間章:悪夢の始まり
今回から三話ほどマーガレット視点です。ご注意ください。
私ことマーガレット・キルツ・フォーンダリアは、ごく普通の女の子だ。いや、王女に生まれたのを「普通」と言ったら怒る人もいるのだろうけれど、少なくとも私の主観ではそうなのだ。
末の子、しかも娘ということで、お父様にも割と可愛がられた。また明らかに王位など狙えぬ、権力から遠めの立ち位置だけに、よくも悪くも周囲からは軽めの扱いを受けた。
ただ、それは不幸だったわけじゃない。ちょっとおてんばで我が儘な幼いお姫様は少しだけ気安い態度で使用人達に可愛がられたし、物心ついた少女時代もそこまで厳しい教育を受けることもなく、割と自由に生きられた。
そして今日、私は一五歳になる。大人の仲間入りをして正式に王位継承権を得ることで、周囲の対応はきっと変わることだろう。でも、そんな変化すら楽しみにしている自分がいる。
これまで見られなかった世界を見ることに、期待と不安で胸を躍らせる。少女であることを許された最後の時間を楽しみ、明日からは大人になる。その夢の境目を歩く私の前には、私の誕生日を祝う沢山の人々がやってきていて……その先頭に立つ男性が、優しい笑みを浮かべて私に声をかけてきた。
「やあ、誕生日おめでとう、マーガレット」
「陛下! ありがとうございます」
「ハハハ、今日くらいは昔のようにアンダルト兄様と呼んでくれてもいいんだよ?」
朗らかに笑うのは、三年前に外国の姫を王妃に迎え、正式に王位を継いだアンダルト兄様。今年で二七歳になるはずなのに、今ひとつ貫禄がつかないというのを悩みにしている人だ。
国内外の情勢が安定している今、王に求められるのは無難で平凡な統治だ。その点優秀すぎない兄様は国民からの受けもいいのだけれど……やはり王様ともなると色々苦労があるのだろう。元々細かったお体は更に細くなっており、お父様のような貫禄がつくにはまだ一〇年はかかりそうだ。
「フフッ、私ももう大人なのですから、そのような無礼は働けませんわ。ところで陛下、レテヴィア様は……」
「ああ、レテヴィアは来ていない。来たがってはいたんだが……」
「まあ、身重では仕方ないですよね」
隣国の王家へと嫁いだレテヴィア姉様は、現在第二子を妊娠中だ。割と可愛がってもらっていたので是非祝って欲しかったけれど、流石に大きなお腹で馬車の旅をさせるわけにはいかない。ならば少しして落ち着いたら、私の方から訪ねることにしよう。きっと歓迎して赤ちゃんを抱かせてくれるはずで……フフフ、今から楽しみ。
「おう、マーガレット! おめでとう」
「ギルベリア兄様! ありがとうございます」
次にやってきたのは、ギルベリア兄様。私の七つ上で昔は色々と意地悪もされたけれど、今ではすっかり落ち着いてこの国で将軍をやっている。
「お前も遂に一五か……で、どうだ? そろそろいい男の一人も見つけたか?」
「兄様! 私はそういうのはまだ――」
「ハッハッハ! 俺がその歳の頃は、発情したゴブリンみたいだったからなぁ。母親が違うとはいえ、父は同じなんだ。持て余してるならうちの男共を紹介してやるぜ?」
「いりません! まったく兄様は!」
前言撤回。まだまだギルベリア兄様はやんちゃな子供のままのようだ。かつては自分が王様になりたいと騒いでいたこともあったようだけれど、今はそんな話はこれっぽっちも聞かない。
まあ昔からアンダルト兄様との仲はよかったし、ギルベリア兄様は漠然と王様になりたかっただけで、「この国の」王様に拘っていたわけではないようなので……男の子が年頃にかかる流行病のようなものだとお父様も笑っておられたので、そもそもそこまで本気ではなかったのかも知れないけれど。
「…………おめでとう、マーガレット」
「ミトルナ姉様……」
最後にギルベリア兄様の背に隠れるようにして挨拶をしてきたのは、私の三歳年上のミトルナ姉様。
「使用人の娘が、遂に正式な王族とはね。全く嫌になっちゃうわ」
「あはははは……」
「おい、ミトルナ! お前まだそんな事を言っているのか!」
「だって、兄様!」
私の前で、ミトルナ姉様とギルベリア兄様が軽い言い争いのようなものを始める。
お父様には三人の妻がおり、正妃であるレムノ様は、他国から嫁いできた王女様で、アンダルト様とレテヴィア様がその実子だ。
第二妃はこの国の大貴族の娘であったストリア様で、ギルベリア様とミトルナ様はその実子となる。
そして第三妃、マリアナの娘が私なのだけれど……実は母は、この城の使用人であった時にお父様に見初められ、結婚している。
無論、使用人といっても王宮に仕えているのだから、母は立派な貴族だ。小さな子爵家の次女だったので家格としてはそこまででもないが、ミトルナ姉様に馬鹿にされるような存在ではない。
が、この国で最も大きな侯爵家の長女であったストリア様の子供であるギルベリア様とミトルナ様はその価値観をしっかりと受け継いでおり、「城の使用人であった」という事実だけで、私のことをいじめたりしてくる時期があったのだ。
「ほらほら、いい加減にしないか二人とも。いいかいミトルナ。今日よりマーガレットは成人として、正式な王位継承権も与えられる。今のような態度を続けていれば、罰せられるのはミトルナの方になるんだよ?」
「うっ……わかってますわ陛下。ですがどうしても……」
「……長年染みついた価値観がなかなか捨てられないというのは理解できる。だがそれを許容できる時はもう終わったのだ。変えられぬというのなら口をつぐみなさい。睨まずにいられないなら、目を閉じなさい。兄としての助言はこれで最後……次は王として処断しなければならないよ?」
「…………畏まりました」
陛下に言われ、ミトルナがしょんぼりと肩を落とす。でも最後に私にしか見えない角度でベーッと舌を出すと、小走りで走り去って行ってしまった。それを見届けたギルベリア兄様が、呆れた顔で小さくため息をつく。
「ハァ、あいつはいつまでも……悪いなマーガレット」
「いえ、もう慣れましたから」
「ははは、これではどっちが年上かわからんな。まあとにかく――!?」
その瞬間、世界が揺れる。立っていられないほどの衝撃に、私は思わず膝を突いてしまう。
(何!? 何が起きたの!?)
パーティ会場に混乱が広がり、皆が状況を把握するべく辺りを見回し……そして奇妙なことに気がついた。
「……揺れていない? いや、でも……?」
テーブルの上の料理も、天井から下がるシャンデリアも、その一切が全く揺れていない。グラスに満たされたワインには波紋の一つも立っていないというのに、それでもなお私は勿論、会場警備に当たっている騎士達ですらまともに立ち上がることができないようだ。
「陛下! ご無事ですか!」
「どういうことだ!? 状況を報告しろ!」
「ギルベリア将軍! これは一体――」
「口より体を動かせ! 動かなくても無理矢理動かせ! 避難経路の確保と陛下の護衛を最優先だ!」
二人の兄様が大声で指示を飛ばし、騎士達が柱やテーブルに手を置いて何とか立ち上がり、私を祝うために集まってくれた貴族達を誘導しようと必死になっている。
でも、その全てが無駄だった。パーティ会場の中央から黒い煙が立ち上ると、それがゆっくりと人型を成していく。
「フハハハハ! 遂に! 遂に蘇ったぞ! さあ世界よ、今度はこの俺が、お前の庇護する全てを地の底へと押しやってくれる!」
半透明の人型の輪郭。それが少しずつ濃さを増し、もう少しで顔がわかる。誰もが驚き慄くなか、私はポカンとその姿を見上げていて……不意に全てが黒く染まる。それが私の持つ最初の記憶であり、初めての死の体験であった。




