少年老い易く憧憬諦め難し14
蔦が、妖花が、本体の後を追って沈んでいく。
と言っても脛ぐらいまでしかないような浅い池だ。その殆どはただ水面を揺らし、水柱を無数に立たせるだけで、その大部分を水面に露出したまま、ただの植物の残骸となっていた。
そしてその中で、僅かに動く影が一つ。
「まだか……」
崩壊した自らの中から現れた、アルラウネの本体。
先程の轍が示すように、引きずるような動きで水を左右に押しのけながらこちらに向かってくる。
既に操れる蔦は足代わりのもの以外にはなく、ただゆっくり、ゆっくりと、不器用そうな動きでこちらに近づいてくる。
最早戦力らしい戦力は残っていない。
ただの報復か、或いは逃げ道がないが故の自暴自棄か。
「終わらせよう」
蔦や花の質量によって岸辺まで到達した波の中へ足を踏み入れる。
「ッ!?」
瞬間、恐らく狙っていたのだろう、奴の腕の後ろから一対の蔦が伸び、一直線にこちらに飛んでくる。
――が、遅い。
「ッ!」
最低限の動きで躱し、同時に一本を切り落とす。
諦めきれないのか、空を切った先端を回頭させようとした瞬間を返す刀で捉え、こちらも寸断する。
今度こそ、一切の抵抗を奪われたアルラウネの足が止まる。
そのアルラウネに向かうのは、俺と目配せした依頼人。
留めは彼に任せることにした。今後の彼の人生に、きっと必要となる経験だ。
「はあああっ!!」
両手にナイフを構え、気勢と共に突撃する。
逃げようにも、僅かな蔦だけでは大した動きも出来ない。
「ッ!!」
左右から同時に襲い掛かったナイフが、同時にアルラウネの首を捉えたのは、この位置からでもはっきりと分かった。
「ギィッ!!?」
その詰まったような声が、奴の断末魔だった。
依頼人が爆発物でも扱うように慎重に刃を引き抜くと、刃と一緒に魂が抜けたように、だらりと動きを止めたアルラウネの体が崩れ落ちていった。
下半身に当たる巨大な花が完全に接地し、首を垂れるような姿勢で動かなくなった上半身が小さくひび割れて風化したようにボロボロと崩れ落ちていく。
「うわっ!?」
依頼人が素っ頓狂な声を上げて飛び下がる。
まあ、中々生で見られるような現象ではない。
「ああ、大丈夫」
そう言いながら足を進め、驚いた様子でこちらを見ている依頼人に説明する。
「こいつらはこの人間の体みたいな部分が本体だが、元々は大量の花や蔦の部分が魔力のある土を取り込んで作った、いうなれば精巧な人形みたいなものだ。それが回復不可能なダメージを受けて、ただの土塊に戻っているだけ。まあつまり、確実に仕留めた証拠みたいなものだ」
説明しながら彼の横を通り過ぎ、既に腰の辺りまでが土に戻って池の中にコロコロと注がれていった跡に手を突っ込む。
まだ完全に崩れきっていない人間部分の土台、花で言えばめしべがある辺りに、握りこぶし程の石が遺されているのを掘り起こし、依頼人の方に差し出す。
「これは……?」
「魔精琥珀。ようはアルラウネのコアみたいなもので、それなりの値段で売れる。先祖伝来の品とか言って今後の軍資金の足しにしてもらえれば」
止めを刺したのはあなただ、と付け足して渡す。
正直、俺が手に入れても売り捌く時に色々詮索されると困る。
素直に彼が受け取ってくれたのは――そして感謝されたのは――助かった。自分が持っていても困るものでいい先輩面出来るのだ。悪い気はしない。
「とにかく、これで今度こそ終わり」
「ええ……。終わった……んですよね」
噛み締めるようにそう言うと、依頼人の目は先程の壊れかけの腕輪へと落ちた。
「やったよ。ミリアさん」
翌日の朝、俺たちはエルバラの西、ハーロル公国との国境に向かう街道まで一緒に歩いた。
エルバラから西に進む者は少ないのか、馬車が通れるような幅員に対して人通りは疎らだ。
「本当に、行かれるのですね」
返ってくる答えが一つしかないと分かり切った問い。
「ええ。そのために虫を買って、護衛をお願いしたのですから」
その分かり切った一つの答えを、彼はよどみなく返した。
今日の彼はしっかりと旅装を整え、腰にはベルトが通されたポーチがいくつか。背中に丈夫そうな布製のリュックを一つ。
そのポーチの一つ、日用品や薬が入っているのだろう他のものより一回り小さいものに何が入っているのかは開けなくても分かる。
そして彼はそのポーチにそっと手を添えた。
「随分時間はかかりましたが……ようやく夢が叶う。一緒に冒険することができるんです」
最初に思っていたのとは少し違う形になってしまいましたが――そう付け加えた時の彼の顔は、少しだけ淋しそうで、だがそれよりも遠足に向かう子供の様に期待に目を輝かせていた。
「――そうですか」
今日ここにはいないが、送り出すのには最適な言葉をもう一人の依頼人のそれから拝借する。
「それでは、貴方の第二の人生が実り多きものでありますように」
「お世話になりました」
彼は一礼して、それから踵を返して歩き出す。
向かうは西の国境、そしてその向こうのハーロル公国。
空は雲一つなく、風もない。気温は昨日より高いが、まだまだ過ごしやすい。
そんな絶好の門出日和に新たな人生が始まった新米冒険者を、俺はずっと見送っていた。彼の背中が見えなくなるまでずっと。
何となく、シモーヌさんと知り合って、冒険者としてデビューした頃の己が、そこにいるような気がしていた。
(つづく)
投稿大変遅くなりまして申し訳ございません。
今日はここまで
続きは明日に
明日から新章スタートの予定です。