探しましたよ? お嬢さん。見つかっちゃいましたね? 王子様
娘が部屋に戻って 台所で一仕事して。
居間に向かうと、来客がきたことを知らせるノックが聞こえました。
ドアを開けるとそこには。
「忘れ物を届けにきた」
「あぁ、バニーちゃんのストリップが好きなおにいちゃんね」
まさか まさかの王子様。
もちろん、単身というわけでなく 複数のお連れ様付でしたけど
「邪魔するぞ」
ごつい男数名が ズカズカと挨拶もなく入ってきました
ちょっと待ってよ。
昨日、確かに 自称魔女的なオバ…お姉さんに「人生感変わるくらい、派手な一夜」とは言ったけど、さ
いきなり翌日 王子が家に遊びに来るとかいう展開は 聞いてないわよ?
しかも、お友達連れてくるなんて。
フツー、一国の王子なら、アポ入れてくるだろ? アポなし飛び込みでくるなんて 暇なのかしら。
ズカズカと入ってくるごっついお兄さんたち。
全部を一旦迎え入れてから思いました。
「うち、お兄さんたちが全員着席できるだけの椅子の数、ないわよね?」
居間は 急遽 一挙に狭くなったかのような圧迫感。
来客は、全部で 6名もいないけど。なんか、息が詰まるのよね。
王子の「俺って別格なんだぜ」オーラもハンパないけど、連れてきたごっついお兄ちゃんたちと険しい顔したオジサマからのオーラもチト…いや、かなり際立つものがある。
義姉なんか、正真正銘 昨日みた王子様なのに カタカタしてるし。
義母は、若干 女の年季か 余裕はあるみたいだけど、ぶっちゃけ 「(無理に、娘嫁がせても 苦労するだけかも)」現実悟っちゃいました。
全員そろって 落ち着いたところで、王子が言います。
「形式的なことだが、靴を試させろ」
娘は「(あーあ、巻いたと思ったんだけどなぁ)」とため息を吐きながら 足を入れました。
真っ裸で 真夜中の王都疾走が嫌だったから、走れない靴は 脱ぎ捨てて帰ったのに。
わざわざ届けに来るなんて。
それに、義姉と継母どうするよ?
家にいたはずの私が 晩餐会に行ってたなんて、知る由もないし、説明したところで 信じる見込みもない。
「(あーもう、知らない! なるようになりやがれ!)」
娘は、靴を履いて いいました。
「履いたけど? どう思う?」
投げやり感満載のやる気のない雰囲気丸出しですが、その姿を ぐるりをなめるように見る いかちいお兄ちゃんたちは 一斉一同、感嘆の声を上げました。
「おぉぉぉ」「すばらしい!」
「皇太子殿下、お見事でございます。」
「おめでとうございます」
そして、一同が拍手をしました。
ん?最後の一言、なんか ズレたのがあったぞ?
そして、その後の拍手は なんだい?
「これでいいだろう」
王子様は、満足げに言いました。
「俺と来い。退屈させない甲斐性はあるぞ」
えーっとぉ?
どういう意味かな?
むしろこの空気って、連行っぽくね?
「一応 聞くわね?お宅は どちら様なの?」
まぁそーですね
家に いきなり現れて、ズカズカ入ってきたと思ったら、「この靴を履け」「俺と来い。退屈させない甲斐性はあるぞ」
いやぁ、どういう展開になってるのかしら?
「この靴が似合ってよかったですね! これで貴女の将来安定は約束されました!」
「おめでとうございまーす」
なんて、いきなり言われて どこかにご招待だなんて、巷で伝え聞く悪徳宗教の勧誘っぽいじゃない、いや 例え話が 偏見入ってるけど。
義姉と継母の「まるで意味が分からない」視線も感じたので言いました
「貴方、本当に王子サマ?」
そんな方法で未来の王妃を決める国なんて、聞いたことないし。
なもんで 娘は、気の強さに任せて言っちゃいました。
「親の七光りに任せて威張り腐ってるおエラ方の端くれペンペン草だったら 明日にでも、城下中で笑い物になるわよ?」
お連れの皆様 配下一同御一行、真っ青。
こえぇぇぇ、王子サマに向かって 言い放っちゃったよ、このお嬢さん
この王子様、超プライド高いし、記憶力の良さに任せて 結構根に持つんですよ〜
クワバラクワバラ…
「面白い。ペンペン草か。」
あわわ、事態を見届けてる間も時待たずして、感情スイッチ入っちゃった…
王子様は、見るも後々が怖くなりそうな顔で言いました
「何故、お前の身元を突き止めたか」
娘に歩み寄る足音が静かに広がりました。コトリ、音だけが響く部屋で追い討ちを掛けるように 王子様がいいました。
「知りたいなら、教えてやろう。」
娘の挑発を楽しむ顔で。
王子様は 優雅な姿勢で みんなの前に立つと、「簡単なことだ」おもむろに話し始めました。
「当日の夜、お前の帰り方だけで、王都に住居していると分かった」
フッと笑う顔。美男はいいわね、いやみに笑うだけでも 絵になるんだから。
「走ったお前を追いかけようとしたが、男の俺が追いつかなかった。
つまり、王都に土地勘があった、迷う余地がなかった。
これがもし、地方から出てきた娘なら、縁のない真夜中の王都へいきなり走り出すか?…ないな。
ましてや、単身だ。 普通なら、連れてきた侍女を探すのが自然だ」
最後はいやみか? ちょっと思ってムッとした顔をすると王子は ふっと笑っていなしましました
「次に出身。 おそらく、商家だろう。靴をみて思った。」
娘が こんな靴、長く履いていたくないわ。と早々に脱いだのを 持ち上げながら、王子は言いました
「いい技術だ」
部屋に差し込む日の光を浴びせて、透き通る様を眺めています
先程までの冷ややかな視線は消え、ただただ魅入た笑みを浮かべいます。
「…美しい…」
ふと緩んだ表情は、別人のように穏やかで、繊細な物を慈しむように手のひらに包んでいる姿は お連れ様一同御一行も初めてみる仕草でした。
…忘れてたけど…この王子様… 笑うと 絶世の美女と謳われた王妃様とソックリなのね。結構 美男子なのが引き立つんだなあ、そんな事も思われたりして。
ぽかん、としたままの周囲の視線を気にする様子もなく、王子様は 話を続けます
「このヒールの高さでは、それなりに点加重が掛かるはずだ。だが、みればヒビのひとつもない」
日に透かして見上げる瞳は、人の心を抉るような言動とは真逆を思わせる色素の薄い色で。持ち上がった口角もまた、淡い紅色で
「素晴らしい」
感嘆する声を一層 神々しく響かせていました
「我が国では見ることのできない、卓越した技術だ。入手出来ただけでも稀有なことだ。」
海外交易で個別に入手したのだろう… ましてや、個体差を見越して創られる靴だ。よほどのツテがないと、難しい」
それだけ言うと、王子は、靴を近くのサイドテーブルへ戻しました。
「この段階でかなり絞られる」
名残惜しそうに、最後に一瞥すると 王子はまた話を戻しました。
「当日、あれだけの人間が居たにも関わらず。誰も彼女の身元を知らなかった。
『お家事情』があるからだ。大きな金が動くか愛憎の事情があったと思えばいい。」
声は淡々と元に戻っていましたが、やはり名残はあるもので。冴え冴えとした冷たい美貌は、ほんの少しだけ 人の温かみが残っていました。
「彼女の年齢は、おそらく10代後半。
ならば、過去20年の間に、一族のなかで、婚姻か家族構成に変更があった商家を探せばいい…ここまで分かれば十分だ。あとは、王宮の資料を見れば分かることだ」
そこまで言うと、王子は 娘の前に立ちました。
「これで分かっただろう?」
「なにが…?」
「国が俺を頼る理由が」
あぁあぁ、と娘は、苦笑いしました。
「俺は、この国の王子だ。
親父が健在な間は、皇太子に納まってるつもりだが、いずれ 国王になる」
娘は、まだ 笑っていました。
「何がおかしい?」
だって、さっきの一言が 物凄く心に引っかかったから。
『国が俺を頼る』
どうやら、それはきっと本当ね。確かにきっとそうだわ。
でも、その言い方に なんか、ね。思うのよね。
自信過剰にも聞こえる言い回しだけど、『頼られている割には、俺って』って聞こえた気がしたのよね。
だから、言ってあげる。
誰も言ってくれなかっただろうから、言ってあげる。
「素晴らしい。」
ほんとね、心から思ったのよ?
実は、あの時…
ほら、靴をかかげて、光を透かしながら…うっとりとガラスを持ち上げる姿がね
貴方本来の姿を見た気がしたの。
指の仕草、見上げる目線…品があって優雅だった。言葉遣いは、王者の慈愛の欠片もないけど、お育ちはいいのは伝わったわ
それにね、感嘆する表情が、なにより 綺麗だと思ったの。
アンタ、喋れば性格ひん曲がってるけど、「美しいモノを美しいと愛でられる」「良質を見分けるだけの学がある」そう感じたんだ。
ねえねえ 本当のアンタ自身ってさ?
無駄に知識だけ蓄えて、人にひけらかして威張ってるだけの男なんじゃなくて、さ。
…可哀想なくらい、アタマが良すぎちゃっただけの人。
「ほんとに?」
ほら、今だって こうやって 手放しで褒めてくれる人を探してる
…アンタって 実は 甘えん坊な寂しがり屋さん。
「ほとんど合っているわ。凄いわね。」
だから、手放しで褒めてあげるわ
「そう思う?」
「えぇ、お見事」
娘は、あっけらかんと 笑いました。とても、名のある商家の娘の所作として褒められる笑い方じゃないけど、恋する王子様には 威力抜群。
「月並みな感想だが、悪くないな」
王子のツンケンした顔のまま、簡単に崩れなかったけど、本当は デレデレだったのは、ここだけの話
「いま、照れた?」
目敏い娘は、直ぐに勘付きました。
可愛いわね。そのわずかな百面相がどうしても、からかいたくなって。
「でも残念。一箇所間違っているわ。」
ちょっとだけ、挑発をする
「どこだ?」
途端に表情が曇る王子へ一言
「アタシは、まだ10代中盤よ。
こういうときは、お世辞でも、若く見積もって言いなさい。」
フッ、王子は 明らかに吹きました。
してやられた、と。
娘に一本取られたことと…
何よりも、誰よりも、彼女を欲しくなってしまった自分自身に。
「お母君、悪いが 貰っていくぞ」
急に話を振られた継母は、ビクン!
カクカクしながら言葉もなく頷いて、どうぞどうぞ 持って行っちゃってください、をアピール。
だってねぇ
想定の大範囲外だけど 一国の王子様がいきなり現れて、「娘ください。」だもん。
最短今から豪勢な王族親類ライフが待っているかもしれない。
そりゃ、カクカク頷きまっせ…残念ながら、この人は そういう人だもん。
「あー参ったわね、面倒なお迎えが来ちゃったわ」
娘は、腰に手を当てて ため息を吐きました
「吐くなら、マシな嘘を付け」
王子がすかさず言い返します。
わずかに微笑みながら、娘を見やりました
「相手や状況に不安を抱いている人間は、そんな風には立たない。」
腕を組むか、あるいは、身体を抱くように… と、王子様は 自分の仕草で説明を続けます
「人間は 本能的に身体の急所を守るように動く。
だが、相手が無害と分かっていればどうだ?
駆け寄ってきた家族・恋人を受け止めるとき、両腕を広げるだろう? 相手を信頼しているからだ。
挨拶程度の関係では、握手が関の山だ。胸や腹とは物理的な距離を作る。」
言われてみれば そうかも。妙に納得した、王子様のお連れの方々ご一行。
王子様は、満足げに 配下一同の褒め言葉を聞き入れながら、もう一度娘を見ました。
そして、はっきりと 告げたのです
「自分に自信がある人間は、常に 胸を開いて 腕も広げている
…最初に俺を出迎えたお前自身のように」
娘は、ハッとしました。
ほぼ仁王立ちのように立ち尽くしていたから。
我に帰って、手を下ろしたけど。
「今更、話の途中で腕を変えても同じだ。」
王子様はたしなめます。そして、少しの冷笑と、少しの踏み込み。
「俺に動揺している…違うか?」
王子様は、娘のすぐ目の前にたつと、耳元で 小さく囁きました。
「迷うな。
本当は、波乱と混乱が好きなんだろう?」
それは、甘い甘い声…
違うと思っていても、味わってしまいたくなるほどに、甘く優しく 耳元に注ぎ込む
「今も、日々に退屈している。何か、奇抜な出来事は無いか、と」
ここまで言うと、王子は一旦離れて。
そして、それはもう… 誰しもの記憶に残る綺麗な笑顔で言い放ちました。
「結論は、出ているはずだ。来い」
「ったく、」
娘は 呆れたような。でも、やっぱり、楽しくも面白くて笑いました。
この男って、こうやって、人が思うよりも早く先手打ってモノを言ってくるから 腹が立つっていうか、なんつうか。話の腰をおられてツマンナイっていうか。
基本 何だかんだで ムカツク。
けど、黙って手のひらの上で踊ってあげれば、勝手に 自己満足してくれるから、
なんだかんだで 安上がりな男かもしれなわね。
さて、どうすっかな。
いや、どうするもないか?
もう、迷うことなんてないわよね。
一息にふっと息を吐いて 空気を吸いなおすと、娘は 話し始めました。
「逃げも隠れもしないわよ。
ただ、バニーのストリップ好きな王子様と顔を合わせる毎日が続くと思うと、ね。
気持ちの準備も必要なぐらい分かって」
ちょっとだけ、憎まれ口を叩き返して、ちょっとだけ、笑ってあげる。
アンタと 「即!夫婦」は きっついけど、いい友達か相棒にはなってあげられそうよ?
だからまずは。
「お互いを知るってわけで、交換日記でも始める?」
王子様は吹き出しました。
「悪くない提案だ。絵日記でもいいぞ。」
王子様は手応えを感じて、言いました。
「住所は、東宮棟221‐Bだ。 後で、白紙の本を送る。何か書いたら そこに返送してくれ」
ちょっと素直じゃないけど、ちょっと純情なカップル、誕生の瞬間でした。
「さて」
王子様ほかご一行様が 話も済んだし、今後は 追ってご連絡しますワ…と 席を立ちました。
ごついお兄ちゃんたちが、王子のために 道を空けて ドアとかもあけようとしたのを、娘が制しました。
「御待ちなさいな、ここは アタシの家よ? ドアぐらい、開けてあげるわ。」
キョトンな一同。
娘は、それでも 意味深に王子様を見つめて… もう一度言いました
「…ドアは、自分で 開けるって 決めてるの。」
きっと外には、惜しげもなくまっすぐな光が溢れている。ドアの隙間から漏れる光にワクワクしながら… 扉を押し開いて、力強く踏み出し、そしていいました
「今日はいい天気ね、面白くなりそうだわ」
それはもう、屈託なく豪快に