連鎖9
「遅かったか……」
報告を受けたジェルメが、窓だった穴を覗くと同時に言った。
彼女が即座に顔を引っ込め、今度は俺が同じ穴から顔を出さずに外を見る。
それぞれの細道からゆらゆらと人影が近づいてくる。
向かいの建物の二階の窓にも一瞬人影が映る。
一瞬浮かぶ考え:強行突破。
だがその間も情報収集を続けていた眼が、浮かんできたのと同時にその考えを否定する。
念入りな事に、俺たちが通って来た細道を土嚢やら壊れた荷車やらで塞いでいる。
ただガラクタを並べただけの封鎖だ。どかすことも出来なくはないし、シラならば恐らく飛び越えることも可能だろう。
だが、それに時間をかけている場合でもない。連中の中には飛び道具を持っている者もいるし、ただ投石するだけでも十分ダメージになり得る。
それに塞がれている場所もまずい。
他に逃げ場のない細い道。左右には二階建て以上の建物。
態々投げなくとも、その窓から石でもなんでも落とすだけで致命傷を与えられる場所だ。
「正面は無理か……」
少なくともそれを確認できただけで良しとしよう。
気付くのがもう少し遅れれば手遅れになっていたかもしれない。
その接近を伝えた張本人は、既に床に足をつけてジェルメに手を伸ばしている。
「屋根を通って裏に出られます。例のルートで脱出しましょう」
「わかった。頼むよ」
その返事と同時に、梁から蛇が一匹垂れ下がると、許可を出した護衛対象の胴体に巻き付く。
「さ、ユートさんも」
「ああ。頼む」
ジェルメをしっかりと掴んだことを確認すると、もう一本が降りてきて俺の体にも巻き付いた。
そのまま、残る二本で一気に梁の上に戻っていくシラ。
底を足場にして俺たちを別の梁へと持ち上げる。
「そのまま動かないで」
着地を確認すると、一切拘束を緩めずに再び自分が先頭にたって上昇。今度は屋根の上に消え、すぐに二匹の蛇がご主人の所に俺たちを運んでくれた。
「便利だな」
屋根の上、俺の方の拘束はしゅるりと解かれて、二匹がかりでジェルメを支えに入る。
「ここから降ります」
シラがそう言った先にあるのは、広場とは反対側の屋根の端。元々ここに登ることを想定していたのか、石造りの壁に取り付けられた鉄製の梯子。
「私が先に行きます」
その梯子に二匹の蛇を巻きつけて、シラは素早く下に消えていく。
蛇たちが人間の手足のように、そしてそれよりも高速で梯子を下りていく間、本体は狙撃を含めて周囲を警戒し、腰に提げていた警棒を引き抜いて着地先での戦闘に備えている。
その彼女が裏の通りに足をつけてジェルメを降ろすと、今度は俺が降りる番だった。
連中の追手がこちら側から来ないとは限らない。いや、ほぼ確実に来るだろう。だが、四匹の蛇とその主とが周囲に目を光らせている。無防備なまま敵の真ん中に降りるという事だけは避けられそうだ。
「よし。全員無事だね」
「ええ。それで、ブレンマーン寺院に向かうんですよね?」
ジェルメが頷いて答え、それから東に向かう道を指さす。
「確かこっちだ」
「地形は頭に入っているんだな」
「ああ。大丈夫。行こう」
彼女の示した東側に向かう路地を移動する。
今回はシラが先頭。俺が殿だ。
「次を左」
「了解です」
ジェルメが指示を出し、シラがその通りに動く。
その間も四匹の蛇のうち二匹はジェルメの頭上を保護している。誰かが投石なり何なりで彼女を害そうとしてもそいつらが身を挺して守る――そして恐らく、残った二匹がすぐさま反撃に転じるのだろう。以前の山賊との戦いから察するに、シラはジェルメを狙う相手に慈悲の類は持っていない。もし持ち合わせているとしても、苦しませず一思いに、とかそういう方向だ。
とにかく、彼女を先頭に路地から路地へと進む。
「……ッ!止まって!!」
その彼女が急停止して押し殺した声と手で後続の俺たちに伝えたのは、何本目かの路地からそれ+一本目の路地に入ってすぐだった。
「誰かいる」
すぐさま付け加えられた理由。
それは俺にも、そして恐らくジェルメにも分かった。
「うるさいねぇ、何だって言うんだいまったく……」
苛立ちを隠さない、と言うより恐らく本当に感じているよりも過剰演出気味な女のぼやき。
「こっちによそ者が来なかったかと聞いているんだ」
「匿ったりしていないだろうな」
それに対して同じく苛立ちを隠すつもりのない男たちの声が応じる。
イライラの応酬。その話題の中心にいるよそ者が誰を表しているのかなど、誰にも分かる。
「いたら何だっていうのさ」
「すぐに差し出せ。俺たちを使っているお方がそいつらに用があるんだ」
どうやら、ただの追い剥ぎという訳でもないらしい。
ちらりとジェルメの方を見る。先程商売柄色々と物騒とは言っていたが、一体この町で誰に恨みを買っているのやら。
「へぇ、それで?そいつらを差し出せばいくらかになるのかい?」
「そういう話だ。分かったらさっさと――」
「生憎そういう上客には随分ご無沙汰でねぇ。どうせあんたらのいうお方っていうのは、あの陰気臭い女だろ?気に入らないねぇ。何様か知らないけど」
「黙れ。いいか?俺たちは金が欲しい。この仕事で金がもらえる。だが、滅多な事は言うなよ。あの方は俺たちにない力を持っているんだからな」
男たちが憎まれ口を聞いた女を黙らせにかかる。
その声のボリュームがそれまでより一段下がっているのは、万が一にもそのお方に聞かれたら困るという事だろうか。
そしてその不思議な力を持っているお方から恨まれているであろう人物は、連中の後続が現れた事を見つけていた。
「……やつら、こっちに来るね」
そっと連中の方を見る。
南詰地区に向かう途中で俺たちを監視していたような連中が、手に持ったナイフや手斧を弄びながら、戸口から顔だけ出しているぼさぼさ頭にけばけばしい化粧の――恐らく安い娼婦と思われる――女と何か言いあっている。
そしてそいつらの向こうからやって来る集団=建物に映る影が複数。
「突破しますか?」
シラの声に答えたのは俺。
「いや、連中の数も目的も今のところ分からない。隠れて進もう」
「で、どこに?」
最後の疑問はジェルメだった。
進行方向からは敵の集団。
来た道を戻っても目的地にはたどり着かない。
他の道に入ったら?一切この地に関する情報がない以上あまり下手に動き回るのは避けたい。
なら?どうする?
「……ッ」
すぐに目についたのは、俺たちが身を隠しているこの建物だった。
恐らく元々は何か意味があったのだろう木箱が無造作に置かれ、そのすぐ上には窓が一つ。人が入れそうな大きさで、ご丁寧に板を打ち付けて塞がれてもいない。
その上ここからでも背伸びすれば見える内部には、人の姿は確認できない。
逃げられないなら隠れるしかない。
ここから見えないだけで中に誰かいる可能性もあるが、少なくとも見える範囲は安全だ。
「この中に入ろう」
返事の代わりは、窓に手をかけて慎重に、音を立てずに開いたシラの動きだった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に
なお、次回は1時に予約投稿の予定です




