第七十六話 綱秀の覚悟
土曜日の朝、千夏さん達と共に皇學館大學へ向かう道中。
「いい天気ですね。いいお散歩日和です。」
千夏さんの他にも純恋、桃子、楓、そして綱秀の姿があった。
「ええ、そうですね。」
いつもの四人は陰陽師試験の見送りと俺と一緒に
謙太郎さんのお父さんの話しを聞くために来てもらっている。
「・・・・・・・・。」
だが綱秀だけは別用事で一緒に来ていた。
涼音の身柄受け取りのために神道省に足を運ぶためだ。
「・・綱秀、本当に涼音帰ってくるんか?」
涼音がトーンを下げて綱秀に尋ねる。
昨日のホームルームで毛利先生が涼音が帰ってくることを伝えた時、
純恋と桃子は驚きの声を上げていた。
「本来であれば平将通と同等の罪に問われてもおかしくありませんが彼女は平将通の情報を吐き、
襲撃が起きた際に自ら非常ベルを鳴らすなど行動により厳重注意まで罪を減らしました。
在学中の生徒達や彼女自身の事も考え別の学校への転校も考えましたが
平将通の仲間から狙われる可能性がある事や彼女自身が国學館東京校への復帰を望んだため
こちらで身柄を受け取りが決定されました。」
監視は教師や寮長であるアルさんが行うと言っていた。
今回の襲撃で日ノ本最上級の実力で活躍を見せた先生方なら監視は大丈夫だろうが・・・・。
「・・・・ああ。」
平将通を引き入れたという事実は全生徒が認知している。
あれだけの騒動を手引きした張本人と改めて良い関係を築こうとする生徒は現れないだろう。
下手をすればまたいじめが起こる可能性さえある。
そんなことは戻ってくる涼音が一番分かっているはずだがそれでもここに戻ってくることを選んだ。
「俺がしっかり面倒を見る。これ以上悪さをさせない。
戻ってきたあいつが何か怪しい行動を取ることがあった俺のすぐ連絡をくれ。」
選んだ理由は当然綱秀であり本人もそれを理解していて涼音の全てを背負うつもりでいる。
「・・・・・・大丈夫か?」
俺は綱秀が背負いきれずに潰れてしまわないか思わず心配の声をかけてしまう。
俺の一族の使命を説明した後、綱秀も背負う一族の呪いの事を聞いた。
何者かわからないが北条家の家督やそれを継ぐ長男が突然金縛りにあい、
夜な夜な枕元に男が立ち何かを伝えてくるという話だった。
それだけ聞けば害のない呪いに聞こえるが神力が低い者が呪われると
不審死に見舞われると言う祟りであり今まで何人犠牲者を出しているらしい。
「大丈夫だ。」
綱秀は力強く答える。
呪いとは永続的に術に掛けると言う神術であり多くの場合特定の人物に遺恨があり使用される術だ。
難解な術であるが呪いを求める人が後を絶たないことから
日ノ本ではあらゆる呪いを禁術に指定されている。
この呪いが厄介な点はその長さから考えて怨霊が呪いをかけている所にある。
生きている人間の祟りであれば解呪の方法を聞き出したり最終手段として命を絶つことで解呪が可能だ。
だが怨霊、亡くなる前に非常に強い心残りがある人間が肉体から離れた魂を現世に縛り付け
霊体が呪いを永続させていることで非常に多くの被害者を出してしまう恐れがある。
そして霊体が呪いを発動している場合、自らの魂に術式を刻んでいるのが主なので
解呪=怨霊の成仏となる。
成仏とは陰陽の心残りを解消することだが強い遺恨を残す怨霊が望む内容自体が
多大なる被害を出すこともありどちらを取るか選ぶ必要が出てきてしまう。
そしてそれ以上に厄介なのが綱秀が日ノ本でも有数な神社出身であることだ。
神主は自らが務める神の奉る事が主な仕事だがそれ以外にも除霊などもある。
日ノ本で有数の神社が怨霊にたたられ長年除霊が出来ていないと周りに伝われば
神社の格が落ちてしまうだろう。
どうしても内々で解決せざるおえないが怨霊が望むことさえ分からないと言う
最悪の事態に陥っていると綱秀は言っていた。
その怨霊の除霊が北条家の使命の一つであり俺と同等と言える重い使命を背負った綱秀は
さらに涼音の事を背負うのは友達として正直心配になる。
「・・・・・・・・・・・・」
横目で綱秀の顔を見ると目の下にはうっすらと隈が出来ている
少し前にいつも朝に強かった綱秀が欠伸を繰り返していたのは
その怨霊が枕元で何かを呟いていたからだろう。
鎌倉に実習に行った帰りに実家にいる父親に相談して応急処置をしてもらった後から無くなったと
聞いたのでこの隈は涼音の事を思って出来たものだ。
他人の心配をしている場合じゃないのは分かっているがどうしても心配だ。
だが涼音の事を警戒しないでくれと涼音たちにお願いしても怒られるだけなのは理解している。
密かにフォローはしていきたいと思っているがこれからの涼音の態度と綱秀の努力で
周りからの信頼を得るしかない。
「・・俺はここまでだ。」
綱秀はバス停の所で立ち止まる。
「一人で大丈夫なんか?」
「先に毛利先生が行ってくれている。
手続きを済まして俺に引き渡してくれる予定だ。」
桃子の問いに綱秀は答えると深々と頭を下げる。
「疑ってくれて構わない。みんなの気持ちも分かっている。
俺が涼音を改心させる。だからその時は・・・いつも通りの同級生として接してやってくれ。」
全てを受け入れた上で綱秀は頭を下げた。
なぜそこまでするのかわからないといった顔を楓はしているが
この一年と数か月、二人が過ごしてきた濃密な時間が綱秀の頭を下げさせているのだろう。
「・・・・・分かった。」
俺は綱秀の申し出に答える。
ここにいるみんなが異議を唱える理由は俺がいるからだ。
皆が俺と戦うと思ってくれているからこそここまで警戒し、疑ってくれている。
「龍穂さん・・・。」
楓が俺の答えに驚きながらこちらを見てくる。
「昨日話しただろ?綱秀の尋問から俺は涼音自身がこの襲撃に対する葛藤があると感じた。
その気持ちがあるのなら涼音は改心できると思う。当然綱秀が近くにいる前提での話だけどな。」
これが俺にできる精一杯のフォローだ。
一度敵対行動をとった涼音が俺の近くにいること自体嫌がる人もいるだろうが
綱秀が近くにいれば大丈夫だろう。
「同じ教室に涼音がいる状態を楓は嫌かもしれないが例え襲われても純恋や桃子もいる。
それに綱秀があの襲撃以上の出来事が起きる前に未然に防ぐ。そうだよな?」
綱秀は大きく頷く。
不満そうな顔をした楓だが従者である俺の意見飲み込んでくれたのかこれ以上の反論は出なかった。
「まあ・・・わかったわ。」
純恋と桃子も納得してくれた。
「千夏さんはいかがですか?」
「それでいいと思います。ですが一応念を押させていただきますね?」
終始笑顔を保っている千夏さんは表情を変えずに声のトーンを一段落として綱秀に言葉を突きつける。
「綱秀君が必死に涼音さんを守る気持ちは分かりました。
ですが私達が龍穂君を守りたい気持ちは同等、それ以上と言っても過言ではありません。
次このような事を起こしたとき、その時は身柄を拘束することはありません。
確実に首を跳ね落とさせていただきますのでそれだけは重々理解してくださいね?」
千夏さんの言葉に周りの空気がより一層冷たくなる。
笑顔の中の瞳は一切笑っておらず千夏さんが本気なのは誰が見ても明らかだった。
「分かっています。涼音に同じことを伝えようと思っていましたしその時は俺も自分で首を跳ねる。
そう話しておきます。」
千夏さんの忠告を飲み込んだうえで自らの覚悟を上乗せしてきた。
その覚悟が千夏さんを納得させ分かりましたと先ほどと同じ様な笑顔に戻った。
綱秀を見送り皇學館に向かっている途中、千夏さんが歩いている俺の横に並んでくる。
「龍穂君。ご友人として綱秀君の事を思うのは非常に良いことだと思いますが
先程のようなことは一度私達に確認を取ってからにしていただきたいです。」
笑顔ではなく真剣な顔での忠告だった。
「楓さんの態度を見てお分かりだとは思いますが私達は龍穂君が心配なんです。
あなたを守るため、共に戦いたいと真に思っていますからその足取りを合わせることは大切です。」
皆の視線が俺に集まっている。千夏さんの意見に賛同しているんだ。
「あなたは私達の長であり、リーダーなのですから
何かを決定する際は一度辺りを見渡してからでお願いしますね?」
俺の決定はこの場にいる全員に影響を及ぼす。
だからこそ慎重に決めなければならないと千夏さんの言葉を聞いて考えを改める。
「・・分かりました。」
もう一人の命ではない・・・は言いすぎだが一蓮托生であることには違いない。
綱秀のように俺の背中に乗っているものを再確認し歩みを進めた。
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国學館と皇學館大學の距離は近く歩いて行けるほど距離だ。
「でっかいな・・・・・。」
国學館もかなり大きな部類に入るが皇學館大學はそれ以上に校舎が大きく何棟もそびえ立っている。
「神道、魔道、武道専用の校舎が立てられていて
そこからさらに細分化された科目がいくつもありますからこのように校舎が大きいのですよ。」
千夏さんが説明をしてくれる。
土曜日という事もあって生徒の数は少ないが国學館と同じように国の将来を担う未来のエリート達だ。
「私は何度か来たことがあります。ですので会場にご案内しますよ。」
会場は神道棟の多目的ホール。
慣れない場所に目移りしながら移動しているとすぐにたどり着いた。
「あそこですね。」
会場の扉にはスーツ姿の方が立っている。
背は少し低めのおかっぱ姿だが顔が中性的であり性別の区別が付かなかった。
「あの、すみません。」
無表情で扉に前に立っている所に声をかける。
「・・陰陽師試験を受ける上杉龍穂様ですね?」
手元に名前などを確認する資料はない。全てを把握しているのだろう。
「そうです。」
スーツに付けているバッチは武道省の物だ。
てっきり神道省のみで試験を行うと思っていたが特級の試験とあって三道省総出の試験の様だ。
「お待ちしておりました。従者やその他観覧などは認めておりません。
後ろにいる方は外でお待ちください。」
伊達さんにもらった便箋にも同じ事柄が書いてあった。
千夏さん達にはそれを承知の上で付いてきてもらっているので心配はない。
「こちらへどうぞ。」
扉を開いてくれて中に入る。
声も中性的な低めの声でありまだ性別の判断が付かない。
いや、別にどうでもいいことなんだが・・・・。
(・・・気を引き締めろ。)
陰陽師の試験を目の前に何を考えているんだと頬を叩く。
後ろから純恋達の応援の声が聞こえるが扉が閉じるとともに届かなくなった。
大きく開けた会場には試験官用の机と椅子が三つ並んでおり
その対面に俺が座ると思われる椅子が置いてある。
「ただいま試験官をお呼びします。おかけになって少々お待ちください。」
そう言うとおかっぱの人は奥の別室に入っていく。
緊張はしておらず自然体で試験開始を待つが学校で使われる折り畳みの机にパイプ椅子が置かれている。
実技もあると聞いていたがこの多目的ホールは運動が出来るような設計になっていない。
神道特級である陰陽師の試験にしては質素と言えるだろう。
(実技は別会場か・・・・・?)
色々勘ぐっていると扉が開く音が聞こえ背筋を伸ばす。
おかっぱの人に連れられてきたのは俺に推薦状を出した神道省式神課課長である伊達様。
魔道省長官酒井様。そして武道省長官である真田様だ。
「よく来てくれたね。」
三人はそれぞれ席に着くが思っていた以上の大物が現れて流石に体に緊張が走る。
神道の最上級とはいえ忙しい長官がわざわざ試験官として会場に来るなんてことはあり得るのだろうか?
「さて、始めようか。」
状況が飲み込めないまま試験が始まろうとしている。
そんな俺を見て伊達様が小さく鼻を鳴らしながらにやついた。
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