第五百六十八話 曼荼羅
「・・察したか。」
退くのを止め、明確な攻勢を見せた俺達を見た忠行の視線がこちらを捕らえる。
その言葉は俺の予想が間違っていない事を証明していた。
ミネルウァと梟が襲い掛かるが、奴は涼しい顔をしている。
「押し返す。手伝ってくれ。」
まずは俺達がまだ戦えることを示さなければならない。それには・・・全員の力がいる。
「春の女神!!!」
人数が減った事実は変わらない。そこでミネルウァと梟以外にもさらなる援軍が
必要だと春の女神であるマイアを作り上げる。
古代ローマ時代の春の祭りであるメーデー。それは春の神であるマイアを祝うための祭りであり
それほどの強い力を持つ神。これは俺が作り出した神であり、その恩恵はさほどではないが
凄まじい風と破壊の花びらが忠行に向かって咲き乱れる。
「ようやくか。だが、もう遅い。」
ミネルウァと梟はその花びらに動きを合わせ突っ込んでいく。
そして俺のすぐ隣には大きな太陽が浮かび上がり、ゆっくりと忠行に向けて動き始めた。
「日天道!!!」
まずは押し返す。攻勢の動きを見せつつ、時間稼ぎが出来ればいい。
深海の水の供給を失いかけている奴は時間を使われれば使われるほど不利になる。
奴がしたかった時間稼ぎを今度は俺達がしなければならない。
そして・・・その攻防で生まれた隙を突き、奴を追い込めれば最善。
今までそれが出来てこなかった実状を跳ねのけなければならない
「この好機を逃すわけにはいかん。ここは押し込ませてもらうぞ。」
忠行は触手をこちらに向けては来ず、まるで扇の様に大きく展開する。
これまで見せてこなかった動きだが・・・これはマズいと直感が報せてくる。
「阿頼耶識曼荼羅(あらやしきまんだら。)」
触手が蠢き、形を変えていく。口だけではなく体が姿を現し一斉に詠唱を始める。
一定の感覚で並ぶその姿は密教に伝わる曼荼羅。そして一斉に放たれた術式達が
迫る太陽に向けて向かっていく。触れる所か近づくだけで消えていくほどの熱を持つ太陽だが、
折り重ねられた術式達は光り輝く星の中核へとたどり着く。
「座興終わりだ。ここまで場を整えてやっても影さえ出さない奴には
見せてやる必要がある。」
決して全力を出していなかった訳ではなく、立ち回りを緩めていたと思いたい。
だが、付け入れる隙が無くなるのはマズい。
「くっ・・・・・!!!」
純恋に攻撃を集中させるだけではなく、俺たち全員に攻撃を向けた範囲攻撃。
これでは押し込む所か、まともに進めない。むしろ押し込まれると判断し
六壬式盤に線を引き、援護の出来ない距離にいる味方の前に黒い壁を作り上げる。
(これしか・・・・・!!!)
視界を防ぐ壁だ。後ろにいる味方は前に上がれない。
まずはあの曼荼羅をどうにかしなければ味方さえ生かすことができない。
「・・ヴァルプルギスの夜!!!」
せっかく出したマイアもこのまま押し込まれてしまう。そんなことになるのなら
その力を使い、攻勢に出るほうがマシ。マイアの体を使い、辺り一面に黒い炎をまき散らす。
メーデーの前日の夜。魔女によるサバトが行われいたとされる呪われた夜。
その名の元を持つ聖人を祝う夜であり、篝火や香を焚くことで悪霊や魔女を退散させると
される夜であり、北欧や中欧では至る所で暖かな灯が見られる。
そして一説では北欧神話の主神であるオーディンがルーン文字を生むため、
世界樹に逆さづりになり自らを得物であるグングニルで貫き死と再生をを行った日と
関係があるとされている。
咲き乱れていた花びらは触れた触手を蝕むように破壊していたが、未だ強く残る
再生力の前にほぼ意味を成していなかった。
だが花びらが炎に変わると状況が一変する。黒い炎は変わらず奴の体を破壊していくが、
未だ黄泉に行くことのできない子孫達の体を炎が灯り、再生に向かわせようと燃え上がる。
『・・面白いな。』
曼荼羅とは仏教の宇宙観を表した図像であり、輪廻転生も当然その中に含まれる。
だが子孫達は輪廻どころか魂が現世に囚われており、そもそも曼荼羅とはかけ離れた
存在達。それを破壊の炎で燃やし再生へと導こうとする姿にハスターは興味をそそられたの
かもしれない。
「・・・・・嫌みか?」
忠行は俺に向かって何かを伝えようと口を開くが、炎に身を焦がされている子孫達の
悲鳴の束によってかき消される。神経を刺激し続ける炎の痛みに耐えきれない子孫達の悲鳴。
あれは忠行の能力で出てきた姿であり、神経を刺激されているのは忠行本人。
では何故あのように悲鳴を上げているのか。一つの仮説が立てられる。
「魂か・・・・・。」
ヴァルプルギスの夜の炎は破壊と再生を模している。それは輪廻転生と通ずる部分があり、
循環を否定する存在である奴らの魂があの炎を否定しているのかもしれない。
「・・あのような悲鳴を上げるなら、早く楽になればいいのに。」
一時的だが奴の曼荼羅の攻勢を止めることが出来た。この隙に攻め入ると再び
ミネルウァと梟を向け、その後に続こうとしたその時。近くで千夏さんの声が聞こえてくる。
「どうしましたか?」
壁の中にいた千夏さんがわざわざ最前線に来るのは必ず理由がある。
俺は視線を奴に向けながら何があったのかと尋ねる。
「一応、耳に入れておこうと思いまして。」
一応・・・か。こういった前置きをする場合、今から得る情報は目の前の事態において
対して有効ではないのだろう。だが、それでも耳に入れておきたい理由は
この先において必ず役に立つ。
「・・手短に。」
「ちーからの情報です。家系図に光らなくなった名前が出たと。
察してはいるでしょうが、我々が倒したあの肉の塊の中に入っていた子孫で間違いかと。」
その数は少ない。まだ奴の体には多くの子孫が残されている。
語らずとも、目の前で悲鳴を上げている姿はそれを俺達に報せてくれている。
「・・・・・ちーさんに一つ、頼みごとがあります。」
分かり切った情報だ。だが、あえてこの場に来たという事はそれだけの価値があると
千夏さんは判断したのだろう。そしてそれは的を得ており、後方にいるからこそ出来る頼みを
伝える。
「何でもいい。家系図に法則性が無いか確認して欲しいんです。」
悲鳴を上げる子孫達。その中には必死に火を消そうと試みる者もいれば、
まるで破壊を望んでいる様な者も姿も見える。
「・・承知しました。」
些細な違いかもしれないが、その違いは大きい。先ほど戦ったしっかりとこちらを向いていた
奴とそうでない者の違いが魂が入っているのと入っていないではないのなら、
それはこの先の戦いを大きく作用するかもしれない。
俺の頼みを聞いた千夏さんは少し後ろにいる純恋や桃子達に合流し、ちーさんに連絡を取る。
あの家系図は何かしらの条件下で子孫達の名を光らせる。
特殊な墨で書きこまれていたが、恐らく奴の魂の契約に絡んでいるはずだ。
「お待たせしました。」
俺の両隣に楓と陽菜が戻ってくる。現在奴の元に踏み込めるのは俺を含めたこの三人ぐらいだ。
桃子も行けるだろうが、すぐ近くにいる純恋と千夏さんを守ってもらう必要がある。
「少なくなったものだな。」
残された戦力。いつもの四人と木下、火嶽。他の全員は戦場を離脱せざるおえない状況。
「・・ああ。」
未だ悲鳴を上げている子孫達。曼荼羅は一時的に昨日を失っており、攻め込む好機。
攻め手に欠けるのなら、俺が何とかするしかない。
心に残る不安を払いのけるため、三人で攻めあがった。
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