幾つか抜けているくらいの方が、嘘も演技も見抜かれない
「ユートぉぉぉぉ!」
「おい、待て馬鹿!」
惚れた男のピンチに、マオが森の中を駆けていく。無論、いくら虚を突かれたとはいえ、すぐに追いつきその肩を掴もうとしたが……
「はわっ!?」
「うおっ!?」
出っ張っていた木の根に足を取られ、マオが冗談のような勢いで勇者達の方へと転がっていく。スカッと空を切った手に思わず歯噛みしてしまうが、悔しがっている場合ではない。
「ひゃぁぁぁぁ……あぐっ!?」
ゴロゴロ転がったマオが、もう一度木の根に引っかかって勇者と魔獣のちょうど間のところでビタンと地面に叩きつけられた。そこから涙目で起き上がり、ペッペッと口に入った泥を吐き出すマオに、驚き硬直していた一人と一匹がようやくにして反応を示す。
「うぅぅ、酷い目に遭ったのじゃ……」
「え、な、何!? 女の子!?」
「グァァァァァァァァ!」
「危ない! 逃げて!」
戸惑う勇者の声に合わせるように、二メートルほどの巨体を誇る大きな熊の魔獣が威嚇の声をあげ、その腕をマオ目がけて振り下ろしてくる。一見すれば絶体絶命のピンチのようだが……残念、その動きは想定内だ。
「フッ!」
「ガァァァァァァァァ!?!?!?」
ようやく追いついた俺の剣が、熊の魔獣の太い腕をあっさりと切り飛ばす。更に返す刃で残った方の腕も切り、最後に心臓をひと突きして完全に仕留めたのを確認してから振り返ると、そこでは俺に数秒遅れてやってきたティアが、子供達の面倒をみていた。
「はいはい、私達が来たからもう大丈夫よ……って、もう終わったの?」
「ま、大した敵じゃねーからな。それより……ていっ!」
「ぎゃふん!? いきなり何をするのじゃ!?」
「人の話を聞かねーで飛び出して行く馬鹿には、当然の罰だ……で、そっちは大丈夫だったか?」
俺はマオの頭に拳骨を落としてから、その場にへたり込んでいた勇者の少年に手を差し出して声をかけた。すると少年は俺の手を掴んで立ち上がり、慌てて頭を下げてくる。
「は、はい! 助けてくれて、ありがとうございました!」
「なに、気にすんな。ちょうど仕事に行くところで、こいつがお前に気づいたんだよ」
「そうじゃ! ユート、大丈夫じゃったか? 怪我などしておらぬか?」
「え!? う、うん。平気だけど……えっと、君は? 何で僕のこと知ってるの?」
「はうわっ!? そ、それはその……」
「あー…………ほら、こいつもちょうどお前と同じくらいの歳だろ? だからお前のことを遠目で見かけて、自分と同じくらいの子が頑張ってるってんで気にしてたらしいんだよ」
「そ、そうじゃ! そうなのじゃ! とっても気になっておったのじゃ! あと名前は冒険者ギルドで呼ばれているのを聞いたのじゃ!」
「ふーん、そっか。えっと、でも一応自己紹介するね。僕はユート。君は?」
「妾はマオじゃ!」
「ちなみに、俺はエドで……」
「私はルナリーティアよ。よろしくね、ユート君」
「は、はい。よろしくお願いします……」
ニッコリ笑ってティアが差し出した手を、ユートが少しだけ顔を赤くして握る。が、そんな微笑ましい光景が気に入らなかった唯一の人物が、ユートの足を軽く蹴る。
「いたっ!? 何するんだよ!」
「フンッ! ユートがだらしない顔をしとるからじゃ! 何じゃお主、ひょっとしてティア殿に欲情しているのではあるまいな!?」
「よくじょー?」
「エッチなことを考えておるのではないかと言ったのだ」
「エッチ!? そ、そんなわけないじゃないか! そんな、エッチなことなんて……」
「どうじゃかなぁ? 男はみーんなケダモノらしいではないか! まあどうしてもと言うなら? 妾のこのないすばでーを、ちょっとくらいなら触っても……いい、ぞ?」
「馬鹿なこと言ってんじゃねーよ! あと、無理すんな」
「きゃふん!」
自分で言ったくせに、恥ずかしくなったんだろう。顔を真っ赤にしながらそれでもスカートの裾をフリフリしているマオにもう一度拳骨を落とすと、俺は改めてユートの方に視線を向け直す。
「ところでユート。ここに来たのは仕事か?」
「あ、はい。今日は薬草を採りに来たんです。でもまだ三束しか採れてなくて……いつもならもうちょっと採れてるはずなんですけど」
「そうか。こんな町の近くまでブラウンベアが来てるってことは、森の奥で魔獣の勢力図に変化があったのかもな。そうなると今日の薬草採取は難しいかも知れねーぞ?」
「え、そうなんですか?」
「ああ。魔獣だって怪我すりゃ治療しようとするからな。薬草の群生地で体をこすりつけるんだが、そうすると当然それをやられた群生地はグチャグチャになっちまって、採取はできない。
ま、売り物にならないってだけだからしばらくすりゃまた生えてくるのは同じだけど、一週間くらいは厳しいかも知れん」
「そんな、どうすれば……でもあんな魔獣がいるんじゃ、これ以上奥に入るのも危ないし……」
「ふーむ。ならユート、とりあえず俺達と一緒に行くか?」
「えっ!?」
「俺達は討伐依頼を受けてるから、このまま森に入るんだ。で、もしお前がついてくるなら、そのまま俺達の側で薬草の採取をすればいい。どうだ?」
「それは凄く助かりますけど……でも、ご迷惑じゃないですか?」
伺うような表情で、ユートが俺とティアを交互に見てくる。だがそんなユートにティアがその場でしゃがみ込み、目線の高さを合わせて微笑む。
「まさか! ユート君みたいな素直で可愛い子なら、大歓迎よ! ねえエド?」
「そうだな。ちょうどウチには同じくらいの奴もいるから、一人が二人になったところでどうってことねーさ。
っていうか、むしろ俺達としてはマオの友達ができるのは大歓迎だしな。だろ?」
「わ、妾か!? 妾はその……ま、まあユートが一緒にいたいと言うのであれば、並んで冒険するのも吝かではないというか……」
「マオちゃん? ここで素直にならなかったら……多分一生後悔するわよ?」
体をモジモジ、口をモゴモゴさせたマオに、ティアが真剣な目をして言う。するとマオはゴクリと唾を飲み、ティアを見て、俺を見て、そして最後にユートの顔を見て……サッと俺の後ろに隠れつつも、半分だけ顔を出して言う。
「い、一緒に行きたいのじゃ……駄目、じゃろうか?」
「ははは……ってことだ。つーか所詮は今日一日だけのことなんだし、そんなに難しく考えることねーだろ? 勿論、どうしても俺達が怪しいってことなら、断ってくれても構わねーけど」
「そんな!? 魔獣から助けてもらったんですから、そんなことはないですけど……でも、ごめんなさい。確かにちょっと話がうますぎるかな? とは思ってます。その、いつもお世話になってる受付の人に、ギルドの関与しない場所で知らない人に冒険に誘われた場合は、十分に警戒しなさいって言われてるので……」
「むぅ! 妾の何処が怪しいと言うのじゃ!」
「落ち着けマオ。確かにユートの言うことは正しい。たとえ俺達が助けなかったらとっくに死んでたとしても、他人をホイホイ信じるようじゃ危ねーしな。
でも、そうだな。そういうことなら俺も少し本音を話そう」
俺はニヤリと笑うと、ユートの側に近寄ってそっと耳打ちをする。
(実はな、男の勢力を増やしたいんだよ)
(男の勢力、ですか?)
(そうそう。ほら、ティアもマオも女だろ? 男が俺だけってのは……こう、な? 色々とあるんだよ)
ヒソヒソ声でそう告げてから、俺はチラリと視線だけを背後に向ける。するとそっちはそっちでティアとマオが何かを話して盛り上がっており、キャイキャイと黄色い声をあげている。
(な? 頼むよ。マオと仲良くしてくれるってのも勿論嬉しいけど、男同士で気兼ねなく馬鹿みてーな話とかしようぜ?)
(それは……フフッ)
俺の言葉に、ユートが小さな笑い声を零す。が、すぐにその口を押さえると、俺の目を見て悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「わかりました。そういうことなら、とりあえず今日一日よろしくお願いします!」
「おう、よろしくな!」
当初の憧れられる路線とは些か異なる流れとなったが、こうして俺達は無事に勇者を仲間に引き入れる、その一歩目を刻むことに成功したのだった。




