第九十六話 イタカとの契約
影渡りによって移動した先はみたことも無い部屋。
洋風の古い部屋にたどり着いた俺達は辺りを見渡すが、窓の外には雪が積もっていない。
「ここは・・・・?」
一体どこなのだろう?
窓から見える標識は日ノ本の物であることは確認したがどこまで飛ばされたのか分からない。
「・・祖父の部屋です。」
俺達が戸惑っていると千夏さんが口を開く。
「一度遊びに来た時にマーキングさせてもらったんだ。千夏に何かあった時にここへ送れるようにね。」
ちーさんが申し訳なさそうに千夏さんの顔色を伺う。
「学校と寮は開いていないし安全な場所はここしか思い浮かばなかったんだ。・・ごめんね?」
「怒ってはいません。ですが・・・色々と聞きたいことがあります。」
いつもの穏やかな声色とは違い冷たく、淡々とした言葉をちーさんに向かってぶつける。
「千夏、その前に一旦落ち着かんか?戦い終えてすぐじゃ。疲労も溜まっているだろう。」
確かにみんなの体には生傷がいくつも付いている。
「・・・分かりました。」
敵がいない状況を置かれた時、脳が疲労を意識し体が一気にだるさが襲う。
千夏さんから使ってよい部屋を案内してもらい、
各々手当をしてまた一時間後に集まろう話にまとまった。
「・・・・・・・・・・。」
服の上から手当は出来ない。何回も服をまくるのも手間なので男女で部屋を分けたはずだが・・・。
「龍穂さん、上脱いでください。」
何故か楓が俺の部屋についてきた。
「一人でやるから・・・・。」
「従者としての役目です。我が儘言わないでください。」
我が儘ではないとは思うが・・・。
神融和を解き、楓の手当を受けていると携帯電話が鳴る。画面を見ると定兄からだった。
「・・もしもし?」
『龍穂!無事か!?』
開口一番心配の声をかけてくれる。
「大丈夫。何とか生きているよ。」
『そうか・・・それならよかった。今どこにいるんだ?』
体育館に駆けつけていた武道省や神道省の職員の中に定兄の姿もあったのだろう。
俺達が姿を消し、残されたのは激しい戦闘の形跡だけなんて心配するのも当然だ。
「色々あって・・・千夏さんのおじいさん、仙蔵さんの家にいる。」
『仙蔵さんの家・・ってことは東京か?となると・・・アルさんに無事会えたみたいだな。』
アルさんがこっちに来ていたことを知っているという事は先に親父達の元へ行っていたようだ。
「助けてもらったよ。そっちは大丈夫?」
定兄から親父と合流してからの状況の説明をしてもらう。
『親父との戦闘で倒れた真奈美はアルさんが連れて行った。
そんで一度家に戻って援軍に来た神道、武道省の職員達と体育館に行ったんだが・・・。
ひどいありさまだったな。もう一度聞くけど大丈夫なんだな?誰一人欠けてないか?』
定兄は相当心配だったようで入念に俺達の安否を尋ねてくる。
「大丈夫だよ。それより・・・俺達戻った方がいいか?
だって犯人もいない戦った俺達がいないじゃ対応大変だろ?」
親父は八海を守る役目を持ち定兄はそれを補佐している立場だ。
今回の事件は世間に大きく報道されるだろうし、その対応に追われるのは目に見えている。
事件が起きて戦った跡があるのに誰もいないなんて
マスコミが想像を掻き立てて報道するに決まっている。
『気にするな。それはこっちの仕事だ。
龍穂達が猛を倒してそれをアルさんが回収したんだろ?それだけしてもらえば十分だよ。
後は俺達に任せてゆっくり休んでくれ。』
「ありがとう。あと・・・親父大丈夫?あの姿を真奈美と戦って無事で済んだのか?」
『足を怪我したんだが・・・始めて親父の本気を見たよ。
怪我しながらでも真奈美を圧倒していた。手当を受けて松葉杖だが大丈夫そうだ。
今から対応が始めるから結構の間連絡が取れなくなると思う。
今回の事件がどういう扱いになるか気になると思うが、テレビのニュース番組を見てくれ。
辺境とはいえ高校生が何人も犠牲になった事件だ。大々的に報道されるだろうからな。』
大々的に報道か・・・。
こうなる事は分かっていたがこの事件がどれだけ凄惨なものだったのか改めて思い知らされる。
『あ、あとそうだ。伊達様には連絡を入れておけ。龍穂を派遣したのは伊達様だからな。』
そう言って定兄は忙しそうに電話を切った。
「定明さんからですか。心配の連絡ですか?」
「ああ。あれだけ激しい戦闘の跡だけ残してその原因が誰一人としていないなんて心配するよな。」
「しかも一瞬で東京に移動してるなんて、一般の方が聞いたら耳を疑いますね。」
確かに・・・字面だけみたらとんでもないことだ。
「他になんて言っていましたか?」
「親父は大丈夫。真奈美は猛と一緒でアルさんに連れていかれたらしい。
そんで・・・伊達様に連絡を入れておけって。」
「大変な目にあったとはいえ猛さん達の暴走を止めることが出来たのは伊達様をおかげですからね。
無事とお礼の連絡は入れておきましょう。」
楓にも催促されすぐに伊達様に連絡を入れると、
定兄と同じく心配と後処理は任しておけと言ってくれた。
「・・龍穂さん。」
手当を続けてくれている楓が真剣な表情で尋ねてくる。
「猛さんはどうする気ですか?
アルさんは手渡してほしかったらすぐに言えと言っていましたが・・・。」
定兄が言っていたように全国的に報じられるほどの凄惨な事件の犯人。
首謀者ではなく味方によっては被害者でもあるが罪を犯したのは間違いない。
「・・アルさん達、白に任せるよ。
猛や真奈美を三道省に突き出しても何も解決しない。
二人に神の力を入れた土御門や魔道省の連中にいいように使われるだけだ。
それに・・・狂う前は俺のために動いてくれていた。
今後どうなるかわからないけど白に預けていた方が二人のためになる・・・と思う。」
白は二人を保護してくれると言った。それまでに俺達が猛たちを元に戻す方法を見つければいい。
アルさんとちーさんとゆーさん。
今の所白のメンバーはこの三人しか分かっていないが実力は折り紙付きだ。
例え猛達が再び暴れたとしても押さえつけてくれるだろう。
「・・・終わりました。」
全ての箇所の治療を終え、服を着る。
「では、私もお願いします。」
そしてなんと楓は治療を頼んで来た。
深き者ども達との戦いで軽くではあるが結構きわどい所に傷を負っている。
服を脱いで上半身が下着のみで椅子に座る楓。
「ちょっ!なんで・・・・・!?」
「別に見慣れているでしょう?大丈夫ですよ。」
見慣れてないし、男女に分けた意味が完全になくなってしまったんだが・・・・・。
何故か意地になっている楓はどれだけ言っても椅子から退かないだろう。
仕方なく手当をしていると小さい声で俺の名前を呼ぶ。
「龍穂さん・・・・。」
「ん?」
「私・・・お役に立てているでしょうか?」
何時になく暗いことを言っている楓。
「立っているに決まってるだろ?何を今更・・・。」
「せっかく修行をしたのに大切な所は龍穂さんや純恋さんにお任せすることがほとんど。
私も龍穂さんの役に立ちたい。そう思ってはいるんですが・・・・。」
俺と純恋の力は相手に決定的な一撃を与えることが出来る。
だからこそ俺達の補助に回ることが多い自分の立ち位置に不満を持っているようだ。
「・・その人にしかできない役目がある。
俺や純恋が戦いで目立つのはそう言う役目だからであり、
その過程には楓の献身的な動きがあるのは俺は分かっているよ。」
「でも・・・・・。」
「だけど楓が納得していないのなら話しは違うな。
今すぐには難しいけど楓がなりたい姿があるのならそうなれるように俺も協力する。
だからあんまり気を落とさないでくれ。楓が元気ないとこっちもつられて暗くなるからな。」
人は滅多なことが無ければいきなり強くはなれない。
楓が俺達のような強力な一撃を扱うことが出来るのには時間がかかると思うが、
大切な”妹”がそう思っているのなら俺も時間は惜しまない。
「・・・・・分かりました。」
俺の返答に納得してかもしれないが楓は飲み込んでくれる。
「これで終わりだ。まだもう少し時間があるけど・・・・。」
何とか治療を終えたが千夏さん達と決めた時間にはもう少しある。
その間に確認しなければならないことがあった。
「イタカ、少しいいか?」
奥の方で俺達を見ながら青さんと話しているイタカに声をかける。
「・・なんだ?」
「あの戦い、イタカの手を借りたが何とか勝利できた。まずはそのお礼を言いたい。」
イタカに向かって感謝の言葉を述べる。
ダゴンの残滓は排除できなかったがイタカのおかげで誰一人としてかけることなく、
こうして帰ってくることが出来た。
「・・・・・・・・。」
感謝の言葉を受けたイタカだが何も応えることなくじっとこちらを見つめている。
まるで俺が話そうとしている次の言葉を待っているように。
「そして・・・契約をしてほしい。」
俺の実力を見て式神契約を判断すると言っていた。
イタカの眼には俺の戦いはどう映っていたのか分からないが答えを聞かなければならない。
「・・・・・・いいだろう。」
少し間を置いた後、俺の申し出を承諾してくれる。
「力の使い方も状況判断も未熟だが伸びしろはある。
憎きクトゥルフを倒すためにも俺の力が必要だろう。
それに・・ともに戦う仲間たちの強化が必要なことも分かった。本人も望んでいるから丁度いい。」
イタカは俺の式神になるどころか、俺達全体の強化を試みてくれるようだ。
賀茂忠行、そしてクトゥルフの知識が乏しい中でその神話の神が仲間になってくれるのはありがたい。
「ありがとう。今後ともよろしくな。」
今回の戦いの一番の収穫と言っていいだろう。
イタカとの式神契約を済まし、時間になったところで元居た部屋へと戻った。
既に俺達以外の五人は戻ってきていたみたいだが先程と変わらず異様な雰囲気が漂っている。
「・・・あっ。」
俺達を見つけた純恋と桃子がそそくさとこっちに駆け寄ってきて小さく耳打ちをしてくる。
「ずっとあんな感じやねん。どうにかしてや。」
「どうにかしろって言われても・・・・。」
怒ってるのは千夏さん。
ちーさんとゆーさんが白の部隊の一員だという事を
隠していたことがそんなにも気にいらなかったのだろうか?
「いつもあんなに仲いいのに・・・。あまりの変わりようになんて声をかけていいか分からないんや。」
流石の桃子も同じ空間にいるのさえ気まずい様でどうすればいいか戸惑っていた。
「・・遅くなりました。」
この状況を解決に導くには話しを進めないと始まらない。
「では、お話を聞かせていただけますか?」
テーブルを囲むように置かれたソファーに腰を掛けちーさんとゆーさんに催促をした。
「・・さっきも言ったんだけど隠していたつもりはないよ。
結果としてそうなっちゃっただけ・・・と言っても千夏は納得してくれないだろうね。」
ちーさんが重苦しそうに口を開く。
言葉の中に千夏さんの名前が出てきたが何も反応を見せずただじっと二人を見つめるだけだった。
「私達は白。世界を股にかけてクトゥルフ教団、
そしてクトゥルフを滅ぼすために戦う独立した部隊だよ。」
「今回の件もクトゥルフの配下がいると言う情報を手にして八海に来たんだ。
そしたら影定さんや龍穂が戦っていてね。
終わった後だったんだけど・・まさかダゴンとかの力を持った子達がいるなんて思ってもいなかった。」
捷紀さんが教えてくれた部隊。
俺と同じ目的で動く人たちに接触したいと思っていたが、
まさかこんなに近くにいるなんて思ってもいなかった。
「あの・・・本当に世界のクトゥルフ教団の支部を破壊して回ったんですか?」
ちーさんやゆーさんの歳を考えるとかなり幼い時から戦っていたことになる。
「疑うのも当然なんだけど・・・本当だよ。
と言っても私達も全ての戦闘に参加したわけじゃなくて、他の仲間たちが主に戦ったんだ。」
「今は色々あって世界中に散らばっているんだけど、
まだ成人していない白の隊員はまともな教育を受けるためにこうして日ノ本で暮らしているってわけ。」
「そうだったんですね・・・。」
驚きの事実に思わず真剣に聞き入ってしまう。
「ちーさん達やアルさんの他にも白の隊員の方っていらっしゃるんですか?
例えば・・竜次先生とかノエルさん・・・とか。」
国學館の先生達は三道を極めた方々であるが、その中でも竜次先生の戦闘スタイルは少し違っている。
槍使い手はあるが型に縛られない動きや時には火を吐いたりしておりあまりに異質な戦い方だった。
それとノエルさんが扱うあの魔道書を扱う魔術。
あの魔導書たちは日ノ本語ではない言語で書かれており、
明らかに日ノ本で習得するには難しい技術だった。
俺の問いを聞いた二人は顔を合わせると、ちーさんが諦めたように頷いてこちらを見る。
「・・そうだよ。あの二人の白の一員だ。」
「流石にあの二人の戦い方を見たら違和感を覚えるよね。
だけど龍穂もよく見てるね~。流石、代々クトゥルフの使役者と戦ってきた一族の末裔だね。」
俺の事も知っている・・・。
なぜそのことを知ったのか分からないがこれは大チャンスだ。
「お二人は俺の事をどこまで知っているんですか?」
「どこまでって・・・大体の事は知っているよ。
龍穂が八海上杉家の出身じゃない事も、本当の苗字が賀茂であることもね。」
「そこまで知っておられるのなら・・・話しは早いですね。」
向こうもある程度情報を切ってきている。
それは・・・アルさんも望んでいたことを俺の口から引き出したいと言う思惑がある証だ。
「ご存じの通り俺達は賀茂忠行、ひいてはクトゥルフの討伐を目的として動いています。
いや、襲われていると言った方が正しいですね。
敵は闇に潜みいつでも俺の首を狙っている。
今までの戦いは全て後手に回ってしまっており劣勢を強いられています。
なので出来れば多くの情報を持ち、実力のある方々である白と連絡を取り、
出来れば協力をお願いしたいと考えていました。
こちらから差し出せる物はありませんが・・・共に戦っていただけませんか?」
白の人達が何故クトゥルフと戦っているのかは分からないが同じ目的を持った者同士だ。
足並みをそろえた方が良い結果を迎える最善の道だろう。
「・・本当ならこちらとしてもお願いしたい所なんでけどね~。」
ゆーさんはまるで助けを求めるようにこちらに顔を向けながら千夏さんに視線を送る。
「千夏、私達も出来れば一緒に戦いたい。だからこそ不満を残したままにしたくはないんだ。」
二人が同意してくれば白の協力を得ることが出来る。
それは俺たちに取って非常に大きく大切な事であることを
千夏さん程の人なら十分に理解しているだろう。
「・・・・・・・・・。」
ここまでだんまりを決めていた千夏さんが改めて口を開こうとする。
その中身を聞くことに集中しすぎてポケットに入れていた携帯電話が震えている事に気が付かなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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