第37話 神話の話、亜人の扱い
大聖堂の鐘の音と共にヴォルグの姿が霞む。
そして、次の瞬間には防御魔法の障壁が揺れていた。
ただ、僕は余裕の笑みを浮かべて言い放つ。
「お前の攻撃では僕の防御魔法を突破できないぞ」
「やってみなければ分からないだろう?」
ヴォルグの拳に一層、力が込められる。
僕は楽しそうに汗を流し、無意味に防御魔法の障壁を殴り続けるヴォルグと違い戦闘にそこまで興味がない。
魔法の研究の課程において必要不可欠であれば行うし、必要がないのであれば行わない。そのぐらいの気持ちだ。
だから、僕はこのヴォルグとの戦闘にすでに必要性を感じていない。
もう情報は引き出したし、ヴォルグからはこれ以上のことは聞けそうにない。
「終わりにしよう、ヴォルグ」
必要なのはそれだけだった。
眩い光が僕を中心に瞬く。
太陽が大地を照らす光よりも眩しい閃光が僕以外、全ての人の目を潰す。
もちろんヴォルグも例外ではない。
「くっ!」
苦悶の声が聞こえた。
瞳を大きな手のひらで覆うヴォルグ。
視界を潰され動きが小さくなったヴォルグを見て、僕は神話の伝承を思い出していた。
聖教の創世神話に書かれる英雄アレキス。アレキスが着たとされる鍛冶龍の軽鎧。
それこそが今ヴォルグの着ている鎧だ。
僕はその神話が本当の歴史だとは思っていないけど、そこに書かれていることにも事実が混ざっていると思う。
実際に勇者パーティーとして旅をして、そのことを感じる場面に何度も遭遇してきた。
だから、鍛冶龍の軽鎧のある記述についてもあながち間違いではないと思っている。
それは、鍛冶龍の軽鎧の弱点だ。
アレキスが最後に活躍した戦闘で敵の将軍パースに一撃で殺されている。本来鍛冶龍の軽鎧を着ているアレキスは最高の守りを手にしているようなものだがたった一撃で簡単に殺されてしまっているのだ。
この逸話で将軍パースが狙ったのが踵だ。
今でも作られている金属製の鎧も関節の部分はどうしても弱くなる。その点を魔法で防いでいる鍛冶龍の軽鎧も、地面とこすり合う踵部分だけは魔法を組み込めなかったのだろう。
つまり、神話に基づけば簡単にヴォルグを倒すことができる。
両方の踵に向けて僕は魔法を放った。
気取られぬようにもちろん無詠唱だ。
未だ戻らぬ視界のヴォルグでは到底避けることは出来ない。
それが直撃するのは必然だった。
鮮血が地面に滴り落ちる。
膝から崩れ落ちるヴォルグ。
今まで見えなかった鍛冶龍の軽鎧が赤い鎧の姿を表す。
踵に突き刺さった魔槍が光の粒となって砕け散った。
「カハッァ!」
呼吸を乱すヴォルグ。
「諦めなよ。お前の負けだ」
それを見下ろす僕。
「こんなもんの傷、俺にとっては……」
「無理だよ。毒がついてるから。これからしばらくは麻痺して動けない」
僕も人狼種であるヴォルグがたった2つの傷で倒れるとは考えていない。
だけど、毒なら別。人狼種であろうと基本的肉体構造は同じのはず。
「それで提案があるんだけど、僕の研究仲間にならない?」
人狼種は希少種族。中々検体が手に入る訳ではない。
その強靭な肉体を研究すれば、人間種に活用できるはずだ。
「なぜ俺を助ける?」
「魔法の発展のためかな?」
魔法が効かない毛皮を研究することで、今よりも強力な攻撃魔法が作れるはずだ。
「なるほど。俺に実験動物になれと?」
「確かに実験動物と言ってしまえばそうかもしれないけど、そこまで酷いことをするつもりはないよ。少しだけ毛を貰うのと、体を触らせて貰うぐらいかな。最低限の生活は保証するし」
「ふん、どうだか? 人間は俺たちに嘘をつくからな」
「僕は約束は守るよ」
「そういうふうに言ってきた人間に俺たちは迫害され殺されてきたんだ。この大聖堂だってその証だろう!?」
憎々しげに尖塔を見上げるヴォルグ。
確かに聖教は人間種以外に対して当たりが強い。聖教の総本山である聖教国では、亜人種は入国すらできない。
「でも、教団は違う。俺たちを受け入れてくれた。俺たちを認めてくれた」
「じゃあ、どうしたら僕たちを信じてくれるのさ」
「人間は信じない。人間などこの世からいなくなってしまえばいいんだ」
それは憎しみに溢れた声だった。
毒々しく、悲しい声。ヴォルグがこれまでどのような仕打ちを人間から受けてきたのかを物語る声だ。
「それなら、衛兵に引き渡すよ。お前を野放しには出来ないから」
「その必要はないですよ」
デジャブ感のある声と光景。
「司祭様……!?」
修道服を着た男がまたも虚空から現れる。
「ヴォルグよ。良くやった。これで我ら教団の悲願にも一歩近づけたことでしょう」
フードの奥で白い歯がちらりと見えた。
司祭と呼ばれる男がヴォルグの体に触れる。
前回はここで魔法具が使われてヴォルグが全身にあった傷がまたたく間に治された。
しかし、
「ど、どうしてで、すか? 司祭様……」
苦しみうめき声を漏らすヴォルグ。
その体を覆うのは回復の光ではなく、黒い瘴気だった。




