連鎖8
「っと、待った」
だが、そのままでは見過ごせない。
距離を詰めようとしたその女とジェルメの間に割って入る。
「マチェーテと一緒においてくれ。その腰のナイフも」
あくまで念のため。
猟師が作業用にこの手のブッシュナイフを所持しているのはおかしなことではないが、だからと言って刃物を持った相手を依頼人に近づける訳にはいかない。
その事は、彼女も理解してくれたようだ。
「ああ、分かった」
鞘ごとベルトから外して矢筒の横に置く。
「これでいい?」
「ああ」
もう一度戻って来た女。丸腰であることをアピールするつもりか、両手を広げてひらひらとこちらに見せている。
「随分用心深い護衛だな」
その言葉の奥底にあるのは皮肉か、単なる感想か、どちらとも判別しがたい不思議な声だった。
「まあ、ね。私の商売柄、色々物騒なもので」
だが少なくともジェルメとしては俺の仕事に不満は無かったようだ。
女の丸腰アピールを信じるように近づき、テーブル――というか作業台か何かの残骸に自らの商品を置く。
そこに注がれる四つの目。
そしてすぐにその横に並べられた、台に置いた時の音だけでしっかりと重みの感じられる袋。
これまで同様の状況で代金を差し出される時には安物の革袋が相場だったが、今回は木綿の袋だ。
流石はパノア、木綿の水上輸送で発展した町だ。と、妙なところで感心する。
今から数十年前、転移者が持ち込んだと言われる近代的農法による大陸中北部での綿花の生産量急増と紡績業の近代化により貴重品から日用品に変わった木綿の、内陸水運業者から海運業者の船への積み替えで発展したのがこの町の北岸だ。
「確かめてくれ」
彼女のその言葉に、ジェルメが革袋を開いて中身を全て台の上へ。
灰色の雲の間から差し込む光を反射して、金色のそれらがキラキラと、この薄汚れた廃墟の中で唯一の輝きを放っていた。
――流石に、彼女はその名物の袋より中身に集中しているようだが。
「……確かに。ちょうどだ」
「取引成立、だな」
どうやら今回も商談は成立したようだ。
毎度のことながら、決まり事のように淡々としていて、どうにも俺の知っている商取引というものの印象からはかけ離れている。
そのジェルメ流の取引の仕上げ=金貨の袋を自身のリュックにしまい込むと、改めて自らの持ってきた円筒の蓋を開いて相手に差し出す。
「では、これを。中の液体は人体には無害なので飲み込んでも問題ありません」
いつもの説明と共に差し出されたナヅキ虫を受け取った女は、それを躊躇うことなく一息で飲み干した。
こくん、と動く喉。
それから一度だけ息をつき、それから再度問う。
「これで?」
「ええ。すぐに効果が出るはずです」
売り主の言葉を聞きながら、自らのクロスボウを取り上げる。
「ッ!」
その行動に、咄嗟にジェルメの前に立とうとした俺を、その庇われた本人が止める。
そうしているうちに女狩人は、愛用のクロスボウに手慣れた――というよりも体の一部の如き滑らかな動きで矢をつがえ、俺たちとは反対の建物の奥へと構えた。
狙っているのはうず高く積み上がった燃えカスの山だ。
「……」
一瞬の沈黙。そして放たれた矢。
この至近距離では、発射と着弾は同時。
そして凄まじい閃光も同時。
「ッ!?」
「成程……」
その光をもろに受けながらも、女狩人は一切動じる様子もない。
「確かに、これなら十分」
まだ着弾地点周辺に残っている残り火から目を離さずに、しかししっかりと聞き取れる声で彼女は言った。
武器に魔術を付呪する能力だろうか?だがそれなら、能力者でもない市井の魔術師でも修行次第で使えるようになる。
いや、そうではない。彼女が撃ち込んだ矢の突き刺さった辺りを見て理解する。
矢が突き立てられた場所は、正確にはそうだったのだろう場所は、小さなクレーターになっていて、その周囲の残り火の中からパチパチと時折ポップコーンが爆ぜるよう残骸が勢いよく飛び上がっている。
攻撃魔術ではない、魔力を付与した武器による攻撃でもない。
矢を通して魔力を標的内部に流し込み、内側で破裂させた。その証拠に、炸裂の衝撃で飛び上がった鏃は、その先端がマッシュルームの様に潰れて、中から何かが流れ出したような形に変形していた。
つまり、どれ程強固な装甲を持とうが、鏃によって僅かにでも傷を受けた瞬間、その装甲の内側が爆発するのだ。
一体どんな大物を狩るつもりでこの能力を手に入れたのか。
「ご満足いただけたようなら何より」
その試射を見て発したジェルメの声は、何より作り上げた自分がその効果に満足している事が誰にでも分かるものだった。
「ああ。十分だ。ありがとう」
そしてこちらも、手にした力をいたく気に入ったという事が分かる声。
そう答えながら彼女は手早く荷物を纏めて、ここに入った時に纏っていたのだろう装備をすぐさま整えた。
「それはよかった。それでは、貴方の第二の人生が実り多きものでありますように」
「第二の人生か……。……そうだな」
妙な間を残して、彼女は去った。
「長居は無用だ」
先程クレーターを拵えた瓦礫の山を足早に駆け上がると、そこを足場に壁の向こうへと飛び降りた。
長居は無用――やはり彼女にとってもここはそういう場所なのだろう。
「長居は無用か……。用は済んだな。なら俺たちもすぐに――」
当初の予定通りすぐさま撤収する。
それを伝えようとした瞬間、その考えの正しさと、その致命的な遅さを思い知ることとなった。
「ジェルメ、ジェルメ!」
天井の代わりに広がっている曇り空から蛇の一匹を使って吊り下がりながらシラが呼びかける。
「様子がおかしい!広場に武装した怪しい連中が集まってきている!」
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に