静かに崩れる家
学院の掲示板に、新しい通達が貼り出されたのは、朝の鐘が鳴った直後だった。
内容は、簡潔。
「一部貴族家による研究成果の不正提出、および権限逸脱についての調査開始」
名前は伏せられていた。
けれど、誰のことかは、皆わかっている。
――ヴァルディエ子爵家。
かつて、俺の魔法構築を「人族のまぐれ」と笑った家。
学院内で、さりげなく評価を下げる噂を流していた家。
教室に入ると、空気が違った。
ひそひそとした声。
目線が、俺ではなく、別の方向に集まっている。
当のヴァルディエ家の息子は、席にいなかった。
「……呼び出しか」
アルトが、小さく言う。
「たぶん」
俺は、特に感情を動かさなかった。
怒りも、復讐心もない。
ただ――そうなるだろう、と思っていただけだ。
昼休み。
中庭で魔法理論の話をしていると、数人の上級生が近づいてきた。
「レオン・クラウス」
呼び捨て。
でも、声音は妙に丁寧だった。
「少し、話を」
アルトが、半歩前に出る。
「ここで」
視線がぶつかる。
上級生は一瞬だけ躊躇ってから、言葉を選んだ。
「……君の研究構築について」
「共同研究の形で、提出を――」
「しません」
即答だった。
「条件が合いません」
「条件?」
「俺の名前が、主になりますか?」
沈黙。
答えは、分かっている。
「なら、無理です」
俺は、きっぱりと言った。
その場を離れるとき、背中に視線を感じた。
でも、怖くはなかった。
アルトが、隣にいる。
「……強くなったね」
ぽつりと、アルトが言う。
「そう?」
「前は、断るとき、もっと遠慮してた」
少し考えてから、答える。
「守るものが、できたからかも」
アルトが、止まった。
「……なに、それ」
耳が、ぴくりと動く。
「なにって?」
「……いや」
言葉を濁して、また歩き出す。
でも、その尾が、わずかに揺れていた。
数日後、正式な発表があった。
ヴァルディエ子爵家――
研究成果の不正提出、他者の功績の横取り、圧力行為。
処分は、貴族籍の一部停止と、学院からの永久追放。
重い。
でも、騒がしくない。
誰も叫ばないし、罵らない。
ただ、淡々と、事実だけが並ぶ。
それが、いちばん残酷だった。
放課後、図書塔の上階。
いつもの席で、アルトと並んで本を読む。
「……ねえ、れおん」
「なに?」
「もし、ぼくがいなかったら」
珍しく、歯切れが悪い。
「今みたいに、言えた?」
少し考える。
「言えたかもしれない」
「でも」
ページを閉じて、アルトを見る。
「今ほど、迷わなかったとは思えない」
アルトの目が、揺れた。
「……そばにいるって、言った」
小さな声。
「うん」
「だったら」
少しだけ、距離が縮まる。
「れおんが、選ばれる側でも」
「ぼくは、離れない」
胸の奥が、あたたかくなる。
まだ、恋と呼ぶには早い。
でも、これはもう――ただの友情じゃない。
学院の鐘が鳴る。
一つの家が、静かに崩れた日。
同時に、
俺とアルトの関係も、少しだけ、形を変え始めていた。




