Ⅱ魔術師と盗賊 2. 古の魔術師1
「で、何で同じ方向に付いて来るんだよ?」
クオが迷惑そうに木の上のフローを睨みつける。
クオが自分の家を出てから無事にウィンデラの町を抜け、今朝クロスを貰った時に教会から受け取った『白のポーンのプレイヤーたちは、特に旅先が決まっていなければ、王都へいらして下さい』という召集の伝令通りに、王都へ向かう山道を一人で歩いている途中、なぜかフローが追い付いて来て、クオと合流していた。
フローはバランスよく枝の上に立ったまま、クオの問いにしれっと答えた。
「王城からの伝令で、オレは白の王城に忍び込むのさ。ま、クオが情けないクロスの捕られ方をしないように、途中まで上から見守っててやるから宜しく!」
「勝手にしろ」
クオは、何で紅白並んで同じ方向に仲良く旅をしなければならないのか、と毒づきたくなった。ふつうチェスでは、相手のプレイヤーを自分側の王都へ行かせないために戦うのだ。が、クオはフローとの腐れ縁でとやかく言うのは諦めることにした。残念ながら、フローとは相性が悪く、追い払いたくても、この飄々としたシーフの方が一枚上手であることは、渋々ながら承知していたからだった。
これからクオは約半日かけて、故郷の隣町エルシウェルドへ向かうところだった。
かの町は、チェスの創始者アルビノの魔術師の出生の地と伝えられる、魔術にゆかりの深い歴史ある都であった。
町の西には大きな魔法石の鉱山があり、この山では、高い守護魔力が潜む魔法石が採掘されていた。西大陸の各地で城造りが盛んだった昔は、この魔法石は一級品の城石として広く流通していた。
鉱山の巨大な魔力はかの町にも影響を及ぼし、エルシウェルドで産まれた者は、強い魔力の持ち主が多かった。また、魔力の強い土地を好む、エルフやドワーフやドリヤードなどの異種族の旅人たちも、よくこの町に集まった。
特にエルフやドワーフは魔法石の加工技術に優れており、彼らの中にはこの町に移住して、工房で魔法石細工をこしらえる者もあった。このエルシウェルド産の魔法石の細工物は、高級品として町の特産品となっていた。
そういうわけでエルシウェルドは、魔術師と異種族の者が行き交う独特の町であった。
クオはこの町の山の手にある大きな古城の魔術学校の書庫に入り浸って、古い書物を書写することがしばしばあった。
しばらくクオが黙々と一人で山道を歩いていると、頭上の木々の間からフローの弾んだ声が降ってきた。
「ところでさぁ、さっきオレがクオを追いかける前、ちょっくら山の裏の洞窟にある“シーフの隠れ家”に寄って、酒場で町の仲間たちに挨拶してきたんだけど、そこじゃすでにギルド本部で働いてる連中も大勢集まっていて、クオとオレの賭けで盛り上がってたぜ。
それがまだ早朝だってのに、すでにみんな酔いがまわってて、裏町中をこだまして滝の外にまで響くんじゃないかと思うような騒ぎようでさ~!
クオとオレのどっちが先にクロスを捕られるかの賭けじゃ、三十対一で圧倒的にクオに賭ける方が多かったねぇ。シーフ業界の好々爺トイ親爺はビール片手に力説していわく『ま、それはクオの能力を見くびってるんではなくて、性格がそうさせるだろうってことなんだけどさ』だってさ。あ、オレもプレイヤーじゃなかったら絶対クオに賭けてただろね。
ちなみにクオに賭けなかった一人って、青いローブの天才贋作画家フィエル兄貴。まぁたぶん全員クオに賭けたんじゃつまんないから義理だろね」
それを聞いてクオはただ肩をすくめて苦笑した。このフローの話では、町ではすでにクオがプレイヤーであると知られていたということだ。しかし自分が賭けのネタにされているとは、なるほどいかにもこの町らしい。
フローは続けて愉快そうに酒場での出来事を語った。
「紅白どっちの国が勝つかの賭け率は半々で、議論は白熱してたぜ!
もし赤が勝つようなことになったら、赤の国の王家の酒蔵から、最上級の美酒を盗って来てやるって啖呵切って白に賭けたのは、女傑のシャロン姐御でさ。
それに対して、白が勝ったら白の国から、王が食べる祝いのご馳走の皿をかすめてくると誓って赤に賭けたのは、見習いシーフのハンス坊やでさ。観客巻き込んでの二人の応酬は、なかなかの見物だったぜ。
ちなみに、ギルドの親方は赤に賭けたという噂だけど。
今のところ、賭け好きな西大陸の富豪たちの間では、紅白半々だって。どっちの国も古くから続いてる由緒ある国だからさ、甲乙付けがたいみたいだね。今までも、この二国のチェス試合って、百年おきに繰り返されてて、いつでも互角だったから、今回も予想できないらしいね。
アルビノの魔術師もなかなか乙なゲームを創ったもんだ。あ、クオって、伝承本を丸ごと一冊すらすら暗唱できるくらい、アルビノの魔術師を尊敬してるんだよねぇ?」
クオは黙って歩いていたが、フローに話を振られて興味なさそうに「ああ」と短く答えた。チェス期間中、西大陸の酒場では貧富を問わず勝者を予想する賭けが話題となるが、クオにはそれほど関心のないことだった。
だが話の終わりにフローに言われた通り、クオは師について魔術を学んだわけではないので、アルビノの魔術師を大事な師匠として尊敬していた。かの魔術師と同時代の者たちの手によって編纂された、アルビノの魔術師が新しく編み出したとされる高等魔術を解説した古書を、クオは一番の教科書としていた。
「旅もまだ長いんだし、クオの大好きな魔術師の話を聞かせてよ」
クオは仕方ないという風に息を吐くと、本をそのまま暗唱するように長い話を語った。




