幸せな時間
この作品はアルファポリス様で20話完結しています。
「エリシア、今日はとっても楽しそうね」
ヴィクトール侯爵家の庭園。
色とりどりの花が咲き誇る庭を、二人の小さな女の子と一人の男の子が駆け回っていた。
その様子を、庭に面したテラスから眺めている二人の女性がいる。
一人は、ローゼンベルク伯爵夫人――エレノア。
そしてもう一人は、彼女の親友であるヴィクトール侯爵夫人、クラリッサだった。
二人は楽しそうに遊ぶ子どもたちを見ながら、穏やかに微笑んでいる。
「あの子たち、いつも仲良しね」
クラリッサが嬉しそうに言った。
「ええ。エリシアは兄弟がいないから、エドとアリスちゃんのことを兄弟のように思っているんだわ」
エレノアが目を細める。
エリシアはローゼンベルク伯爵家の一人娘。
まだ六歳ということもあり、いつも母親の後ろをついて歩いているような甘えん坊な少女だった。
そんなエリシアにとって、侯爵家の兄妹は大切な友達だった。
「そうね。エドもアリスも、エリシアちゃんと遊ぶのをいつも楽しみにしているのよ」
「そう……。ずっと仲良くしてくれたら嬉しいわ」
エレノアは庭にいる娘を眺めながら、幸せそうに微笑んだ。
するとクラリッサが、
「ねえ、今度は私の家に遊びに来てね」
と声をかける。
「ええ、もちろんお邪魔するわ」
二人の母親が笑い合う。
その向こうでは――。
「待って~! お兄しゃま~!」
小さなアリスが、一生懸命に兄を追いかけていた。
「ふふっ、アリスちゃん、こっちよ~!」
エリシアも笑いながら走る。
「待って~! エリね~しゃま~!」
「ははは! アリス、こっちだぞ!」
エドワードが振り返りながら笑った。
三人は庭の中を、ぐるぐると走り回る。
「待って~!」
「こっちよ~!」
「お兄しゃま~!」
楽しそうな笑い声が庭いっぱいに響き渡った。
やがて、三人は芝生の上に座り込んだ。
「ふ~……疲れたわ」
エリシアが小さな胸を上下させながら、額の汗を拭う。
「ああ。少し休むか」
エドワードも隣に腰を下ろした。
「アリスちゃん、大丈夫?」
エリシアが心配そうに妹を見る。
「うん……つかれた~」
アリスは芝生の上にぺたんと座りながら答えた。
けれど、その顔には満面の笑みが浮かんでいる。
「でも、たのちいの!」
「良かったな、アリス」
エドワードが妹の頭を優しく撫でる。
「うん!」
アリスは嬉しそうに笑った。
そして、エリシアのほうを見て、
「エリね~ちゃまがきてくれたから、うれちい~の!」
「まあ……」
エリシアの顔がぱっと明るくなる。
「私もアリスちゃんと遊べて嬉しいわ!」
「ほんと?」
「ええ!」
「じゃあ、また遊ぼうね!」
「うん!」
小さな二人が手を取り合って笑う。
その様子を見ていたエドワードも、つられるように笑った。
「じゃあ、僕も一緒に遊ぶよ」
「ほんと?」
「もちろん」
「やったぁ!」
三人の笑い声が、再び庭に響いた。
そんな幸せな時間は、あっという間に過ぎていく。
夕方になり、エレノアが娘を迎えに庭へやって来た。
「エリシア、そろそろ帰る時間よ」
「え~……もう?」
エリシアは名残惜しそうにエドワードとアリスを見る。
「また遊びに来ればいいだろ?」
エドワードが笑う。
「そうね!」
エリシアも笑顔になった。
そして二人に手を振る。
「じゃあ、またね!」
「うん、またね~!」
「今度は私のおうちに来てね!」
エリシアが元気よく言うと、エドワードが頷いた。
「ああ。アリスと一緒に行くよ」
「約束よ!」
「約束」
小さな指と指を絡ませる。
その光景を、エレノアは少し離れたところから眺めていた。
――なんて幸せな時間なのだろう。
愛する娘が笑っている。
大切な友人がいて、その子どもたちが娘を大切にしてくれている。
これからもずっと、こんな日々が続いていく。
エレノアは、そう信じていた。
このときはまだ。
この幸せが、いつまでも続くものだと思っていた。
そして誰も知らなかった。
この穏やかな日々が、やがて大きく変わってしまうことを――。




