皆のピンチに駆けつけるのが、英雄だけとは限らない
「全身真っ白で羽の生えた鎧騎士、ねぇ。こいつは何とも――」
「捧げよ」
随分といかにもな風貌をした敵が、俺の考察をぶった切って言葉を発する。教会の鐘みたいにやたらと響く荘厳な声は、一瞬グラリと俺の頭を揺さぶってきた。一般人ならおそらくこの声だけで戦闘不能にされちまうんだろうが、当然ながら俺やティアにはそれ以上の効果はない。
「神の定めし秩序のために、この世界の全てを捧げよ」
「おいおい、そんなにはっきり名乗るのか? ま、わかりやすくていいけどよ」
神の存在も、その力の欠片が何故か異世界に存在していることも、俺達は嫌ってほどに理解している。勿論それとは全く別口の「自称神」が拘わっている可能性もゼロとは言わねーが、俺の直感があれは本物だと訴えかけてくる。
まあそれ以前の問題として、あれだけ派手に力をまき散らしていたら、流石に間違えようがないという意見もあるが。
「つーか、直接攻めてくるって、どんな心境の変化なんだよ?」
これまでずっと、神は誰かの中に宿ってその力や思考に影響を及ぼすという迂遠な手段だけを執り続けてきた。それがここに来てこんな直接的な存在に方向転換したのは、一体いかなる理由なのか?
考えたところで答えが出るわけでも無いが、とりあえずいつもの搦め手よりもこっちの方がわかりやすいのは確かだ。
「まあいいさ。せっかく倒しやすい状態になってくれてるんだから……あっさり引導を渡してやる!」
「捧げよ」
俺は「彷徨い人の宝物庫」から「夜明けの剣」を取りだし、まっすぐに構える。そんな俺に対して白の巨兵……「羽付き」はその手に持った馬鹿でかい槍を振りかぶり、地面に向かって投擲する。
そう、地面だ。俺じゃない。羽付きの足下に着弾した槍は土埃と共に白い光を周囲に放ち、緑の草地が吹き飛んで荒れた地面が姿を現した。
「は? 何処狙ってんだ?」
「っ!? 駄目! エド、あれは駄目よ!」
「ティア?」
見当違いの場所への攻撃に首を傾げる俺に、ティアが叫ぶようにそう言ってくる。振り返らず軽く視線だけでそちらを見ると、ティアが辛そうな顔で荒野になった地面を見ていた。
「どうしたティア? 今の攻撃の何が駄目なんだ?」
「あの槍が刺さったところから、急激に精霊の力が消えたの。多分あれがさっきの荒野の正体だわ!」
「なっ!? そいつは……ヤバいな」
単に表面が吹き飛んだだけかと思ったが、どうやら事態はもっとずっと深刻らしい。昨日の話からすると、単なる破壊現象よりよっぽどたちが悪いはずだ。
「なあティア、それって元に戻るのか?」
「今は局所的に力が失われただけだから、放っておいても周囲の力が流れ込んで一、二週間もあれば元に戻ると思う。でもでもドンドン攻撃されて、ドンドン穴が広がったら……」
「そうか。なら――」
「捧げよ」
「そいつを打たせるわけにはいかねーなぁ!」
白い槍はいつの間にか羽付きの手に戻っており、それが再び振りかぶられたのを見て、俺は即座に走り出す。視認できる距離なんざ、「追い風の足」を使えば一瞬だ。
「おらぁ!」
解き放たれた槍を、俺は「夜明けの剣」の一撃で弾き飛ばす。本当はぶった切るつもりだったが、槍の強度が予想以上に高い。
「くっそ硬いな!? 何でできてんだよそれ!」
「捧――」
「なら本体はどうだ!?」
遠くに弾き飛ばした槍も、やはり一瞬で羽付きの手に戻ってしまう。ならば今度は投げる腕を飛ばしてやろうと、俺は「円環反響」にて槍を弾き飛ばした時の衝撃を足に集め、天高く飛び上がる。が……
「チッ、切れねーだと!?」
両足の骨にヒビが入るほどの勢いを以ての切り上げだというのに、羽付きの腕は切り飛ばせない。やむなく脇にある鎧の隙間に食い込ませた刃を滑らせて抜くと、そのまま頭上まで上がってから今度は首の隙間を狙って切り込む。
「こっちはどうだ!?」
「――げよ」
その一撃は間違いなく羽付きの首に食い込んだ。だが確かな手応えとは裏腹に羽付きに痛みを感じる様子も無く、血の一滴だって噴き出しはしない。
だが負傷したという事実そのものまでは無視できなかったようだ。首と脇に入った切り込みは槍の投擲時にわずかに羽付きの体勢を崩させ、槍を飛ばす角度がやや上振れた。これなら――
「ティア!」
「任せて! やぁぁぁぁ!!!」
竜巻を宿したティアの銀霊の剣が、羽付きの槍とぶつかり合う。渦巻く風が巨大な槍を斜め下で受け止めるが、流石に質量が違いすぎてティアの顔が苦痛に歪む。
「くぅぅ……でも!」
「ああ、十分!」
ティアが稼いでくれた値千金の刹那。俺は羽付きの体を蹴って加速し、地面に激突した衝撃全てを「円環反響」で蓄積しつつ「追い風の足」を起動。一瞬でティアの前に辿り着くと、溜めていた衝撃全てを加えて槍を下から跳ね上げた。
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
俺の雄叫びとともに巨大な槍がわずかにふわりと宙に浮き、俺達の横二メートルくらいのところに落下した。ドスンという重い音と同時に地面が揺れて土埃が立つも、あの白い光が発生しないということは、今回も防ぎきったということだろう。
「ふー、とりあえず何とかなったか」
「そうね。でも流石にこれをずっとは無理よ? 何か手はないの!?」
「うーん……」
余力は十分以上に残っているものの、打開策がなければジリ貧だ。それがわかっているからこそ若干焦りの声をあげるティアに、しかし俺もいい考えは浮かばない。
(槍や鎧は全然斬れる気がしねーし、体も妙にぐにょっとしてるというか、みっちり詰まった粘土でも斬ってるような手応えなんだよな……どうなってんだ?)
流石に「薄命の剣」なら斬れるだろうが、持ってない武器のことを考えても意味がない。他に通じそうなのは――
「弓隊、撃てーっ!」
「「「ワァァァァァァァァ!」」」
と、そこで背後から雄叫びがあがり、何百本もの矢が羽付きに向かって飛来する。どうやら町からの援軍が来たようで、振り返った俺達の横を武装した兵士達が駆け抜けていき、そのなかの一人が俺達の前で足を止めて話しかけてくる。
「君達、大丈夫か!? 何だか凄まじい戦いだったが」
「ああ、まあ何とかな。ティアは?」
「私も平気。怪我とかはしてないわ」
「そりゃよかった。ならあとは我々がやるから、君達は避難しなさい」
「ありがとうございます。でも、あんなのどうにかできるんですか?」
落ち着いた様子の男の言葉に、ティアがホッと額の汗を拭いながら問う。だがそれに対する答えは、俺の予想とは大きく違ったものだ。
「ん? 俺達には無理だよ。自分で戦ってた君達ならわかるだろ? あんなもの普通の人間がどうこうできる相手じゃない。俺達にできるのは、精々死ぬ気で足止めするくらいさ」
「えぇ!? そんな、だったら私達も戦います! ねえエド、いいでしょ!?」
「そりゃ構わねーけど……」
「何? 何か問題があるの?」
煮え切らない声を出す俺に、ティアがじれたように腕を引っ張ってくる。だが俺はそれを手で制しつつ、改めて兵士の男に話しかける。
「まあ待てって。なああんた、死ぬ気で立ち向かうって言ってる割には、あんたにも他の兵士達にも悲壮な感じが見えねーんだけど、ひょっとして何かあるのか?」
目の前の男は勿論、実際に羽付きと交戦している者達にも、何処か余裕のようなものが感じられる。本当に決死を覚悟しているなら、もっと切羽詰まった雰囲気のはずだ。
それが無いというのなら、どうしようもないと諦めているか逆転の札を手に持っているかのどちらかだと思うんだが……?
「ふふふ、わかりますか? 普段はもっとギリギリなんですけど、今回はお二人が時間を稼いでくれたおかげで救援が間に合ったんですよ。ほら!」
「救援って……えっ!?」
男の指さす方を見ると、空の彼方から黒い点が凄い勢いでこちらに向かって飛んでくるのが見えた。それはそのまま羽付きに突っ込むと、頭を大きく蹴り飛ばしてから兵士達の側に着地した。
「ハッハー! よくぞ持ちこたえた下等な人間共! 今こそ我が輩の偉大な力で、貴様等に勝利をもたらしてやろう!」
「うぉぉー! 黒騎士様だ! 黒騎士様が来たぞー!」
頭から足まで漆黒の金属鎧で装備を固め、背中には赤い裏地の黒い外套を羽織った男の登場に、周囲の兵士達から歓声があがる。その登場の仕方はまるで物語の英雄のようだ。
「うわー、凄い! ねえエド、ひょっとしてあの人がこの世界の勇者なの!?」
「……いや、違う」
はしゃぐティアに、しかし俺はどんな顔をしていいかわからない。いやだって、あれって……
「……あいつ、多分魔王だ」
「へ!? ま、魔王なの!?」
民衆の歓喜の声に迎えられた推定魔王の登場に、俺は心の底から困惑の表情を浮かべていた。




