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第36話 人狼の矜持、教団の目的

 人狼の鉤爪が僕に迫る。


 金属がぶつかり合う甲高い音がなった。


 僕の展開する幻視の球体(イルズオーン・ボール)が強靭な鉤爪を防いだのだ。


 そのまま縦横無尽に振るわれる尖爪にが揺らされる。


 ただ、幻視の球体(イルズオーン・ボール)が破られる気配はない。


 幻視の球体(イルズオーン・ボール)は広域防御障壁の幻視の(イルズオーン)障壁(・ミュール)を個人防御用に改良したものだ。範囲を狭くした分その防御力は魔龍のブレスを防ぎ切ることも出来るのだ。


 人狼が新たな攻撃のためか距離を取る。


 攻守が逆転した。


 杖の先端に取り付けられた魔法石が発光する。


 大嵐が生まれたかのように魔法の槍が吹き荒れる。


 人狼は槍を華麗なステップで躱しながら僕との間合いを縮めてくる。しかし、その超人的な動きも僕の予測の範囲内だ。


 僕はさらに槍の量を増やした。


 人狼を球状に取り囲むように現れる魔法の戦槍。


 例え人狼がどんなに速く、素早く動こうが絶対に避けることはできない攻撃。


 人狼も諦めたかのようにその場で動きを止めた。


 しかし、人狼は笑っていた。まるで無邪気に遊ぶ子供の様に。


 人狼に殺到した魔槍が突き刺さるかのように思えた瞬間、魔槍は見えないなにかに阻まれて地面に落ちてしまう。


 僕は前世からの知識でこの不可解な現象の正体に予測がついてしまう。


 分かってしまうからこそ信じられない。


 まさか人狼種が防具を身につけるなんて。しかも、魔法の力が付与された防具を。


 人狼種はその体の高い能力を誇りに思い、その身一つで戦うことが知られているのだ。それが防具を身に着けている。


 これはあまりにも危険なことだ。


 ただでさえ高い身体能力を持つ人狼種が効果的な装備を身に着けたとなれば人間種では太刀打ちできなくなってしまう。


 僕はこれがこの漆黒の人狼だけが防具を身につけるのか、それとも人狼種として防具を身につけるようになったのかを見極めなければならない。


 そして生まれたのは膠着の時間。


 僕も人狼も警戒状態のまま睨み合う。


「流石だ、祝福なしの転生者。俺を本気にさせるばかりか互角に戦うなど、俺は久々に滾っている。感謝しよう人間よ」


 満月のような黄金の瞳が僕を見据えて話しかけてくる。


「僕はがっかりだよ。人狼のくせに防具に頼るなんて」


 僕はわざと煽った。


「人狼? ああ、俺のことか。そういえば、まだ名を名乗ってなかったな、俺はヴォルグ。人狼ではなくヴォルグと呼べ」


「ヴォルク、お前には人狼の誇りはないのかな? 人狼種は強靭な肉体が誇りなんだろう?」


「人狼の誇り? 人間は面白いことを言うのだな」


 巨大な口を開けて笑う人狼。


「別に我々が防具をつけないのは誇りとかではない。ただ必要性を感じなかっただけのこと。防具よりも我々の体のほうが強靭だったからな」


「つまり、その鎧は人狼の体よりも強靭だと?」


「そうだな。この鎧は教団の宝物庫から無断で借りてきた秘宝の一つだ。我々の弱点を補う最高の防具だ」


 僕はこの言葉を聞いて一つの魔法具が思い浮かぶ。


「……鍛冶龍の軽鎧(へパイトロンアーマー)


「よく知っているな、人間。そのとおりだ。これは鍛冶龍の軽鎧(へパイトロンアーマー)。我々の唯一の弱点、貫通属性の攻撃を防ぐ鎧だ」


 鍛冶龍の軽鎧(へパイトロンアーマー)は貫通属性に対して完全な耐性を持つ魔法の鎧。さらに、その姿は見ることができず、使用者も着ていることを忘れてしまうほど装着感がない。その起源は神話の時代まで遡ると言われ、神々が奪い合った鎧とも言われている宝具だ。


 その名は世界中の冒険者を今もなお魅了し、国によっては発見者には多額の報奨金を渡すことを公言しているところもあるぐらいだ。


 そんな宝具を手にする教団とはいったい……それにこのヴォルグのしゃべり方からは教団は他にも宝具に近しいものを持っていることが推測できる。


「ヴォルク! 教団とはなんだ!? その目的とは? なぜ、僕を必要とする!?」


「俺はその質問に答える許可をもらっていない」


「目的も分からないような組織に僕が行くとでも? 勧誘が下手にもほどがあるだろう」


 せっかく教団からの交渉人? が僕の元を訪れているのだ。前回はそんな余裕もなかったが今回はできる限り聞いておきたい。


「……それもそうか」


 ヴォルグは思考を巡らせるように顎に手を当てる。


 あと少し押せば教団の実態がつかめそうだと僕は思う。


 目的によっては僕も協力してもいいかもしれない。もちろん、マリアの花壇を踏み荒らしたこともレベッカやエリスを傷つけたことは償ってもらうけども、鍛冶龍の軽鎧(へパイトロンアーマー)を含む幻の魔法具には僕も興味がある。


「しゃべってはいけないとも言われていないならあとは現場の判断でしょ」


「……分かった。話そう。確かに祝福なしの転生者にはその権利があるだろう。俺も戦わずに済むならそれに越したことはないと思うからな」


 どうやら、うまいこと情報を聞き出すことができそうだ。


「まず何から知りたい?」


「そうだな。教団の目的を教えてくれ」


「教団の目的か……それは魔王様の復活だ」


「……ッ!」


 魔王の復活。それは僕の思考はフリーズさせるには十分なパワーワードだ。


 思考だけでなく大切な杖さえも手から落としそうになるほどの衝撃が僕を襲う。


「魔王の復活と僕に何の関係が……」


 もはや、教団に協力する気は完全に失せた。だけど、ここでできる限りの情報を収集しておきたい。


 僕も魔法の研究の為なら何でもする、常識の通用しない研究者だとの自覚しているけども、魔王の復活を考えている研究者は僕なんか比にならないくらいの異常者だ。


 僕も魔王の顔は見たことはない。魔王に会う前にマサキに殺されたので当然と言えば当然だが。


 それでももちろん魔王については詳しく知っている。この世界に混沌をもたらす存在であり、事実、勇者パーティーによって魔王が殺されるまでは魔族や魔獣が今よりも活発に活動していた。あのまま魔王が殺されなければ間違いなく人類は滅びていただろう。


「それは、答えられない。俺はそれについて知らない。司祭様なら分かると思うが……」


 末端の戦闘員にはそこまで詳しい内容を知らせていないということだろう。


「それなら、祝福なしの転生者とはなんだ?」


「祝福なしの転生者とは輪廻の枠組みからはじき出された存在だ」


「輪廻の枠組み?」


 初めて聞く言葉だ。


「全ての生物は死後この枠組みによって生まれ変わる。それに該当しない転生者が祝福なしの転生者ということになる」


 一気に胡散臭くなってきた。


 非科学的なのもいいところだろう。どんな実験をしたら生まれ変わりを証明できるというのだろうか? ただ、完全に非科学だと言い切ることも出来ない。実際に僕は間違いなく転生しているからだ。


 もしかしたら教団にはそれを確かめるすべがあるのかもしれない。


「それじゃあ、ヴォルクは何から生まれ変わったの?」


「知らない。それは禁忌だ。触れてはいけない」


 それは教団も知ることができないと言っているようなものだ。


 都合の悪いことは禁忌にしてしまえばだれも触れてこないのだから。


「そろそろどうだ。教団に来る気になったか?」


 まだまだ聞きたいことは山のようにある。教団の組織構成。その武力。研究・活動資金。しかし、これ以上聞いてもヴォルグが答えてくれる雰囲気ではなさそうだ。


「残念ながら興味は湧かないかな」


 実際には興味はある。ただ、目的が凶悪すぎる。僕も流石に世界を滅亡させる手伝いはしたくない。


「そうか。ならば力ずくで連れて行くまでだ」


「僕も全力で抵抗させてもらうよ」


 交渉の決裂が決定した瞬間、闘技場の試合開始の合図として使われる鐘の音の代わりといわんばかりに大聖堂の鐘が鳴り響いた。

すみません。更新が遅れてしまいました。


仕事と執筆活動を両立する難しさをひしひしと感じている今日この頃です

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