第九十七話 千夏の無念
ここまで沈黙を貫いていた千夏さんが口を開く。
「白の方々がどこまで知っていたのかは分かりませんが・・・・
もしかして今までの襲撃は事前に分かっていたのではありませんか?」
その口から放たれたのは考えもしなかった言葉であり、それを聞いた二人の表情を一気に切り替わる。
「これはお二人の事を言っているのではありません。
私達を助けてくれたアルさん、そして龍穂君がおっしゃったお二人。
平将通との戦いではあまりにも迅速な対応をしておられました。
何も知らされていなければもう少し動揺してもおかしくはない。
もしかすると事前に何が起きるのか分かっていたのかもしれないと前々から私は感じていました。」
「確かに・・・所々ですが不自然なほどに対応が早い時はありましたね。
ですがそれって・・・・。」
「兼定さんが絡んでいる時だよ。
アルさん達があらかじめ情報をもらっているか、それともすぐさま連絡が来て対応するか。
この二つの時は確かに動けるのが早いことはあるだろうけど全てじゃない。」
兼兄は業だ。
俺達が知ることが出来ないような広大な情報網から必要な情報を拾うことが出来る人であり、
そんな兼兄が竜次さん達に情報を与えているのであれば納得できる。
「龍穂君。平将通との戦いで竜次さんが兼定さんとの関係について語っていた場面を覚えていますか?」
「えっ・・・はい。」
あまりにも兼兄と親し気に話す竜次先生にどういう関係か尋ねた時、あの人は家族と言っていた。
「そう、家族と言っていました。
そして・・・お二人は竜次先生の事を別の愛称で呼んでいたことも覚えていますか?」
別の愛称・・・?少し振り返ってみると確かに聞いた覚えがある。
俺が兼兄との関係について尋ねた後、寮の非常階段を登っている時に確か・・・。
「・・お兄さんとおっしゃっていた気がします。」
「そうです。あの時ちーが竜次先生の事をお兄さんと言っていました。
そしてその竜次先生は兼定さんと兄弟や家族と呼んでいる。
ちー、ゆー。兼定さんとはどういう関係なのですか?」
俺は兼兄の過去を詳しく知らない。
俺が小さな頃から八海から出ており、何をしていたかを竜次先生に軽く聞いたことがあるだけだ。
竜次先生と兼兄が家族、兄弟であるのなら兼兄もちーさんとゆーさんと兄弟であると
千夏さんは言いたいのだろう。
「・・・・・・・。」
二人は何も言わずに黙っている。
答えを言ってしまえば今まで千夏さんと築き上げてきた信頼が壊れてしまうのかもしれない。
再び沈黙が流れる。
ちーさんとゆーさんは口を開く様子はなくテーブルをただ見つめているだけだった。
「・・・・ん?」
そんな沈黙を引き裂くように家のチャイムが鳴る。
仙蔵さんが亡くなったのは数か月前、
住まいの近隣の人達は当然それを知っているしなんなら関わりのある三道省全体に広まっている。
そんな誰もいないはずの家に尋ねてくる人なんていないはず。もし、いるとしたら・・・・。
「・・俺が見てきます。」
俺達がここにいると知っている存在だ。
親父や定兄は今八海にいるし、伊達様は今回の事件の対応に当たってくれている。
後は考えられるとしたら・・・土御門。
力を与えた者達の行く末を姿を隠しながら見ていたとしたら・・・
敵には俺達がどこかに行ったという情報が飛んでいるはずだ
もしそれを聞いた賀茂忠行の配下が俺達に
ゆかりのある場所を探して回っているのなら・・・・ここに来る可能性がある。
得物を用意し千夏さんに教えてもらった玄関の位置まで移動するが廊下に差し掛かった時、
携帯が震える。
画面を見ると兼兄から電話がかかってきており周りを確認しながら電話に出た。
「・・もしもし?」
「無事だったみたいだな。」
いつも明るい声色で電話に出てくれるが今回はいつも以上に声のトーンが低い。
「ああ、なんとか。で、どうしたの?」
「定明から龍穂達が仙蔵さんの家にいる事を聞いた。アルに助けられたこともな。
そこにちーとゆーがいると思う。
全員に色々話したいことがあるから玄関を開けてくれないか?」
玄関のチャイムを押したのは兼兄だったがまだ安心できない。
千夏さんのいう事が正しければ今までの戦いについて、
兼兄が全て知った上で意図的に俺達を戦いに巻き込んだという事になる。
誇張した言いかたになるが、ハスターの封印を解いた俺を戦いに巻き込んだいわば主犯だ。
今回の八海の事件の事も兼兄は知っていてあえて放置し、
時間が経ってからアルさん達を送り込んで来たのかもしれない。
「・・・・・・・・・・。」
様々な考察が俺の頭を駆け巡る。
沈黙が流れているのにも関わらず、兼兄は俺の出方を見るかのように催促さえしてこずに
ただ返答を待っている。
「・・・・・・わかった。」
もしそうだったとしても兼兄をこの家に入れない理由にはならない。
千夏さんの考えがあっていたとしても、俺の考察があっていたとしても、
きっと兼兄の行動にはそれなりの理由があるはずだ。
だからこそ話しを聞かなければならない。
「・・青さん。リビングにいるみんなに兼兄を入れる事を伝えてきてくれませんか?」
青さんを呼び出し指示を送る。
いきなり兼兄が姿を現せば警戒のあまり手を出してしまうかもしれない。
俺の指示を受けた青さんは素直にリビングに向かっていく。
廊下を歩き玄関にたどり着くと洋風な扉の隙間に埋め込まれたガラスには人影があり、
まるで影のように真っ黒のシルエットが兼兄がそこにいる事を示していた。
「・・・・・・・・・・。」
ゆっくりと玄関のカギを開けるが向こうから扉を開いてくる気配はない。
利腕で刀の柄を掴みつつ玄関をゆっくりと開ける。
するとそこには若干疲れたような表情を浮かべた兼兄が立っており、
どこかイラついているような雰囲気を漂わせていた。
「・・大変だったみたいだな。」
警戒している俺の姿を見て労いの言葉をくれるが足を動かそうとはしない。
「どうした?入れてくれないのか?」
何故か足を動かそうとしない兼兄。
まるで俺から家に招いてほしそうな口ぶりに応えることを躊躇する。
「・・・・・・・・入ってくれ。」
だがこのまま入れずにいても話が進まない。
俺は兼兄の催促に応え家に招く、と後ろから小さなため息が聞こえたような気がした。
「・・状況はどうなっている?」
靴を脱いでいる兼兄が尋ねてくる。
ちーさんとゆーさんがここにいる事で何が起きているのか察しているみたいだ。
「ここに来てみんなの手当を終えて話し合っているよ。・・”白”についてね。」
あえて念を出しながら会話をする。
リビングにいる青さんに俺達の状況を伝えるためだ。
「そうか・・・。それはアルに教えてもらったんだな?」
「ああ。八海からこっちに来る前に教えてもらったよ。」
「・・千夏ちゃんはどんな感じだ?」
この人は一体どこまで知っているのだろうか?
俺との短い会話で千夏さんが怒っている事を既に察している。
「・・怒ってる。仙蔵さんが亡くなったことに対してもっと手を打てたんじゃないかって。」
千夏さんの口から出た言葉をそのまま兼兄にぶつける。
それを聞きながら靴を揃えると、兼兄は俺の指示を送ってきた。
「リビングにいる子達を全員書斎に集めてくれ。」
この家に来たことが初めての俺は書斎がある事さえ知らないが、
兼兄は何度か来たことがあるようでどこかへ歩いていく。
ついていこうにもまずみんなを連れてこないといけないため青さんに念で指示を送り、
廊下で待っていると皆がこちらに歩いて来て合流する。
「兼定さんはどこへ?」
いの一番に千夏さんが尋ねてくる。
俺は兼兄の歩いて行った方向を指さしこっちに行きましたと伝えると
千夏さんは少し何かを考えたのち、その方向へ歩き始めた。
「ちょ、千夏さん?」
「こちらが書斎です。ついて来て下さい。」
足早に廊下を歩いていく千夏さんの姿は明らかに焦っている。
(それもそうか・・・。)
先程の口ぶりだと兼兄が仙蔵さんを見殺しにしたと疑っているのかもしれない。
だが三道省合同会議の後に皇を含めた話し合いで
どうしようもなかったということを千夏さんも覚えているだろう。
一概に兼兄を責めるのは間違っているとは思うが・・・
大切なおじいさんであり、残された唯一の血のつながりのある人を失った事実は
千夏さんの中では非常に大きな出来事であり、今でも何もできなかった自分を責めていた。
その無念を今でも心の奥底に抱えているからこそ手の打ちようがあった事実に怒っているのだろう。
少し歩いた先の奥の扉。
ドアノブに手をかけ千夏さんが入っていき、俺達を後に続くと壁一面に敷き詰められた本棚。
そしてその中央には年月の経った木材で作られたであろう机と高級そうなイス。
「・・・・・・・・・・・。」
そしてその椅子に掛けながら囲んでいる本棚たちを眺めている兼兄の姿があった。
「・・来たな。」
「ええ。どういうことか教えていただけますか?」
座っている兼兄に机を挟んで迫る千夏さん。
だが兼兄は千夏さんを無視し辺りを眺め続けている。
「・・もう来ることはないと思っていたけどな。」
何かを呟いた後、千夏さんの方を向いて口を開いた。
「千夏ちゃんが思っている通り、俺はちーとゆーとの繋がりがある。
明確な関係値を現すとすれば俺はこの二人の”兄”であり、業の長で元”白”だ。」
俺達が抱いていた疑問を兼兄が全て話してくれる。
「そんなことはどうでもいい。
兼定さんは・・・祖父がやろうとしていたことを全て把握したうえで
見殺しにした・・という事でよろしいですか?」
そんな言いかたをしなくてもいいだろう。そう思ってしまうが千夏さんは止められない。
「・・そうだな。」
兼兄は千夏さんの言葉を否定する事なく受け入れる。
「だが勘違いしてほしくないのは仙蔵さんが命を落とすように賀茂忠行が働きかけていたという事。
俺達が仙蔵さんを生かすことはいくらでもできたが、
生き残ることによっておこる不都合が大きかった。」
「ですが不都合の一つや二つ、白と業を扱えるあなたがいれば————————」
「提案したよ。俺が何とかすると、生きてくれと話しをさせてもらった。
君の言う通り白という部隊がいれば仙蔵さんを賀茂忠行の元から助け出し、姿を隠すことは容易だ。
だが・・・仙蔵さんはそれを拒んだ。自らが姿を隠せば次に狙われるのは君だ。
同じ所へ姿を隠せばいいと提案したが、仙蔵さんは千夏ちゃんの日常が壊れるのをひどく嫌ったんだ。」
手を前で組み、口元を隠しながら千夏さんが望む答えを淡々と語る。
「その意味を仙蔵さんから引き出すことはできなかったが
君のご両親が亡くなった際、酷く悲しむ姿を見たからこその強い決意だったんだろう。
あの人はな、自分が亡くなった際に千夏ちゃんが悲しむことは分かっていた。
両親が亡くなってきてから親代わりとして育ててきた自分の死は
大なり小なり千夏ちゃんの心にダメージを与えると。
だが・・・自分の方が早く死ぬことは確実。
であれば血のつながりも大切だが心の繋がりを大切にしてほしいと仙蔵さんは言っていたよ。」
兼兄は札から鉄の輪に繋がれた鍵の束を取り出す。
そしてその中から一つの鍵を取りだし千夏さんの前に差し出した。
「この机に付けられている引き出しの一番上の鍵だ。
千夏ちゃんの事だからそこにカギがかかっていることぐらい分かっているとは思うが、
そこにはもう一つの君宛の封筒が入っている。」
「・・・・・・・。」
千夏さんは鍵を受け取るがその表情は今にも泣きだしそうだ。
「あと一つだけ言っておくがこのことに関して俺は白のメンバーに情報共有をしていない。
だから彼らが仙蔵さんを見殺しにしたなんてことは一切ないと言っておこう。」
ちーさんとゆーさんは仙蔵さんの死に関わっていない。
そう伝えられると千夏さんは二人に対し深々と頭を下げ謝罪をした。
「・・別にいいよ。私達もお世話になった人だし亡くなったことはすごく悲しかった。
その時兼兄に同じように詰め寄っちゃったこともあるから・・・少しは気持ちが分かるよ。」
ちーさんとゆーさんは千夏さんに近寄り抱きしめる。
「・・消化しきれていないのは仕方ない。
千夏ちゃんの心の中にある蟠り、これは時間が解決してくれるのか、
それとも賀茂忠行を倒すことで解決するのかは分からないが
どうなっても俺達は君の味方だ。それだけは覚えておいてほしい。」
三人に向かって言い放つと兼兄はゆっくりと席を立つ。
「さて、各々思う所はあるだろう。その話しをしにきた。リビングに戻ろうか。」
疲れている兼兄は口数少ないまま部屋を出ていく。
白と言う部隊と業の長を務める兼兄。八海を出ている間この人は一体何をしていたのだろうか?
その答えを聞くためにみんなともにリビングへと戻った。
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