第1話:甘い誘いと絶望の条件
「国士無双13面待ち?」
「そうです。あなたはただ、それをアガるだけ。とても簡単でしょう?」
「でも、私……麻雀のルールなんて……」
「ふーむ。それならば、ルールブックを渡しておきましょう。この地下麻雀施設の『特別ルール』もありますので、しっかり目を通しておいてくださいね」
今、私の目の前で穏やかに微笑んでいるのは、グロウ・グローバル・ゴールド・バンク(GGG)の役員を名乗る男だ。
なぜ、義務教育を終えてすらいない、ただの女子中学生の私が、こんな立派なスーツを着た大人の男と、薄暗い地下施設で向かい合っているのか。
それは、彼が「私の生活を支援したい」と、信じられないような提案を持ちかけてきたからだ。
私の名前はトキ。15歳。
幼い頃に父を亡くし、母と二人でギリギリの生活を送ってきた。
父が残した借金を返すため、母は昼夜を問わず身を粉にして働いていた。
しかし、その無理が祟り、とうとう一ヶ月前に過労で倒れ、入院してしまったのだ。
『お母さんはしばらくは絶対安静です。……それと、入院費のこともありますから、なるべく早くご親族の方とご相談を……』
医師からの冷酷な宣告。
頼れる親族なんていない。
私は年齢をごまかしてこっそりとアルバイトを掛け持ちし、狂ったように働いた。
10時間以上も立ちっぱなしの皿洗い。
3日間、水だけで食事を口にできない日もあった。
それでも、母の入院費と借金の返済には遠く及ばず、心身ともに限界を迎えていた。
そんな絶望の淵に立っていた私の前に、突然現れたのがこのGGGの役員だった。
『あなたの事情は存じ上げています。……勝ちが確定した麻雀に出てくれたら、すぐにお母様の治療費も、お父様の借金も肩代わりしましょう』
それは、まさに地獄に垂らされた蜘蛛の糸だった。
……場面は現在に戻る。
「……そんな、うまい話があるんですか?」
私は、渡された分厚いルールブックと男の顔を交互に見比べながら、震える声で尋ねた。
世の中、タダより高いものはない。
こんな美味しい話の裏に、何もないはずがない。
「ああ、もちろん。少しだけ『条件』はありますよ」
役員はニッコリと笑うと、私の前にきれいに畳まれた布を差し出した。
「実は、今回の対局は我々のお得意様への『余興』も兼ねていましてね。……少しだけ恥ずかしいかもしれませんが、この衣装を着て、男たちと対局してほしいんです」
布を広げると、それは艶やかな赤いチャイナドレスだった。
体のラインが分かりやすくフィットし、スリットが深く入った、明らかに大人の女性向けの衣装。
これを着て、得体の知れない男たちに囲まれて麻雀を打て、と。
「っ……」
頬がカッと熱くなる。
逃げ出したい。
こんな怪しい男の言うことなんて、絶対に嘘だ。 だけど。
(私がここで逃げたら……お母さんは……!)
病室で青白い顔をして眠る母の姿が、脳裏にフラッシュバックした。
もう、私にはこれしか道が残されていない。
ここで体を張らなければ、私たち親子は本当に生きていけなくなる。
「……分かりました。やります」
私は震える手で、その赤いチャイナドレスを受け取った。




