第七十七話 陰陽師試験
思っていたよりか質素な会場で行われる陰陽師試験。
だが目の前にいる試験官たちはこの場に似合わないほどの大物たちだった。
「これから陰陽師試験を始める。試験官は・・・見ての通りだ。」
驚きのあまり緊張している俺の反応を見て楽しみながら伊達様は開始の合図を告げるが
なぜこの方々いるのだろうか気になりそれどころではない。
「伊達殿。これは陰陽師の試験だぞ。少しは畏まった挨拶をしないか。」
試験とは思えないほど適当な紹介を聞いて真剣な顔をしていた真田様が口を挟んだ。
「良いじゃないか。試験さえ行えれば。」
「君がそれを言う権利はない。
思いついたように推薦状を出し、立場の高い我々を呼んだかと思えば会場を抑えてないと言い出したり
何とか会場を用意したと思えば格式も何もないこのような場所だったり・・。」
この会場を用意したのは伊達様らしく先程の態度が
不満の溜まっていた真田様の癇に障ってしまったようだ。
「さっきからうるさいねぇ。こっちも忙しかったんだよ。
昔っから小言が多いから皺が深くなっていくんだよ。」
真田様の説教を耳を塞ぎながら嫌みで返す伊達様。
(俺は一体何を見ているんだ・・・?)
その嫌味を聞き逃すはずがなく言い争いに発展してしまうが
それを見た酒井様が大きなため息をついて俺の方を向く。
「龍穂君、此度はそこにいる伊達の推薦に答えてくれてありがとう。
本日試験官を務めるのは魔道省長官酒井忠家。
そしてそこにいるバカ二人、神道省式神課長伊達颯と武道省長官真田昌繁だ。」
人差し指の腹で机を軽く叩くと言い争いをしている二人の近くに
小さな水の球が出来て熱くなっている二人の顔にぶつかる。
「ぶっ!?」
「おい阿保共。久々の再会で嬉しいのは分かるがはしゃぎすぎだ。
伊達、真田の言う通りだ。推薦したお前が粛然とした態度を取らないでどうする。しっかりしろ。
真田、不満なのは分かるがこれから陰陽師試験の場で小言を言うとは何事だ。
お前は武道省の長なんだぞ。何時いかなる場所でも長としての振る舞いを
心掛けよと忠告したはずだぞ。」
酒井様は二人に厳しい注意をしたのちさらに大きなため息をついた。
頭を冷やされた二人は手ぬぐいやハンカチで顔を拭くと少し間を置いた後俺の方を向いて姿勢を正す。
「失礼した。これより、陰陽師試験を始める。」
不満そうな表情は残しつつもうまく切り替えて再度試験の開始の宣言を行う。
この切り替えの良さはいつもこうやって誰かに止められているのかもしれないと
思ってしまうほどだった。
「会場が質素ですまないね。
本来なら神道省内の道場で行うのが通例なんだが息子から聞いた国學館での活躍を聞いてね。
いち早く陰陽師にしたいと思って急いで推薦したんだけどさっき真田がいった通り
会場が抑えられなかったんだ。
だけど試験内容は変わらない。
三道省から選抜された課長以上各一名の審査官を全員認めさせれば合格だ。」
俺が中級の試験を受けた時には筆記と実技の両方があった。
過去の内容から対策が出来たのだが肝心の試験内容は当日に発表と書かれておりまともな対策も出来ず
参考になればと思い部屋に置いてあった神道上級の参考書を読んでみたがほぼ授業で行った内容であり
結局青さんとほぼいつも通りの鍛錬しかできなかった。
「これから実技であんたの実力を証明してもらうけど当然魔術の使用は禁止。
武術は多少なり使っていいけどあくまで審査対象は神術だ。」
俺の前に机が無いことから既に察していたが伊達さんの言いかたからどうやら模擬戦があるようだ。
だがこの狭い会場での模擬戦は神の力を借りるため
長い詠唱時間を求められる神術では不利な戦いを強いられるだろう。
式神を使っていなしながらの戦いが求められるが俺には青さんや木霊がいる。
筆記試験はよりかは何とかなるだろう。
「何か質問が無ければ始めるけどいいかい?」
「あの・・・実技の内容を教えていただくことは可能ですか?」
あえて内容を伏せているかもしれないが当日知らされると書いてあったので一応聞いてみる。
「実技は大きく分けて三つ。
一つは最後にやる模擬戦だ。君の実力を全てさらけ出して勝利を勝ち取れ。
残り二つは・・・今決める。」
今決める?そんなふざけたことが特級の試験が行われて良いのか?
心の中で思わず突っ込んだがまた先ほどのように酒井様がツッコミに入るなと視線を変えるが
伊達様の言葉を聞いても顔色一つ変えない。
「どれだけ知識があってもそれを扱える実力が無ければ意味が無い。
そして特級である陰陽師の仕事は日ノ本に大きな被害を及ぼす妖怪や神などが現れた際の対処になる。
どんな強大な力を前にしても柔軟に対応できる力を最低でも身に着けていなければならないからこそ
こうして試験の当日に受験者の目の前で決めることになってんのさ。」
三道省に所属している部隊は基本的に隊を組んで行動が原則だ
それは各々の短所を補いつつ長所を生かして戦えることや各個撃破をされることを避けるためという
理由だが特級を持つ者は一人で行動させることが多いと言う。
すさまじい実力ゆえに周りを巻き込んでしまうことがあるためだが
単独での行動は当然自分自身で迫りくる障害を全て解決しなければならないので
かなりの柔軟な対応力が必要になってくるだろう。
三人はどういった試験内容にしようか俺の目の前で相談し始める。
「式神課の長としては式神術を見せてもらいたいところだねぇ。
神道をどのように歩んできたか。その移し鏡が式神と言われているくらいだから
実力を見せてもらうには持って来いだよ。」
「お前はあの龍をもう一度見たいだけだろう・・・・。」
「だが伊達のいう事も一理ある。
単独の火力が高い魔術師とは違い陰陽師はたった一人で
部隊に匹敵するような戦力を有していなければならない。」
式神・・・か。
この三人は三道省合同会議の場で青さんを見ているのであまりインパクトはないだろう。
残るは人造式神である木霊だけだが認識阻害の術がかけられているので
三人にはただの木霊にしか見えない。
「決まりだね。上杉龍穂、お前の式神を見せておくれ。」
自信はないがここまで来たら俺の持っている力をそのまま出すだけだ。
そう決心して立ち上がり二人を呼び寄せると青さんはあの時と同じように
龍の姿で俺の守るように現れ黒い木霊は俺の近くをふわふわと浮かんでいた。
「相変わらずすごい気迫だな。それと・・・木霊か?」
酒井様が俺の式神達を興味深そうに眺める。
「式神の使役はこれ以上していないか?」
「はい。この二体です。」
やはり二体だけでは軍に等しい戦力と言えないのだろうか。
そんな不安が俺の心にジワリと広がっていく。
「ふむ・・・その龍の使役は何時から?」
「物心つく前から・・・です。」
「物心つく前・・・?実力で使役させたわけじゃないのか・・。」
さらに減点されるような言葉に不安がとうとう心を覆いつくした。
俯きながら手元にある資料に目を通している酒井様から続く質問はなく、俺の視線は他の二人に移る。
(・・・・・・・?)
どんな質問が来るのかびくびくしていると二人は青さんの方ではなく木霊をじっと見つめている。
そして何もしゃべることなく黙ってお互いの顔を見ると小さくうなずき合っていた。
「おい、お前達から何か聞くことはないのか?」
何もしゃべらない二人を見て酒井様が声を上げる。
「・・龍穂君。その木霊は何時頃から使役を?」
誰がどう見ても青さんの方が目に入るのにも関わらず木霊に関して質問がやってきた。
「えっと・・・兄からいただいた木霊で多分・・・幼稚園頃だったと思います。」
「・・・・・そうか。」
俺の返答を聞いた真田さんは目線を逸らしながら乾いた返事をするだけだった。
よく考えると自らの実力を認めさせての使役はない。
八海の山で妖怪退治を行っていた時に対峙対象の妖怪からそういった申し出は何度かされたが
承認して使役関係を結ぼうとすると何かに怯えてどこかへ逃げられてしまっていた。
(追いかけてでも使役すればよかったか・・・・?)
神道の特級でこの経験がないなんてありえないだろう。
今更後悔しても遅いが一度だけでもしておけばよかった。
「古来から伝わる力で屈服させての契約の経験はないようだけど
記憶のない頃から龍の使役が出来るほどの神力を持っているのなら問題ない。
後は高難易度の式神術を持っているかだが・・・神融和はできるかい?」
俺は頷いて青さんと神融和を行う。背中に翼が生え、肌に所々青い鱗が生えたいつも通りの神融和だ。
「いいね。神融和が出来れば一流の式神術を持っている証だ。
それに体に現れている式神の特徴が丁度半々。
式神より実力が劣っているか神融和が半端な奴だと体に式神の特徴が多く出る。
神融和が出来るだけで自慢する奴が多いがそう言う奴に限って半端者が多いんだよねぇ。」
神融和をし始めたころは龍の鱗が体を覆っていたが
青さんとの鍛錬のおかげで完壁な神融和を行うことが出来るようになった。
「龍との神融和か。久々に見たな。伊達、お前以来だ。」
「私は何人か見たことあるけどここまで完璧な神融和は私以外で見るのは初めてだね。
伝説の生き物である龍と深い信頼関係を築ける者は少ない。いい使い手だよ。」
青さんとの神融和で一気に好感度を上げられて心の不安が吹っ飛んでいった。
「式神術はいいね。じゃあ次に行こうか。」
「神力がかなり豊富の様だな。それにこの年で極めて高い式神術を持っているのはかなり期待できる。
ここはどうだろう。シンプルだが神通術を見て見ないか?」
招来術か。一番不安な所を突かれた。
「シンプルだからこそこれも実力が浮き彫りになる。特にこの日ノ本じゃね。」
八百万の神が住むこの日ノ本では神通術で呼び出せる神の種類も豊富。
人の思いで宿った付喪神から数多くいる神の始祖ともいえる伊邪那美、伊邪那岐まで。
あまりに強大な神を現世に呼ぶのは一人では難しいが理論上呼び出すことはできる。
数が多いからこそその者が使う神通術で実力が丸わかりであり陰陽師の試験に打ってつけの課題だ。
「自ら進言するとは酒井殿は龍穂君に相当期待しているようだ。」
「魔道省の務めではあるがどの分野であっても才能ある若者を見ると心躍るものよ。」
「・・そうだね。じゃあ龍穂、お前のとびっきりの神通術を見せておくれ。」
国學館で習った術はいくつかあるが使い慣れていないのかあまり威力が出ず
実戦でも使う機会はあまりなかった。
中級試験の経験や軽く見た上級の本の内容から神通術は必ず来ると思い青さんに相談したが
「別にええじゃろ。」
漫画を読みながら軽くあしらわれてしまった。
流石にやっておかなければまずいと説得しても一向に話を聞かない青さんだったが
「いつもより丁寧にやれ。
お前は全てが実戦基準になっておるから相手に見せる事を意識しながらゆっくりとやれば大丈夫じゃ。」
たった一つのアドバイスだけはもらっていた。
「では・・・・・。」
勢いよく両手を合わせ、音を鳴らして祝詞を唱え始める
いつもより大きく口を開きながら一つ一つの単語をゆっくりと唱え、体に神力を込めていく。
「・・・諏訪ノ龍神。」
いつも使っている神術。水でできた龍神を呼び出し三人に見せるため自分の前に浮かせる。
「へぇ・・・国津神を呼び出すかい。」
三人は諏訪の龍神に視線が集まる。先程の式神術の最初の視線とは大違いだ。
「建御名方神か。水であるのに鱗がしっかり見えるほどの繊細な神通術、その大きさも申し分ない。」
「まるで芸術作品だな・・・・。」
最近使っていなかったが神力の向上が神通術に繋がっており
いつもより繊細に作り上げられた龍はまるで彫刻のような美しさを持っていた。
「国津神は本来上級複数人で唱える高等神通術だ。
それを一人で唱えられるのは陰陽師にふさわしいと言えるね。」
一人だとどうしても詠唱に時間がかかってしまうため
実戦の中では二人での詠唱を主に使ってきたが始めて青さんに教わった神通術であり
幼い身にそんなことをを教えるなんてとんでもないことだと思い知る。
「他にも使える術はあるかい?」
「はい。」
もう一度祝詞を唱え、青さんが得意な神通術を唱える。
「大屋津姫命。」
詠唱を終えると木でできた床が変形し女性の姿へと変わる。
純恋達との戦いで青さんと楓が使った木の神様である大屋津姫命を呼び出した。
「交流試合で見た奴か。
確かあの時は式神の龍と従者が使っていたがこれも使えるとは驚きだ。」
「ふむ・・・十分だね。」
伊達様は俺の神通術になってくしてくれたようで手元の資料を机に置いてこちらを見る。
「こちらも合格だ。陰陽師として活躍するには十分な技術を要しているね。
一応確認だが・・・天津神を呼び出すことはできるのかい?」
高天原にいた神々である天津神は日ノ本の中でも特に高い実力を持つ神と知られている。
「私単体では無理ですが・・・式神である青さんと共にであれば呼び出すことは出来ます。」
見せましょうかと言おうとしたが俺の答えを聞いた三人は唖然としている。
「・・聞いていた以上の大物だな。」
酒井様が俺の方をじっと見ながらつぶやいた。
「まあ二つ目も合格だ。最後の模擬戦だが・・・。」
伊達様が真田様の方を見ると先程案内してくれたおかっぱの人が腰に得物を差してこちらにやってくる。
「あの子が相手だ。
まだ十五歳と若いが武道特級である武術師の資格を得ているかなりの実力者だよ。」
先ほどまでは何も感じなかったが刀を抜いた瞬間身にまとう気迫が変わっていく。
千仞である二人が身にまとっていたおぞましい気迫が黒だとしたら彼女が纏うのは白。
磨かれた実力によって研ぎ澄まされた気迫は手練れだという事をまざまざと感じさせた。
「よろしくお願いします。」
刀を構えて俺の前に立つ。
狭い会場でこれだけ距離を詰められれば流石に武術を得意とする彼女が有利だ。
だがやるしかない状況に後ろにある椅子を軽く投げて刀を取りだし腰に差す。
「やる気十分だ。いいねぇ。」
伊達様が両手を目の前に開く。
「最終種目を始めるよ!用意・・・始め!」
手を叩いた音が聞こえると一気に踏み込んでくる。強者との模擬戦が始まった。
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