夕日
「ソフィア様、ここはどうすれば良いのでしょう」
「ここは、F-2の棚にファイルがありますから、それを参考にしてください」
「ありがとうございます!!」
今日は一年生5人が手伝いに来てくれる日、いつも静かな生徒会室は人で賑わっていた。
ソフィアに質問をしたフローレンスはキラキラとした視線をソフィアに向けた後、書庫へ向かっていった。
少し離れたところでは、またディランに質問をしている一年生がいた。
面倒見が良いディランとソフィアは後輩たちにとても慕われていた。
美男美女、成績優秀、優しい、そんな二人に指導してもらうのは嬉しいことだった。
「そろそろ休憩にしましょうか」
「そうだね」
「今日はアールグレイの紅茶を持って参りました。……殿下、お好きでしょう?」
「それは嬉しいな、ありがとう、ソフィア」
そんな会話を繰り広げるディランとソフィアに一年達は生暖かい目線を送っていた。
(カップル……というより新婚夫婦……)
そんな風に後輩たちに思われているとはつゆ知らず、二人はお茶の準備を始めた。
「そういえばもう少しで剣術大会ですね」
「そうだね」
ソフィアの言葉に頷くディランの顔は安堵に染まっていた。
「剣術大会は主体が剣術部だから少し楽かな……」
「そうですね、助かります」
この頃になると一年生たちはどうして生徒会が二人だけで回されているのか知っていた。
それほどまでにカサブランカとジェシカのことは学園中に広まっていたのである。
学園ではディランがどちらの手を取るのか、『やっぱりカサブランカ様だろ派』と『高位貴族キラージェシカ派』に分かれている。
しかし、生徒会員の五名は皆『生徒会の女神ソフィア様派』だった。
「殿下もお出になられるんですよね?」
「うん、まあ……」
ディランは幼い頃から騎士団長直々に手解きを受けてきた剣士であった。
自分の命が危ないとき、最後に己を守れるのは誰かではなく自分だ、という教えのもと剣技を叩き込まれたのである。
そんなディランは一年の時、既に優勝を果たしていた。
「でも戦うのは上位4位に入った生徒とだけだと剣術部から言われたから、始めは暇だね」
去年の圧倒的な強さを見ていた剣術部は考えた。
これは普通にディランを参加させれば対戦相手はやる気をなくし、トーナメント戦がつまらなくなる、と。
そこで、上位4位以内に入った生徒は、前年度優勝者であるディランへの挑戦権を得られる、という制度にしたのだ。
騎士を目指すものの中には、ディランとの手合わせを熱望する者もいる。
そう言った者は大抵上位に食い込んでくるので、ディランとの対戦は、ある意味賞品だ。
「流石は殿下ですね」
にこりと笑ったソフィアにディランはドキッとした。
仲の良い二人に後輩たちは空気に徹し、小さく微笑んでいる。
よく出来た後輩であった。
「応援行きますね」というソフィアの言葉に絶対に二連覇しようと決意を新たにするディランだった。
◇◇◇
「わぁ……」
ソフィアは少し離れたところで繰り広げられる戦いに目を奪われていた。
いつもファイル片手に仕事をしているディランしか見ていなかったために、剣を振るうディランにソフィアはつい見惚れてしまった。
既に二位から四位の生徒には勝利し四戦目にトーナメントで一位を取った生徒との試合だった。
四戦連続で疲れているだろうに、その体はぶれることがない。
寧ろ相手よりも余裕があるように見えた。
相手を見据える真剣な眼差しに、当たっては弾かれる木剣。
先ほどまでの相手よりは長く続いているものの、試合はディラン優勢であった。
息一つ乱すことなく振るわれる剣技は美しく、見るものを圧倒する。
それは一種の芸術のようだった。
「っ勝者! ディラン・リンデンブルク!!」
体勢を崩した相手の首筋に当てられた剣先に、審判は手を挙げた。
と同時に会場には歓声が湧き上がる。
対戦相手である生徒は悔しそうにしながらも差し出されたディランの手を取った。
(……かっこいい)
どうしてこの人はこんなに素敵なのだろうかとソフィアは思う。
仕事も早く、賢く、優しく、心から尊敬できる人だ。
困ったことがあればいつでも手を差し伸べてくれて、助けてくれる、そんな人。
「本当にかっこよかったね」
「……うん」
一緒に観戦していた友人に話を振られてもソフィアはどこか上の空だった。
その後はすぐに剣術大会の表彰式が行われた。
優勝したディランは学園理事長から2年連続の花束を受け取る。
その後のディランの行動に注目が集まるが、ディランは特に何をすることもなかった。
「カサブランカ様、殿下の婚約者なのに花束を頂けなかったのですねぇ」
作り込まれた純真無垢な表情のジェシカは親衛隊を伴いながらカサブランカの元へ来ていた。
優勝者が受け取る花束は、大切な女性へ送るのが慣わしであった。
しかし昨年、優勝したのはディランだったが、その花束がカサブランカに渡ることはなかった。
母である王妃に渡ったのだ。
「殿下は王妃様に渡されたのですわ。殿下を否定するなんて、身の程を弁えなさい!!」
負けじとカサブランカも反論する。
「ごめんなさい、カサブランカ様。……今年は私が頂きますね!」
親衛隊に見えない角度でニヤリと嫌な笑みを浮かべたジェシカは「カサブランカ様が怖いですわぁ〜」と立ち去っていった。
カサブランカはいらいらしながらフェンスを扇子で叩く。
その様子に周りの取り巻きたちは体を強張らせた。
一方のソフィアは剣術大会の後処理を剣術部と行っていた。
試合で疲れているだろうディランになるべく仕事が回らないようにいつもよりテキパキ動く。
そのディランは学園理事長や観戦に来ていた師である騎士団長と話をしている。
そういった人物が引き留めなければすぐに仕事を始めようとするディランの性格を知っているソフィアは引き留めてくれている二人に感謝していた。
「ソフィア様、これを生徒会経由で教員に渡していただいてもいいですか?」
「勿論です」
会場の片付けなど力仕事は剣術部が進んで行ったために、ソフィアは事務的な処理をするだけだった。
ソフィアは仕事を終えると、生徒会室に置いてある荷物を取りに帰った。
そっと扉を開けたソフィアはバルコニーの柵に寄りかかるディランを見つけた。
大会のときの服のまま、手には白い薔薇の花束。
夕日に照らされてその美しい金髪は光り輝く。
ソフィアはしばらく声をかけるのも忘れて立ちすくんだ。
「ん、ソフィア……」
外の景色を眺めて黄昏ていたディランは扉の付近に立つソフィアに気がつくと、柔らかな笑みを浮かべる。
その笑みは泣きたいくらいに美しいものだった。
「ソフィア」
ソフィアはディランに手招きされるままバルコニーに出た。
「わぁ……」
そこに広がっていたのは美しい夕焼け。
ソフィアは感嘆の声をあげる。
「綺麗だよね」
「ずっとここに通っていたはずなのに、知りませんでした」
「僕もだ」
暖かな夕日が二人を照らす。
その温もりが今日1日の疲れを癒してくれるようだった。
「今日はお疲れ様です、殿下」
「ソフィアも、お疲れ様」
「優勝、おめでとうございます」
「ありがとう」
今日はもう生徒会員としての仕事は残っていない。
それだけでソフィアは少し嬉しかった。
「ソフィア」
名前を呼ばれてソフィアはディランの方へ顔を向ける。
そこでソフィアはディランがじっと自分を見つめていることに気がついた。
「どうしました……?」とソフィアが聞き返すよりも前にディランはサッと跪いた。
その行動にソフィアは目を見開く。
「君は……いつもここに来てくれた。副会長として僕を支えてくれた。大変だったと思うのに、本当にありがとう。君がいなかったらきっと心が壊れていたと思う」
もしもソフィアがいなかったら、今これほどまでに穏やかな気持ちではいられなかったとディランは思う。
仕事熱心な彼女に、美味しい紅茶を淹れてくれる彼女に、1番近くで苦悩を共にしてくれた彼女に、ディランはずっと救われていた。
「君にずっと僕のそばにいて欲しい。君のことが好きなんだ。だから、この花束を受け取って欲しい」
花束を差し出されたソフィアは、それまで一度も瞬きをせずディランの話を聞いていた。
ソフィアは微かに震える手で花束を受け取ると、その大きな瞳から大粒の涙を流し始めた。
「ごめん、君に好きな人がいるのは知ってるけど、気持ちだけは伝えておきたくて……。嫌なら捨ててもらっても……」
そんなことを言い出すディランにソフィアは物凄い勢いで首を振った。
「っ絶対に、捨てません!」
「それなら嬉しいけど……泣き止んで欲しいな」
号泣するソフィアに戸惑うディランがそう声をかけると、ソフィアは必死に涙を止めようとしたが、止まらなかった。
「お慕いする方がいると……、前に殿下に、申し上げましたね……」
ソフィアの言葉にディランは少し体を硬直させた。
「うん、だから無理しなくて……」
「それっ、殿下です!」
「え?」
ソフィアは半分叫ぶようにそう言った。
「私がお慕いしているのは、殿下なんです!! だからっ、嬉しくて……すみません」
その言葉に、手の甲で雑に涙を拭うソフィアをディランは花束ごと抱きしめた。
「本当に?」
「本当です」
「好きだよ、ソフィア」
「私も大好きです、殿下」
人手不足な生徒会にはちゃんと幸せも存在した。
お読みくださり、ありがとうございました!
 




