猫神
歩き始めて1ヶ月、ひたすら歩く。
就活もしなくてはならないが、今はやる気がまったく起きない。
社会は慌ただしく、時間は確実に過ぎていく
それにも関わらず俺は1人立ち止まっている。
こんな事をしても無意味だと思いながらも俺はウォーキングを続けている。
「あ…」
歩き始めて1ヶ月、俺は神社の前で立ち止まった。
いつものなぜか神社にいけないか、いつの間にか通り過ぎてしまうのに。
「入るか…」
本当に1ヶ月ぶり。
思えばよく歩いたものだ。
「……」
俺が入ろうとすると鳥居のど真ん中で猫が寝そべってこちらをじぃーと見ている。
見た感じ汚くもないし比較的温和な顔つきをしているのでどこかの飼い猫なのだろうが、鳥居の真ん中にいられては入れない。
「えーと…」
俺が近づいても猫はじぃーとこっちを見ている。
俺は猫の横を通って神社に入った。
「……」
鳥居を越えて後ろを振り向くと寝ていた猫はまだこちらを見ている。
「一体何なんだ…」
そう思いながら境内の中に進ん…だ俺はギョッとした。
あっちにも猫、こっちにも猫、社の前にも猫、横にも猫、猫、猫、猫だ。
鳥居の猫に気が向いていて気づかなかったが、狭い境内に10匹近くの猫がたむろしている。
「これは…」
俺が猫たちを見ていると若い女の子の声がした。
「誰にゃ、お前は?」
「え?」
見ると1匹の寝そべっている猫だ。
「喋ってる?」
「喋ってるにゃ」
「なんで?」
「喋るから喋れるにゃ」
「もしかして神様?」
「よく分かったにゃ」
狸や蛇の神様がいるなら猫もいるだろう。
本来なら異常な事態だが俺は既に慣れていた。
「えっと…狸神さんは?」
「今日はいないにゃ」
「あ、そうなんだ…」
狸神の少女と喋るのは嫌いではない。
むしろいない事にがっかりしている。
「何にゃ?、お前は?」
「あ…俺は狸神さんとか狐の巫女さんとか知ってるただの人間です」
「そうか、それで何の用にゃ?」
「あ…と少し立ち寄っただけで…」
「なるほど、厄介な時に来たのにゃ」
「厄介な時?」
「今日はここは妖界と繋がってるにゃ」
「妖界?」
確か以前聞いた事があった。
あれは幽霊の時だったか?。
この神社は時々いろんな世界と繋がる事があるとか何とか。
それで妖界とは『あやかし』の世界だった筈だ。
「あやかしですか?」
「そうにゃ、お前は物知りだにゃん」
「いえ…以前狸神さんに教えてもらいました」
教えてもらったのは確か狸神だったはず…いや白蛇神だったか?。
まぁ、どちらでもいい。
「そうか、ならば早々に立ち去るにゃ」
「あやかし…て具体的には何ですか?」
「妖怪にゃ、ここに現れるのは主に旧鼠の妖怪だにゃん」
「旧鼠?」
「鼠の事だにゃ」
「ああ。だから猫神様がここを見ていると?」
「そう、もっとも鼠以外にも厄介なのが来る事もあるにゃが」
「なるほど」
妖怪…というのは聞くがどんな感じでどんな危険があるのかはイマイチ分からない。
妖怪よりは幽霊とか悪霊とかのほうが怖いと感じるが。
「では帰ります」
「うむ」
そう言って俺が帰ろうとした時だった。
遠くから鳥の鳴き声が聞こえてきた。
最初鳥かと思ったが明らかに何か違うモノの鳴き声だ。
それは一羽や二羽ではない。
多くの声が遠くから聞こえる。
「これ…は?」
俺は驚いて猫神を見る。
見ると周りに寝転んでいた猫達が一斉に起き上がって警戒の体勢を取っている。
「お前、運がないにゃ」
「え?、運?」
「よりによって厄介な奴が現れた時に居にゃわせるとはね」
「この声って妖怪?」
「そうにゃ、悪いけどこっちに来るにゃん」
俺は言われた通りに猫神の傍による。
「俺はどうすれば?」
「お前には妖怪は見えないにゃ、がもう近くまで来てるにゃん」
「近くに来てる?」
「近づいているにゃ」
「俺はどうすればいいんです?」
「私が良いと言うまで傍を離れにゃい事、分かったかにゃ?」
「わ…分かりました」
そうして俺は猫神の傍に座った。
鳴き声は次第に大きくなり、上空から耳が痛くなるほどの大音響で迫ってくる。
やがて上空だけでなく四方八方から声が響き渡った。
「うわ…うわ…うわ…」
得体の知れない恐怖が襲ってくる。
何が何だか分からない。
「……」
どのぐらい時間が経ったか?
鳴き声は徐々に薄れやがて完全に消えた。
スマホを見ると一時間ぐらい経っている。
「もういいにゃ」
「もう大丈夫なんですか?」
「にゃ、妖怪は消えたにゃ」
「そうですか」
そうして俺は猫神に挨拶し神社から出ようとした。
最初に鳥居にいた猫は再び座ってこちらをじぃーと見ている。
「帰るよ」
俺は猫に声をかけて鳥居をくぐった。
その時、鳥居の猫はにゃーと一声鳴いた。
俺が見ると猫はいなくなっていた。
外から中を見ると猫神も猫達もいなくなっていた。