第九十二話 頼れる仲間たち
土御門から授かった神、ダゴンに姿を変えた猛がこちらを見る。
いや、猛とはもう言えないだろう。
猛の意識は完全に無くなりダゴンそのものと対峙している。
「水なんていくらでも蒸発させたる!!」
すさまじいほどに驚異的で禍々しい神を目の前にして怯むことなく純恋は太陽の輪を作り出す。
「ふむ・・・すさまじいほどの力だが・・・我には届かんなぁ・・・・。」
純恋の扱う太陽であれば先ほど様に迫りくる水を蒸発させるはずだが
黒い水は熱を意に介さずこちらに向かってくる。
「この海水は深海にある我らの本陣近くの水だ。強い闇の魔力を含んでおる。
例え太陽に模した術であっても熱を通すなど到底不可能。
本物の太陽の光を持ってこなければ蒸発なんて無理だ。」
特殊な海水はこちらに迫ってきており
このままでは俺達の足元に使ってしまうだろう。
「・・黒風壁!!!」
純恋が扱う火の魔術が効かない水なんて体に触れれば何が起こるわからない。
ひとまず距離を置くべきと判断し急いで風の壁を作り全員で後ろに跳ねる。
幸い俺の風であれば海水を弾くことが出来るようでこちらに被害はなかった。
「何やアイツ・・・!あり得へんことを易々と・・・!!」
太陽の魔術を上手く躱されることはあってもこうして真正面から無効化された経験がない純恋は
驚きと共に苛立ちを露わにする。
「あれも宇宙の力なのでしょう。
恐らく太陽の光など届かないほどの遠い宇宙から得た力・・・。
純恋さんの力が通用しないとなれば私達の中で彼に対抗できるのは龍穂君のみとなります。」
「そう・・かもしれんけどあいつ深海って言っとったで。
龍穂の友達の中にいる奴が宇宙からきた奴なのはわかったけど
地球上にある水を引き出していることは間違いない。
それなら私の太陽の力が通用しないと判断するのは早いんやないか?」
だが苛立ちを抑え冷静に状況分析をし始めた。
このままでは俺だけに負担が集まってしまう事を懸念しての事だろう。
「そうかもしれませんね。
試す価値はあるでしょうが魔力消費量が多く詠唱時間の長い純恋さんの魔術を一度試す
にはそれなりの時間が必要です。
あとは桃子さんの接近戦。
龍穂君の一撃で仕留められませんでしたがある程度有効なのは確認できました。
我々の中で接近戦に置いて龍穂君より威力を出せるのは桃子さんのみ。
ですが接近するにはあの海水を乗り越えなければならない。援護をしたうえでの戦いが強いられます。」
千夏さんも純恋の意図を汲んだのか俺以外の攻撃手段を提案してくれる。
「もうお分かりだと思いますがお二人が攻撃のにはサポートが必須です。
私と楓さんも全力でサポートを行いますが
一番有効なのは効力が示され汎用性の高い龍穂君の風の魔術を中心とした戦いでしょう。
龍穂君が奴と戦い道を切り開き時間を稼ぐことで
我々の個性が全てかみ合い戦闘を有利に運ぶことが出来ます。
ですからここは龍穂君中心で動きましょう。」
純恋と桃子には不確定要素と不安要素があり
それを解消しなければまともに戦闘に加われない。
千夏さんの意見を聞いた二人は少し間を開けたものの首を縦に振り作戦を受け入れてくれた。
「では俺が前に出ます。
奴の攻撃に対応できるかわからないから初めのうちは桃子と純恋は
千夏さんと楓と一緒に行動して太陽の魔術を試してくれ。」
奴は深海の水を使っているが空気中などどこにでも存在する水を用いて攻撃してきてもおかしくはない。
となればこの体育館全てが奴の攻撃範囲となる。
不用意に人数を分担して距離を離してしまえば各個撃破される可能性があったからだ。
「ええ、それで行きましょう。ですがその前に・・・青さんを出していただけませんか?」
青さんを・・・?
「いいですが青さんの水魔術は奴に操作を奪われてしまいますよ?」
「承知の上です。お願いします。」
千夏さんのお願いを叶えるため青さんを千夏さん達の元へ呼び出す。
「・・何か考えがあるんじゃな?」
「ええ。私達だけでは対抗できる手段は限られています。
ですが青さんが一緒であれば・・・選択肢が増え龍穂君を助けられるかと。」
あの化け物に向けての作戦が着々と立てられている。
その中心の俺、重要な役目だがみんなを守るためにやるしかない。
(・・・・・・・・・・・・・。)
一人でやれる自信はある。だが今まで俺を狙ってきたのは”人”であった。
相手は人間の力をゆうに超えた化け物であり自信の中からどうしても不安を取り除けない。
そんな俺の脳裏に一つの”切り札”が浮かんできた。
一枚の古い札を取り出す。
それは平将通との戦いの後見た夢の中で得た札であり俺の中にいる神が俺に手渡した物だ。
出し惜しみが敗北を呼び込む。切り札の切り所を間違えてはならない。
「・・・・・行くか。」
どうなるかわからないがこの中にある黄衣と呼ばれる物を取り出す決心をつけると
黒い札に神力を込める。
札から中の物が出てくるはずだったが手元には何も残っておらず
何が起きたのかと思っていると強い風が背中を押すように突き抜けていく。
見ると黒い風が俺の周りに巻き起こっており徐々にこちらに近づいてくる。
俺以外に扱う者がいない黒い風が巻き起こり普通であれば
恐怖が心を支配してもおかしくないが不思議と安心感がある。
近づいてきた黒い風は俺の体に纏うように近づき
いつの間にか形を変えあの夢で見た黄色い衣を身にまとっていた。
「これが・・・・・・・・。」
何者かの力が流れ込んだように今まで感じたことの無い力体の中に宿っている事を感じる。
この力を使い平将通を撃破したのだろう。
今までに使ってことない魔力と神力だが封印が解かれた時に
同じような経験をしていて助かったと心の底から思う。
それに緊急時だ。体育館が損傷を抑える事よりも風の壁の向こうにいる奴を倒す方が大切だろう。
(力を抑える必要はない。)
黄色い衣の周りには黒い風が依然拭きつけておりその風を操り体を浮かせる。
黒い風の壁の上から見えた景色はこの事件での不可解な出来事を全て報せるものだった。
「駅の奴らはこうして・・・・。」
俺の目に写っていたのは数が大きく増やした深き者ども達。
だがその中に千夏さんが連れてきた亡くなった人たちの姿は無く
代わりに制服を着た深き者ども達の姿が見える。
駅にいた一般人の姿をした奴らの正体。
どうやって駅まで移動したかは不明だが猛がこいつの力を使って変えたのだろう。
(・・青さん。アイツが出している水に触れると深き者ども達に変えられてしまうようです。
俺が何とか抑えようとは思っていますが後ろにいるみんなに情報共有してもらって
危ない時は何とか青さんの力で防いであげてください。)
俺と同様の力を使える木霊は札におらずこの黄衣をまとうことが神融和の条件なのだと気付く。
(分かった。伝えておく。)
空を飛べるのは翼を持っている青さんのみ。いざという時は宙に浮かんでもらうしかない。
「”黄衣の王”よ!ずいぶんと弱気な策を用いるのだな!!」
姿を見せた化け物が俺を煽ってくる。
力を増した俺を見ても余裕がある証拠だった。
「・・それがお望みなら行ってやるよ。」
奴は水の放出を抑えている。
俺との戦闘のため体にある海水量を調整しているのだろうが
そのおかげで一番の脅威である海水の水位はそこまで高くはない。
(壁を下げます。ここからは最大限の警戒をお願いします。)
風の壁を変形させ、二つの大きな渦を作り二つのハリケーンを化け物に向けて放つ。
「双子の斗掻き星。」
海水を防ぐ風を全て使い切らないように
威力を抑えての魔術だが周りの空気を吸い込むような回転を続けながら突っ込んでいく。
「ハスターの力か。確かに強力だな。」
怖気ついてもおかしくない光景だがダゴンは冷静に状況を分析
し二つの腕を伸ばしてアンドロメダを受け止めた。
「だが・・・俺も負けてはいない!
主神がいない間この地球上で軍政を率い信仰を得ていたのは誰か!!
今ここで俺の存在を証明しこの日ノ本、ひいては地球を征服する!!!」
体一つで俺の魔術を止められたのは始めてだ。
風の加減していたとはいえダゴンが今までの敵とは別格の相手だと言う事を示している。
「進め我が配下達よ!!抵抗を示す愚かな奴らを同胞へと引きずりこんでやるのだ!!」
二つの風を両手で握りつぶすと深き者ども達に指示を送る。
すると目を赤く光らせ無我夢中に手足を動かし純恋達に向かって走り出した。
狂ったように体を動かし風の壁を越えていく。
中には黒い風の壁を乗り越えられずに手足が削り取られていく者もいるが
怖気ずくことなく乗り越えていく姿はまるでダゴンへの強い信仰心によって狂った狂信者だ。
「来たな・・・。」
純恋は既に巨大な太陽を作り出しており桃子も力を強めてその前に立っている。
そして楓と千夏さん、そして青さんも詠唱を始めており迎撃の準備は完了していた。
「怯えてくれたら楽やったけどそれは無理そうやな。そんで熱も浴びても肌が焼ける様子はない。」
自らが放つ術の効果を冷静に分析し、離れた位置からの太陽はあまり効果が無いことを瞬時に理解する。
だがそうなることは既に想定していたようですぐに次なる手を打ち始めている。
「そんなら無理やり開けさせてもらうで・・・!!」
大きな太陽を小さな球に分裂させ一つずつ向かってきている深き者ども達の体にぶつけていく。
「恐怖心が無いって言うても奴らも四肢のある生き物や。足を狙わせてもらうで。」
向かってきている奴らの足を狙い小さな太陽はまるで体を溶かすように焼いていく。
深き者ども達の様子を見る限り人間と同じように感情がある。
そして痛覚も存在しているはずなのだが純恋の炎によって足を焼き切られても無理やり動かし、
例え歩行能力がなくとも張ってでも純恋達の元へたどり着こうとしていた。
「狂っとるな・・・。」
その光景を見た純恋は少し恐怖を抱くような表情を出したが
移動の遅くなった奴らの首を桃子が立た切っている姿を見てすぐに戦う顔に戻る。
「切れる・・・・。やれるで!!!」
奴らを動かしているのは脳でありそれを繋ぐ首を断ち切ってしまえば体は動かなくなる。
それは深き者ども達でさえも例外ではなく一人、また一人と桃子の前に倒れていった。
二人によって進行を妨げられている事を理解した奴らは
目標を戦闘不能に追いこんでいる桃子に変え勢いよく突っ込んでくる。
純恋も対処しようと陽の球を差し向けるがそれでも全てを対処することは出来ず
少数ではあるが囲まれてしまいそうになる。
「青さん!」
「ああ、行くぞ!!」
刀で受け止めているが手数が足らず深い者ども達の爪が桃子に襲い掛かろうとしていたその時、
床から木の枝が生えてきて鱗に包まれた体を縛り上げ宙へ持ち上げてしまう。
「大屋都比賣神!そして・・・!!」
以前力を借りた木の神であるオオヤツヒメノミコトの力を神術で呼び出す。
「大樹招来!!!」
体育館の床が盛り上がったかと思うと下から雄大な緑を実らせた大木が床を突き破ってきた。
「ほう、私より水魔術が劣っている上で木の魔術を使ってきたか・・・。」
「少しでもバランスが崩れれば溢れた水を使用され危なかったがな。
だがこれで少しは純恋達の負担も減るだろう。」
木の枝や根が次々と向かってくる深き者ども達を持ち上げ頭から地面に叩きつけ、
鋭く動かした木の枝が首を跳ねていく。
(やるな・・・・。)
思っていた以上の善戦を見せる青さん達を見ているとすぐ近くを水のレーザーが飛んでいく。
「雑兵達がそんなに心配か?俺を止めない限り状況は変わらんぞ?」
純恋や青さん達が自分たちが戦えることを証明してくれた。
後は俺。こいつを叩かない限り無限に沸く深き者ども達の鋭い爪がみんなの首元へ届いてしまうだろう。
「・・・・・・・・・・・・。」
ダゴンが少しでも俺との戦いに気を取られ深き者ども達への指示がおろそかになるように
あえて奴が敷いた海の上まで降り立つ。
奴の本陣、狩場で戦うリスクはあるが
仕留めきるしかないこの状況では刃の届く範囲に身を置くことは間違いではないだろう。
こいつは俺の風の魔術を阻むことが出来る。
なら・・・阻めないほどの威力をこいつにぶつけるだけだ。
周りの空気を俺の支配下に置くと辺りが黒く染まっていく。
今までにないほど充実した魔力を体で感じつつ空気の弾をダゴンを体に放った。
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