Ⅱ魔術師と盗賊 2. 古の魔術師2
「ある本にはこう書いてある――。
リン・アーデンは若い頃は西大陸や異界を旅し、青年王の元に現れたのは齢七十も過ぎてからだった。だが、その姿は異界の者の血をひくゆえ、老夫ではなく、この世界を去るまでずっと、透き通った雪肌の紅い目の若者だった。旅では人々に奇想天外な魔術を見せ、いつでもその紅い眼は穏やかで、不思議と周りの者たちを勇気づけた。チェスの腕で勝る者はいなかったそうだ。
アルビノの魔術師は青年王に仕える前、師匠から魔術を教わったとされている。青年王に仕えてからも神出鬼没で度々姿を消すことが多かったが、ある夜、青年王に一言挨拶してこう告げたそうだ。
『新月の夜に私がふっと姿を消したら、それは私が師匠の元に足を寄せていると考えて下さい。師匠は古くから世界中の人の手が書き記してきた重厚な辞典よりも、広く多くのことを知っているのです』。
その当時の魔術師にとって、自分の師は親のように大切にされていたそうだ。
こんな話もある。魔術師はある時、若き王に新しき剣を授け、その時注意を与えた。『剣を身に帯びる時、その鋭い刃に身を守る力を過信せず、刃に勇気を求めないで下さい』と。
またある本にはこう書かれている。
リン・アーデンは変化の魔術を大いに好み、気まぐれに子どもや動物の姿になって王の前に現れることもしばしばあった。しかし助言は的確で、王のために自ら民の憎まれ役になることも厭わない忠節の人であった。
リン・アーデンは、王位継承権はあるが強い後ろ盾のなかった若き日の青年王の前にふいに現れ、王位につかせた。王が西大陸の盟主になるよう、ある時は得意の交渉力で、またある時は偉大な魔術を使って東奔西走した。これによって、大陸にひと時の平和がもたらされた。
しかしそののち、魔術師は突然青年王に別れを告げた。止める王に『必ずまた会えますよ』と約束をして、忽然とこの世界から消えたとされる。誰もその後、かの人を見た者はいないという――」
クオはいつもこの話をする時、風の中に微かに季節外れのさんざしの甘い香りが通り過ぎるような感じがした。権力にとらわれず、ただ王の影として働いた世話人の、謎に満ちているが爽やかな別れの場面。しかしフローは森の木の葉の影から水を差した。
「でもアルビノの魔術師ってさぁ、すっごい天気屋で、この世界からいなくなる時も、突然現れた恋人と一緒だったという話じゃん? ふらっと駆け落ちしたって話もあるよね? 何か西大陸のどっかの村には子孫もいるって話だし」
その話は、アルビノの魔術師を敬愛しているクオには納得がいかない伝説なのだった。クオは苦々しい声で答えた。
「確かにそういう話もある。突然現れた若い恋人が、政務に忙しいアルビノの魔術師からゆっくり魔術を教わるために、二人で王の元を出奔し、最後はその恋人は魔術師から教わった魔術で、かの者を異空間の城に永久に閉じ込めたとな。その伝説に出てくる魔術師の恋人はたぶんいたのだろう。しかし子孫の話は本当かどうかよくわからない。どうも異界の血をひく者が、この世界で子孫を残しているという話は他にはない。なにより大魔術師の末裔なら魔術師として名を広めていそうだが、そんな話は何も聞かない。だがこの魔術師自体が、他に類を見ない異界人の混血だということだから、俺には真相はわからない」
クオは子孫の話をほとんど信じていなかった。アルビノの魔術師の伝説には、胡乱なものも多い。たぶん大魔術師は、王の補佐として権力が自分に集中してきたことを感じた時、王のためにその座を退くべき時期が来たと悟り、潔く身を隠したのだろう。その時もしかしたら、その件の恋人と一緒に宮廷から去ったのかも知れない。そしてその伴侶と共に隠棲をした。そこまでが、妥当な考え方だった。異空間の城や子孫の話は、今でも何らかの形でこの有名な魔術師が生きていると考えたい後世の人々が創作した作り話だとクオは考えていた。
シーフは軽々と木の中を移動しながら喋った。
「どうも昔の大魔術師って変わってるヒト多いよね。ある町で酒代の代わりに町に大がかりな異空間魔法をかけた大魔術師とかさ、有名だよね? ん? てか、異空間“魔法”じゃなくて異空間“魔術”? んー?? 魔術と魔法ってどう違うの?」




