連鎖1
エルバラでのアルラウネ退治から数日後、俺は久しぶりにアルメランの冒険者ギルドを訪れていた。
思えば、パーティを追放した堂上が戻って来てから、ここに入ってロビーに腰を下ろすのは初めてかもしれなかった。
と言っても、他の連中でごった返している新着の依頼掲示板の前や同じく冒険者たちが集まっている中央ロビーではなく、日焼けしたパーティメンバー募集の張り紙がそのままになっている隅のほうの席に一人きりで、だが。
「……」
今日は随分と人が多い。
そしてそのうちのいくつかの目が俺の方をチラチラと見て、同じぐらいの口が見たものについてひそひそやっているのは、その混雑とざわめきの中でも分かった。
「……チッ」
聞こえても構うものか。
自分の口から漏れたその音を合図に、腰から鞘ぐるみに無音刀を引き抜く。座ったまま、あえて頭上に柄を突き上げるように。
そのまま机の横にそれを立てかける。鉄を巻いた鞘のこじりが床板と音を立てても構わない。
一瞬ざわめきが大きくなり、それからすぐに静まり返る。
ここの流儀での挨拶の一つ――お前たちを黙らせる武器と腕はあるという意味の。
幸いなことに、落ちぶれた過去の男という評価が固まった今でも、それなりに剣は遣えるという評価は生きているようだった。
「おいおい、喧嘩しに来たのかい?」
この居心地の悪い仕事場に久しぶりに足を運んだ理由が肩の後ろでそう言って、怯える様子もなくひらりと俺の前に回り込んだ。
「ああ、ハジェス。……今日は人が多いな」
その問いかけには答えず、ちらりと中央の方に目をやりながら漏らす。
「まあな。もうすぐヒーローのご到着だからな。皆野次馬根性の奴隷。我が奴隷兄弟って訳だ」
「ヒーロー?」
「ああ。だが、一応言っておくが、斬りかかったら駄目だぜ?あんた、やりそうな面しているしな」
そう言ってへらへら笑う相手に、ここにいれば不機嫌にもなるさ――そんな言葉が出かかったがなんとか飲み込んで本題に入る。俺が斬りかかるように思われる相手と言えば、それだけで名前を出したのと同じだ。
「まさか。お仕事の話だよハジェス」
当然、対面の席に腰かけたその男には分かっている。
表の仕事=ギルド職員の制服姿の情報屋は、その仕事の合間にさえもサイドビジネスに飢えている。
席に着くなり、ぐっと身を乗り出して俺の顔を覗き込んだ。
「そう来なくっちゃな。友よ」
友、ね。
まあ、少なくとも小声で陰口を並べている連中より付き合いが長いのは事実だ。
「で、何を調べてくる?」
「シモーヌさん。知っているよな?」
そう来ると思った――奴の顔に書いてある。
「ああ。で、何を?」
「彼女が今どこにいるのか。そして、死んでいた場合どこでどうやって死んだのか」
さらさらと注文を書き留めるハジェス。
そこに一切余計な詮索や感情はない。
「分かった。あんたと俺の仲だ。手付金で1アウル8アルギス。成功報酬で同じだけ貰う。いいな?」
あんたと俺の仲。つまり普通の取引相手という意味だ。
まあいい。もとより定価なら十分予算内だった。丁度の額をその場で彼に手渡す。
「それでいい。それと、こいつは内密にしてほしい」
「まあ、いいだろう。前と同じ額だ。それで手を打とう」
ここも想定通り。手付金に20アルギスを追加。
「どうも。何か分かったらいつもの方法で伝える」
こいつとのやり取りは大体の場合ギルドの裏にある、古い馬具の工房跡地で行われていた。何かあればこいつが俺のねぐらに知らせ、そこで落ち合って情報を受け取るという形だ。
「ああ。それでいい」
商談成立。
それと、ギルド全体がどよめいたのは同時だった。
「ほう、おいでなすった」
ハジェスの言葉と背後の騒ぎに首を巡らせると、思った通りの人物が入り口に立っていた。
「英雄のご帰還……ね」
堂上修也。今を時めく新進気鋭の冒険者。
レイノース公爵のお気に入りにして、その能力を見抜けなかった無能=俺に追放されてからメキメキと頭角を現した凄腕。
その若き実力者のご機嫌を取ろうと、辺りの連中が色めきだっている。
それだけなら、よくある光景だった。
「おい……」
「だから言っただろ?ヒーローがやって来るって」
問題は、その堂上と奴のパーティの後ろから入ってきた、堂上と同じかそれ以上のどよめきで迎え入れられた人物だった。
白銀と言っていいだろう銀色の髪と、同色の口髭。しっかりとした太い鼻梁の彫りの深い顔立ち。青い双眸は猛禽類を連想させる鋭さを持ち、既に六十に届くか、或いは既にそれを超えているだろうと思われる年齢とは思えぬ引き締まった肉体に黒い鎧をまとった偉丈夫。
「フェロン……」
その人物の名が誰か口から漏れていた。
剣の王、見えざる刃、アルメランの全ての冒険者が一度は目標とする男――そうした二つ名を両手で足りぬほどに持つその男の実物を見るのは、思えばこれが初めてだった。
一介の冒険者から身を起こし、王家の叙勲騎士となった男。
数々の武勇伝を持って生きる伝説となった、冒険者の理想形。
まっとうな仕事を離れて久しい俺でさえ知るその男が、堂上一行と共に現れた。
そしてその新旧の英雄は、何か親し気に言葉を交わしている。
それを前にして更にボリュームを上げていくロビーの連中。今やまるでハリウッドスターの一団がレッドカーペットを歩いてきたかのような騒ぎだ
「インタビューしてこなくていいのか?」
その光景からハジェスの方に振り返ってそう言うと、奴は小さく肩を竦めて例の二人の横を指した。
「あれに止められるだろうよ」
その指の延長線上には、これまた見知った顔。
アメリア。レイノース公爵の使いが、彼等の横に影の様に控えている。
公爵のお気に入りと凄腕冒険者の叙勲騎士と、公爵のお使いが一堂に会する。
目の前のゴシップ中毒者でなくとも、それに何らかの都合を読み取ろうとするのはおかしい事ではないだろう。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




