第四百九十二話 神だけの国
兼兄と共に相対した賀茂忠行。奴の体がクトゥルフに変わっていく。
人間とは程遠い。そして・・・・・肉の塊が水膨れで膨れ上がった姿は
神とは程遠い姿でもある。
「・・神の国を作る。それがわしの願い。」
化け物が語る。自らの野望。
「貴様らは分らんだろう。長きに渡る陰陽の道の果てが・・・地獄だったことを。」
肉の塊となった日ノ本における陰陽の祖。
闇に落ちたが、これほどまでに長き道を歩いてきた者はいない。
「陰陽。人と言う下等生物が神に近づくための道。
西洋から運ばれてきた魔術という人の力のみで扱う愚かな技も、突き詰めれば
神の力にたどり着く。」
国學館で兼兄から受けた授業でも聞いた魔術の果て。
人が神と同等の力を扱えるとはあまりに規模が大きい話しであり、
当時は本当なのかと疑ったほどだが、今の俺であれば理解できる。
「これがどういうことか・・・分かるか?」
忠行の問いに、俺は答えられない。神術と魔術の違いを指しているのか、
それとも他の何かを尋ねているのか。あまりに抽象的な問いは頭を動かしてすらくれない。
「分からん様だな。陰陽道も、魔道も。結局は神の模倣でしかない。
神を追い、神に近づこうとした人間が生み出した愚かな策。
長きに渡り道を歩んできたわしにはその愚かさが身に染みて理解できる。」
「・・・・・どこが愚かなんだよ。」
元は人間の身である忠行の言葉は、俺の心を少しも動かすことは無い。
「愚かであろう。決して追いつかぬと理解てもなお、必死に縋る。
そのような醜い生物など、この地球には必要ない。
真に必要なのは・・・力だ。何者も寄せ付けることの無い圧倒的な力を持つ神々が
この星を支配する。愚かな生物など、ただ神の前に跪くだけよい。」
・・なんだ。長く生き長らえた忠行にはその執念に似合う信念があると思っていたが、
その心にあったのは放たれた言葉同様、醜く腐り果てた欲望のみ。
「くだらねぇ・・・・。」
今まで戦ってきた者達。命を削り合う中で大なり小なり敬意を持てた。
敬意とは信念。俺達に何かを預けようとする者。悪意や善意を貫いてきた者達。
その信念は、俺に少なからず影響を及ぼした。
「・・何?」
「くだらねえって言ってんだよ。自らの子孫を貪り、生き長らえた奴が
こんな欲望の塊だったなんてな。」
神を国を作ると豪語してたが、結局は自らに都合の良い場所を作り上げたいだけ。
そんな奴にご先祖様が貪られていた事実に、俺はひどく落胆する。
「勝手に地球の代弁者を名乗りやがって・・・。
長い道のりを歩んだ結末がただの妄想にすがる事なのか?」
兼兄の隣に立つ少女が口元を隠しながらくすりと笑う。
時代にそぐわない装束とその身に宿した神力は、兼兄の式神であると俺に知らせている。
「そんな奴に・・・俺は負けねぇよ!!!」
奴の妄想を打ち砕くため、悪魔の尻尾を作り上げ
奴の頭上から押しつぶしにかかる。形を変える肉をすり潰し、全てを終わらせようと試みる。
ルルイエを破壊した風の隕石は忠行の頭上を捕らえ、後は押し込んでいくだけ。
「・・・・・・・・。」
押し込めない。神力で作り上げた島一つ破壊する隕石が・・・・・ピタリと止まってしまう。
醜い肉の塊が隕石を止められるはずがない。
「・・・・・やはり、分かっていないな。」
隕石の勢いで舞った砂煙の中。忠行の声が俺の耳に届く。
「お主もだ、瀬織津姫。わしは決して神という存在になりたい訳ではない。
神に憧れ、神として生きることを望んでいるわけではない。」
一つ。砂煙の中から打たれた横手。その瞬間、風の塊の操作が失われ辺りにまき散らされる。
すさまじい風は砂煙を晴らしていくが、中にいた忠行には傷一つ付いていない。
「人間という存在が憎いのだ。人間とはあまりに愚かで、価値の無い生物。
瀬織津姫は共に依存した存在と言っていたな?確かにその命運は免れん。
信仰が無ければ神は認知されない。だがな、それを理解した人間が犯した罪の数々を、
わしは忘れておらん。」
瀬織津姫・・・。聞いたことの無い名前だ。俺が来る前に忠行と何か会話を交わして様な
口ぶりだが、それを今更言い返すつもりだ。
「信仰を餌に我が物顔で神を扱い、必要がなくなれば放置し妖とさせる。
神の姿であれば使役は困難だが、信仰という力を失った妖の力はたかが知れている。
それを力づくで調伏し、式神として力の誇示の道具として扱う。
そなたの言う通り神と人は寄り添い合わなければならん。だが、その関係を断ったのは
人間の方なのだ。」
現代の様に調伏等に決まり事が無かった平安時代では、強引な調伏を行う事も容易。
神を力の誇示に使う事だけを考えた奴らが数多くいた事ぐらい、俺でも想像できる。
「お前も戦っただろう。晴明も同じ類の下衆だ。
何が十二天将だ。奴らの京を守らせただけで英雄と持て離されただけの木偶だあやつは。
仕えると思い蘇らせたはいいが・・・足止め一つ出来ん。」
人間への恨みつらみ。それは弟子である晴明にまで及ぶ。
確かに・・・・・神を道具として扱う奴もいるだろう。
「・・・・・分かっていないな。」
未だ姿の見えない忠行に言い返す。晴明と式神達。その関係性を見れば
神と人間の関係性について思い違いをしている事などはっきりとわかる。
「安倍晴明と十二天将達は確かな絆で結ばれていたよ。
神と奴隷なんて関係性ではまったくない。対等な友人として晴明に手を貸していた。」
まき散らされた風を再度集め、大きな黒い槍を作り出し再度砂煙に向けて撃ち放つ。
かの聖人が処刑された際、死を確認するために使われた聖槍。
運命の槍を模した神殺しの槍は、視界の阻む砂煙の中で
鈍い音を立てながら突き刺さる。
「アンタ、弱かったんだろ?式神と対等な関係を築けなかった。
強い式神を従える事が出来ず、弱い式神だけ従えた。
それでは当時の京など守れやしない。アンタは弟子に嫉妬したんだな?」
当時の平安京という広い都市を守り切るのは人間だけでは不可能。
強大な力を持つ十二天将とそれらと対応に渡り合い、その全員と使役関係のある安倍晴明という
圧倒的カリスマとブランド力が都市に住む貴族達を守っていた。
「アンタの言う愚かな人間を弟子として利用した結果。それ以上の化け物になってしまった。
自らが担えなかった京の守護を担い、しかも神達と対等な関係さえも築いている。
人と神のあるべき姿・・・・・。共に支え合い、ついには名声まで勝ち取る姿は
アンタにしてみれば光り輝いていたんだろうな。」
突き刺さった槍を、命に届かせるために深く押し込んでいく。
分かっていないのは忠行。いや、分かるはずがないのだろう。信頼を築けない者には
晴明という英雄の気持ちなど分かるはずがないだから。
「だから宇宙の神の力を借りた。自らの血を引く者を喰らい、命を長引かせた。
あの時、成れなかった英雄にでもなるつもりなのか?」
奴が俺の命を奪った理由が嫉妬であるなら、俺は許せない。
仙蔵さんが、平さんが、そして・・・泰兄が。
今まで犠牲になった来た人達がそんな小さな感情によって命を絶たれた事実は、
俺には到底受け入れられない。
「好き勝手言いおって・・・。」
晴れてきた砂煙の中。変わり果てた奴の姿が視界に映し出される。
なんと・・・おどろおどろしい姿だろうか。
蛸・・・いや、地球上の生物などに例えられるほど、常識の範囲内の姿ではない。
「わしの心中・・・そしてこれまでの道のり。その全てをそれらを貴様ら程度の知能で
語るなど不可能だ。高潔であり、そして冒涜的なまでの信念・・・。
その重みをいくら語ろうとも、真髄などに到達するなど思うな!!!」
血の通っているのかいないのか。そんな事さえ分からないほどの酷く醜い青白い肌。
そんな肌に包まれた巨体と何本もの触手。
「これで最後だ・・・!!貴様らを討ち果たせば我にたてつく者など出てこない・・・!!!
貴様らのような人間が二度と現れない神の国の礎としてやろうぞ!!!!」
怒り狂う賀茂忠行。いや、クトゥルフ。千何百年と歩んで来た道のりを否定された事に
激高した。
「・・やってみろよ。」
どれだけ醜い歩みであっても、その道のりで積み上げた時間は重みを与える。
重みとは誇り。それを侮辱されたと思った忠行が激高するのは当たり前かもしれない。
体に付き刺さったロンギヌスを触手で掴み引き抜きこちらに投げ返してくる。
俺はそれを空気操作で受け止めると、俺の周りに漂わせて奴へと踏み込んだ。
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