表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/39

第35話 壮麗な大聖堂、純朴な孤児院

 聖杖の点検を終えた僕にマリアが大聖堂を案内してくれることになった。


 実はこの大聖堂に来たのも初めてではないし、マリアに案内してもらうのも初めてではないけど、僕は喜んでその誘いを受けた。


 1300本のパイプが連なるパイプオルガンのある礼拝堂。


 色彩豊かな宗教画の描かれた廊下。


 時を知らせる黄金の鐘。


 神話を場面ごとにクローズアップしたステンドグラス。


 聖典を始め、福音書や黙示録などの宗教書を保管する図書館。


 大人数がいっせいに食べることのできる素朴な食堂。


 子供達が駆け回る中庭。


 洗濯竿に吊るされた大量の麻のスーツ。


 シスターと神父見習いが汗を流しながら耕す農園。


 荘厳な大聖堂としての一面と質素で慎ましやかな孤児院としての一面が隣接する奇妙な場所、それがフランクデリカ大聖堂。


 今も昔も変わらない姿がそこにはあった。


 そして、最後に訪れたのは蝶が飛び交う花畑。


 花畑と言うには狭い花壇だけども3種類のきれいな花がところ狭しと咲いているさまは、まさに神々の庭と言うに相応しかった。


「きれいですね」


 残念ながら僕には歯が浮くような褒め言葉を言う才能はない。最もしょぼい誰にでも言えそうな言葉しか出てこなかった。


「はい。子供達が一生懸命育てたんです! 右から氷花草、満月花、紅玉百合です」


 全てが薬草。それも貴重な薬草だ。


 魔法具と同じぐらいの価格がする。採取も大変だ。


「すごいですね。育てるのにとても苦労したんじゃないですか?」


「子供達のおかげです。みんな毎日世話をしてくれたんですよ」


 庭で駆け回る子供達の姿を愛おしそうに目を細めてマリアが見た。


 3年の月日の末にやっと花を咲かせたのです、と嬉しそうにマリアが言う。


「そうなんですね。いい子達ですね」


「フフッ。カルロ君はあの子達とそんなに歳が変わらないのに……子供達って……フフ」


 あっ、忘れてた。僕は今、7歳児だ。いかんいかん。気を付けないと。


「魔法学校の年上の同級生に囲まれているから……」


「カルロ君は確かに大人びていますもんね。まるで、大人の魔法使いと話しているみたいな……」


 マリアの顔に影が落ちる。


「どうしました?」


「ああ、ごめんなさい。ちょっと思い出してしまって……気にしないで下さい」


 これ以上聞かないでマリアの目が言っていた。


 僕は、黙る。ただ、黙る。


「やっぱり、優しいですね。カルロ君は」


 遠い目をしたマリアの瞳から活発なマリアには似合わない無色の雫がこぼれ落ちた。


「これ使ってください」


 僕はポケットからハンカチを取り出す。


 昔、マリアに教えられたのだ。男の子がハンカチを持つのは女の子の涙を拭くためだと。


「ごめんなさい。泣くつもりなんてなかったのに……」


「泣きたいことがあったら泣けばいいんです。泣きたいだけ」


 マリアが涙を流している姿を見た子供達も心配そうにマリアを取り囲む。


 本当は泣いているマリアを抱きしめて慰めてあげたい。


 だけど、この小さな体では到底不可能だ。


 愛する女性が泣いているのにそれができないことが心底口惜しい。


 だから、せめて――


「煌めけ! 天使の囁き(ダイヤモンドダスト)


 戦闘では使うことのない冷却魔法と風魔法の混合魔法。


 空気中の水分が極地的に生み出された極寒の空気によって氷の結晶となり、太陽の光に当てられてキラキラと光る。


 マリアの流す涙も例外なく氷の粒子となり幻想的な風景の一部とかしている。


「……きれい!」


 マリアが感嘆の声を上げた。


 周りの子供達も光の粒を掴もうとしている。


 ちなみにこの魔法の使用難度は最高位。


 極めて繊細な魔力操作の要求される緻密な魔法なのだ。しかし、この魔法では敵にダメージを与えることも敵の攻撃を防ぐこともできず、バフもデバフもかけることができない。


 できる事は幻想的に風景を作り出すことだけ。そんな魔法を僕が作った理由もマリアの為。


 前世で一度だけ涙を見せたマリアを慰めるために咄嗟に作ったのだ。


 その時は、こんなにうまく氷の結晶を作ることはできなくて、雪が降るのと変わらないようなものだったけど。


 いつの間にかマリアの頬を伝う雫は絶え、代わりに笑顔が広がっていた。


「泣き止んでくれてよかった」


 泣きたいときには泣けばいいと思うけど、僕はやっぱりマリアの笑った顔が好きだ。


「なんとも不用心だな」


 その声は突然現れた。


 そして、僕はその声を聞いたことがあった。


 僕は幻視の(イルズオーン)障壁(・ミュール)を反射的に無詠唱で展開する。


「マリア! 子供達を建物の中へ!」


 振り返った僕の目の前にいたのは、漆黒の人狼。


 前回のテロ事件の主犯格だ。


 マリアが子供達を伴って大聖堂の中に消えていくのを視界の端で確認する。


「祝福なしの転生者よ、久しいな」


 僕の中にフツフツと怒りがこみ上げてくる。


「どけ……ッ!」


 その気持ちが怒気をはらんだ声となり空気を震わした。


「何を怒っている? 冷静な気持ちこそが素晴らしい戦を生むのだ。貴様も分かっておろう?」


「そこから今すぐどけッ! それはマリアと子供達の花壇だ!」


「おお、それはすまなかった。だが、もはや変わらんであろう。今からここは戦場となるのだ」


「僕は、そこからどけと言っているんだ! 殺すぞ……ッ!」


「それは、俺も望むところよ。祝福なしの転生者よ、恨みはないが我ら一族のために種を植えさせて貰おう」


 人狼が跳び、僕は魔法を唱えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ