帰る場所の温度
公爵家からの正式な招待状が届いたのは、週末の朝だった。
厚みのある紙。
過剰じゃない装飾。
でも、扱いが丁寧なのが一目で分かる。
「……公爵家?」
アルトが、文字を覗き込む。
「うん。家族食事会、だって」
「しょくじ……」
アルトの耳が、そわっと動いた。
俺自身、緊張がなかったわけじゃない。
公爵家は、俺を“拾った”家だ。
でも同時に、貴族社会のど真ん中でもある。
試される、というより――
受け入れられるかどうか。
屋敷に着くと、執事が深く頭を下げた。
「お帰りなさいませ、レオン様」
その一言で、胸の奥がきゅっとなる。
「……ただいま」
声が、少しだけ震えた。
食堂には、公爵と公爵夫人、そして年の近い従兄弟たちが揃っていた。
「よく来たね」
夫人は、柔らかく微笑む。
「学院では、大変だったでしょう」
その“知っている”という前提の言葉に、少し驚く。
「全部、報告は上がっています」
公爵が静かに言った。
「よく耐えた」
「よく選んだ」
評価ではなく、労いだった。
食事は、穏やかに進んだ。
研究の話。
学院の様子。
魔法の話――だけじゃない。
「最近、甘いものは好き?」
「寝不足じゃない?」
「ちゃんと、寒くない服着てる?」
……質問が、生活寄りすぎる。
「……溺愛だ」
アルトが、ぽつり。
「聞こえてるよ」
夫人が、にこやかに言う。
アルトが、びくっとした。
「アルト君」
名前を呼ばれて、背筋が伸びる。
「レオンを、いつも支えてくれてありがとう」
「えっ、あ、いえ……」
「あなたも、うちの客人です」
「遠慮しないで」
その言葉に、アルトの尾が、少しだけ揺れた。
食後、公爵に呼ばれ、書斎に通される。
「将来の話だ」
前置きは短かった。
「王族派は、お前を便利に使いたがる」
「貴族派は、利用したがる」
「だから」
視線が、真っ直ぐ来る。
「お前が、選べ」
「どこに立つか」
少し、考えてから答えた。
「……まだ、決めません」
「いい」
即答だった。
「決める必要はない」
「お前は、急がなくていい」
それが、何より救いだった。
帰りの馬車。
アルトは、静かだった。
「……どうした?」
「れおん」
少し迷ってから、言う。
「ここ、あったかい」
「うん」
「れおんの居場所、だね」
その言葉に、胸が満たされる。
「アルトも」
「……え?」
「ここに、いていい」
アルトは、しばらく黙ってから、ぎゅっと拳を握った。
「……いる」
小さく、でもはっきり。
学院に戻る頃には、空は夕焼けだった。
この世界は、常識が違う。
価値観も、立場も、種族も。
それでも。
ちゃんと、居場所は作れる。
選びながら、育ちながら。
隣に、誰かがいれば。




