず攻撃者を見つける。トゥリオ、貴様が偵察にでろ。残りのものは戦の準備にかかるのだ」

 トゥリオは馬にまたがり出立した。わずかに積もった雪の足跡が昼の太陽に消え去る前に、急いで崖を下っていった。砦と山との間には一度落ち窪んだ崖が横たわっており、砦からは死角となっていたのだ。

 トゥリオはしばらく馬を走らせた。谷間の傾斜に屹立した大岩の足元で、それまで一つだった足跡が他の二つの大きな足跡に合流していた。

 トゥリオは馬を降りた。そして忍び足で岩陰に身を隠しながら、谷間の深みへと降りていった。やがて彼は谷底のどこかから立ち上る一本の細い煙に目を留めた。彼は更に慎重に歩を進め、岩陰から火元を覗き込んだ。

 谷間の岩陰に日の当たる平らかな窪地があった。その窪地に多くのオーガがあぐらを組んでたむろしていた。

 その数は優に三百は越えるだろうか、どこから運び込まれたのか分からない大量の馬や荷車に積まれた火砲があった。

 トゥリオはしばらくその様子を観察した後、急ぎ足で砦へと戻った。

 トゥリオは薄い粉雪の上に自らの足跡がくっきり残っていることに気づいた。斥候としてはありえないほどの失態だ。千年の平和のうちに、エルフ達の間では基礎的な戦闘教養さえ失われていた。

 トゥリオは砦に戻ると、王に事態を報告した。

「ふうむ、ダリアをここに呼べ」王は言った。


 しばらく後、兵に連れられて、王女とその若い護衛がやってきた。

 王女は橙色の長い髪を垂らした美しいエルフだった。彼女は王の年の離れた娘であった。護衛の二人も、エルフとしては珍しく年の離れていない幼なじみだった。

「テオ、アベルよ。よく聞け。貴様らはダリアを連れて今すぐにここから離れるのだ。まず第一に、ここからラインベルクまで山を降り、そののちブリスコーへ向かへ。もしブリスコーへ行けぬようならば、川を遡りスホルトへ向かうのだ。そこは我が兄弟子が長を務めているがゆえ、快く歓待されるだろう。そして伝手をたどり魔法都市ネーヴェに避難するのだ。」

「お父さんは、どうするの」ダリアが言った。

「儂はここに残る」王は言った。「民を逃がすためしばらく時間を稼ぐ。さあ早く行け!」

 ダリアは弓を方に駆け、馬にまたがった。ダリアは馬の首を優しく撫でると、王たちを一度振り返った後、馬を走らせた。

 ダリア達は山を駆けた。晩夏の太陽の放射を浴びた高原の台地は、ぬかるんが茶色い礫まみれの土へ変わっていた。

 馬の蹄は柔らかい土を高く蹴り上げた。そして深い蹄の跡を残した。

 やがて彼女たちは氷河の麓にたどり着いた。

 地面は急峻な峠へと連なっており、下界へ降りるにはこの氷河を渡る必要があった。

 彼らは馬から降り、雪の残る斜面を徒歩で進んだ。氷河の浸食によって砕かれた大きなモレーンが茶色いシミのように純白の氷河の両岸を汚していた。

 彼女たちは氷河の上流をしばらく進み、やがて凹凸の激しい中流域に差し掛かった。

 この中流域には大量のクレバスが大きく口を開いていた。この氷河の裂け目は毎年形が変わり、そのうちいくつかは雪で覆い隠され危険であった。

 三人は慎重に歩を進めた。そして幅二十フィートはある巨大なクレバスに突き当たった。彼女たちは前年の記憶を頼りに氷河の右岸まで渡ったが、 近づくに連れ崖の際から大きく氷河の裂け目が広がっていることがわかった。彼女たちは引き換えし、左岸の際まで行くと、ようやく馬一頭が通れる崖下の細い隙間を見出した。

 三人は慎重にその隙間を渡った。気づけば太陽は正中しており、この一連の迂回に三人は予想以上に手間取った。

 ダリアは焦り、段々と歩幅が早くなった。そして気づけば二人より前を進んでいた。

「急がないで!」テオは上から声をかけた。「わたしたちより先に進まないでください!」

 

 しかしその時、ダリアの馬が足元を滑らせ、何度か踏ん張りを効かせようと足元をバタつかせた後、バランスを崩して雪原の上に横倒しになった。馬は最初はゆっくりと、そしてだんだんと早く斜面を滑り出した。茶色い栗毛の滑らかな肌は氷雪の上を為す術もなく下降した。

 ダリアは手綱を引っ張って馬を止めようとした。しかし馬の体重はダリアに比べてあまりにも大きく、ダリアは雪原に足を突っ込み引っ掛けたが、ほんのわずかの時間下降の速度を緩めただけで、馬はまた斜面を滑り出した。

 ダリアは助けを求めて叫んだ。

 やがて高所からは死角になっていた細いクレバスが目の前に迫ってきた。ダリア手綱を目一杯胸元に引き寄せたが、もはや馬を止める術はなかった。

 馬はクレバスの裂け目に背中から落下した。そして一尋ほど落下したところで、裂け目の隙間につっかえた。馬は天を向いたまま、足で空を蹴り上げ暴れだした。ダリアもつられて落下し、クレバスの縁に捕まると、叫びながら足をばたつかせた。冷たい雪が崖の淵から降ってきて、ダリアの顔面にかぶった。冷たい雪がダリアの襟元から体のなかに入り、彼女はパニックに陥り首をふり叫んだ。

 テオ斜面を駆け下りてきた。そしてその場にしゃがみ込むと、ダリアの襟首を掴みに上に引き上げた。

 ダリア落ち着くと、すぐに振り返って馬を見た。しかし馬は先ほどよりもさらに深く溝にはまりこんでいた。やがて馬の側面の氷河がぼそりと崩れ落ち、茶色い栗毛の馬は背を下にしたままクレバスの闇の底へ落下していった。ドスンと言う残酷な落下音がクレパスの青い壁に残響した。

「スレイ!」ダリアは叫んだ。そして泣き出した。

「泣くのはやめてください」

「私のせいで……」

 テオは一瞬優しい言葉をかけようとしたが、すぐに口を一文字に結んで言った。「そのとおり、あなたが慎重さを失った結果です。これからは決して私達より先行しないでください。さあ、先へ進みましょう」

 テオはダリアの手を引いて、雪原をしっかりと踏みしめ斜面を登った。そしてクレバスを大きく迂回して再び氷河を降り始めた。

 やがて彼女たちは、モレーンの降り積もった氷河の下流に差し掛かった。ここにはもはやクレバスはなく、また取っ掛かりも多いので彼女たちは歩みを早めた。

 こうして彼らはようやく氷河を渡りきった。彼らは反転して氷河を下から見上げた。


 すると、坂道のてっぺんと天空との境目に、いくつかの巨人たちの立ち姿があった。

 オーガだ。おそらくアリアたちの足跡たどり、すぐに追いついてくるだろう。彼らの巨大な体躯ならば、細いクレバスなどはいくつも飛び越えてくるに違いない。

「どうやら姿を見られてしまったようですね。急ぎましょう」テオは言った。

 ダリアは泣きはらした後の赤い目をキュッと細めると、その滑車弓に矢をつがえ引き絞った。

 「やめなさい」テオは言った。「こんなところからは当たるはずがありません」

 彼らはモレーンで埋まった谷を抜けて森の際に差し掛かった。森の中に入る前に彼女たちはもう一度斜面を振り返った。

 既にオーガ達は氷河の中腹にさしかかっていた。彼女達が足止めをくらった大きなクレバスの際にやってくると、おそらく足跡から推測したのだろう、彼らは迷わず左岸へ向かった。

 テオたちは森の中に分け入った 。


 テオはダリアを背中に預けて二人乗りで馬を駆けた。しかしエルフの馬たちはあまりにも高地の地面の見えた荒れた地面に順応しすぎていた。馬の歩みは遅く、彼らは何度も何度も足を取られた上に、木々の間を進むことを嫌がった。 彼女たちは森の中を進むのは諦め、ラインベルクへ向かって直線的な進路を取り森を短く突っ切ろうと試みた。そして彼女達は再び氷河の残る別の谷に顔を出すことになった 。

 しかしこの進路変更は失敗であった。

 低地では雪の代わりに雨が降っていたのであろうか、ぬかるんだ道に馬の蹄は大きな足跡を残した。

 それでも彼女たちは馬を駆けた。しかしやがて森の中からバキバキと枝が折れる大きな音をがして、それに続いて近づいてくる何かの気配があった。

「このままでは追いつかれます」テオは言った。「この馬たちを囮に使うしかありません」

 彼女達は馬降りた。そしてテオは剣を抜き、馬の腹に傷を入れた。

 その馬、フロロは悲しくうめいた。そして潤んだ目で彼女達を見つめた。

「ごめんね、ごめんね」ダリアは泣きながら何度もそう言った。

 三人がまだ氷が残る谷の崖際のくぼみにたどり着くと、テオは目を閉じ魔法を唱えた。

 「Oüm el türe ärianndal……」

 テオの両手から青い氷が生成された。それは外部とくぼみとの間に氷の壁を作り、三人を覆い隠した。

 しかしそのくぼみの中はあまりにも冷えた。彼女たちは寒さに 三人で互いに身を寄せ合った。

 その時、馬が外いなないた。

 半透明の氷の外に、何か巨大な怪物が現れた。馬は恐怖に猛り狂い暴れ回った。しかしニ体三体と巨人たちが回りを取り囲んだ。

 そのうち一体の巨人が馬を片手で手づかみにした。そして、馬を高く両手で掲げると真っ二つに鯖折りにした。

 血の雨がオーガを染めた。潰れたトマトのように腹から内臓がぷっくりと吹き出したフロロは、二体のオーガにそれぞれ頭と足を引っ張られ二つの肉塊に引きちぎられた。

 アベルの乗っていた白馬はあまりの恐怖に錯乱状態となり、白目を向き鼻から泡を吹き暴れまわった。

 しかしオーガが馬の手綱を握っており、その場所から逃れる事は出来なかった。

 オーガ達は残酷にも白馬にナカマが食いちぎられるところを見せつけた。オーガの一人は、白馬を上目で見ながら長い腸を手づかみにし、血で顔を真っ赤に染めながら内蔵を奥歯ですりつぶした。そして手のひらについたはらわたの血を大きな舌で舐めとった。

 ダリアは顔を伏せて恐怖で縮こまりすすり泣いた。テオはアリスの肩に手をかけて、目を閉じ時が過ぎるのをひたすら待った。


 ダリア達はそのくぼみの中に隠れ一晩を過ごした。氷点下を下回る凍てつく洞穴の中で、テオたちは凍死をしないように何度も目を覚まさなければならなかった。

 やがて朝になり目の前の谷が明るくなった。既にオーガたちの姿はなかった。

 谷の底には血に染まった鐙とその鞍が捨ててあるだけだった。

 地面に残されたオーガの巨大な足跡は、やがて反転して山上へと引き返して行った。


 テオたちは川に沿って山裾を駆けた。

 やがて氷河から流れ出る冷たい灌流は、谷間のいくつもの流れと合流し温い渓流となった。

 この支流はラインベルクの大河に吸い込まれていった。しかしこの支流の合流地点に、巨大な帆船が停留していた。その横舷には艶めかしく輝く鉄の火砲が並んでいた。帆船の大きな帆が月の光を受けて白く輝き、闇のなかに船上の灯火が輝いていた。

「あれは敵の船に違いありません」アベルは言った。「あのような戦闘艦がこの様な上流域にある理由は他にありません。どこかに隠れましょう」

 テオ達は森のなかに入った。そしてしばらく進むと、人間のものだろう狩猟小屋があった。

「借りることにしましょう」テオはそういい、扉の錠を剣の柄で叩き壊した。

 三人は扉を締め、そのまま横になった。

 ダリアは疲労ですぐにうつらうつらし、まぶたが下り意識がゆらぎ始めた。テオが寝返りをうち、ダリアの目を見て話し始めた。

「ダリア、聞いてください」テオが言った。「よいですか、寝る前に一つ言っておきます。これからあなたは下界の人間と接触することになります。そのときは決して身分を明かさないでください。あなたはそう……イブ。これからはイブと名乗ってください……」

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