真っ当な職務質問なら、された方が安心できる
「酷い……ねえエド、これってどういうこと? 全く見覚えの無い景色なんだけど、ここ私の生まれた世界じゃないわよね?」
「そう、だな…………多分?」
周囲に広がる荒野の景色。それを見たティアの問いかけに、俺は曖昧な答えを返すことしかできない。俺自身にもわからないことばかりなのだから、むしろ聞きたいのはこっちの方だ。
「よくわかんねーけど、とりあえず歩いてみようぜ。一応道っぽいものはあるし、人がいる場所に出られれば何かわかるだろ」
「……そうね。ここで立ち止まってても何もわからないだろうし」
小さな石ころがそこかしこに転がっているせいで大分分かりづらくなっているが、それでも大地には道がきちんと刻まれている。ならばとそれに沿って歩いて行くと、一〇分ほど進んだところでそこそこの規模の町が見えてきた。
いや、それは正確じゃないな。見えてきたのは……町の残骸だ。
「……………………」
警戒しながら近づくにつれ、町の荒れ具合がよくわかるようになってくる。壊れた町門をくぐってその内部に入ると、ティアが悲しげな顔で家の残骸に触れる。すると壁の一部がボロリと崩れ、それを見たティアが悲しげな顔で呟く。
「この壊れ方だと、魔獣に襲われたとかかしら? それに……」
「ああ。まだ襲われてそんなに経ってねーみたいだな」
不規則かつ無差別に壊れた建物は、人間同士の戦争ではなく強大な存在が力任せに破壊したことを伺わせる。そして瓦礫の風化具合を見れば、その戦いがあったのはそう昔とは思えない。精々が一、二年……どんなに長く見積もっても五年は経っていないはずだ。
「おい、お前達! そこで何をしている!」
と、壊れた町並みを観察していた俺達に、不意に遠くから声がかけられた。振り返ってみると、しっかりした金属鎧に身を包んだ人物がガッチャガッチャと音を立てながらこっちに向かって走り寄ってくる。
「ここはユーセフ子爵様が統治しているモルテンの町だ! たとえ崩壊していようとも、火事場泥棒など許さんぞ!」
「いやいやいや、違います! 俺達は旅の者で、ここはたまたま立ち寄ったというか、辿り着いたというか……」
両手を挙げて敵意が無いことを示す俺達に、しかし鎧の男は訝しげな表情を崩さない。
「このご時世に旅だと? そもそも辿り着いたとは、一体どこから来たのだ?」
「何処と言われても、向こうとしか……」
そう言って俺が視線を向けるのは、当然ながら今来た方向だ。ここがどの世界かわかればもう少し誤魔化しようもあるが、今はまだ何の情報も無いに等しい。どうにもならなければ走って逃げるしかなくなるが……さて?
「向こう……そうか、崩壊地区で生きてきたのか。何というか、よく今日まで生き延びてこられたな」
「へ? あー、ははは。そこはまあ、腕にはちょっと自信があるので」
まるで同情するような鎧の男の言葉に、完全に意表を突かれた俺はそれでもギリギリ愛想笑いを浮かべてそう答える。にしても、崩壊地区? 言い得て妙ではあるが、また気になる単語だ。
「崩壊地区の者だというのであれば、私からは何も言わない。彼の地はアルステッド帝国の滅亡に伴い、世界連合の管理地区からも外れているからな。
だがここは外れとは言えヒリンギア王国の国内だ。ここで活動する以上は王国の法に従ってもらう。異論があるのなら直ちに町から出たまえ」
「アルステッド……ヒリンギア…………!? ちょ、ちょっと待ってもらえますか!」
警告を残して立ち去ろうとした男に、俺は慌てて声をかける。二つの国の名前に聞き覚えがあったというのもあるが、それ以上にようやく巡り会えた会話のできる相手とこのまま別れてしまうのはあり得ない。
「む? 何だ?」
「その、この辺で食事や休憩のできる場所ってありませんか? 一応お金は持ってるんですけど」
言って俺が腰の鞄から取りだしたのは、数枚の金貨。見せ金としてはやや大金だが、ここで銀貨や、ましてや銅貨を見せたりしたらそのまま放り出されてしまう可能性が高い。どっちに転ぶかはわからないが、俺とティアならどっちであっても対処できるので問題ない。
そうして俺の手の中に黄金の輝きを見た男は……下卑た笑みや濁った目ではなく、若干の驚きと共に理性的な言葉を返してくれた。
「金貨か。崩壊地区でそれがどの程度の価値で扱われているのかは知らないが、こっちでは結構な大金だぞ? そんなに易々と見せない方がいい」
「そうなんですか? でもそういうことなら、これだけあればしばらくは飲食に困らない感じでしょうか?」
「そう、だな……この町にも拠点はあるが、そこは我々騎士団の拠点だから、悪いが部外者であるお前達を受け入れるわけにはいかない。まっすぐ町を抜けて二週間ほど進めば無事な町があるから、とりあえずはそこに向かうのがいいだろう。
ただし、最近は難民が増えているから、普通に町に入るのは難しいかも知れん。その場合は……まあどうにかするしかないな。おそらくはそういった難民向けの商人が町の外壁付近にいるだろうから、そこで補充してキスキルやスイーデンの方に向かうか……あるいは少々遠いが、ブラウ聖国へ向かうのもいい。あそこは落ちた権威を回復させるべく、積極的に難民を受け入れているからな。
どうするにせよもうしばらくは旅が必要になるはずだから、水や食料はしっかり準備しておくといい。無理そうなら……あー、流石に我々の糧秣を流すわけにはいかないから、一旦引き返すとかして、な」
「そうですか。貴重な情報共々、お気遣いありがとうございます」
最後は苦笑して言う鎧の男に、俺は頭を下げて丁寧にお礼を告げる。すると男は警備に戻ると言い、手を振ってその場を去って行った。とはいえ完全に気配が消えたわけではないので、見えないところからこちらを警戒しているのだろう。
「親切ないい人だったわね」
「だな。ありゃ相当に優秀な騎士だ」
だが、別に火事場泥棒なんてするつもりのない俺達からすれば、会話が聞こえない程度に離れてくれていれば困ることなど何も無い。奪うことも騙すこともなく、親切にしてくれつつも信頼しすぎないその姿勢は、むしろ敬意と好感を覚えるくらいだ。
「それでエド、何かわかったの? 随分色々な名前が出てたけど」
「ああ、わかったぞ。ほぼ間違いなく、ここは第〇五一世界だ。まあ随分様変わりしてるみてーだけど……」
違う世界で偶然国名が同じということでもなければ、ここが第〇五一世界であることはほぼ確定だ。だが俺の知ってる〇五一世界は、こんな風に荒廃してはいなかった。
つまりここもまた、何らかの横やりが入った結果俺の知ってるのとは違う歴史を歩んだ世界なんだろう。あるいはあの揺れが影響している可能性もあるが……駄目だ、わからないことが多すぎる。
「一体何が起きたのか……情報収集のためにも、とりあえずここを抜けて次の町に行かねーとだな」
「そうね。ここは……とても寂しいもの」
ティアの視線の先を追うと、そこには薄汚れた人形が落ちていた。瓦礫の隅にあるそれの持ち主がどうなったのか、俺達に知る由はない。今の俺にできるのは、ただ無事であって欲しいと心から願うことだけだ。
「……行こう」
「ええ」
俺は無意識にティアの手を取り、ティアもまたそれをギュッと握り返してくる。そうして互いの温もりを確かめながら、俺達は壊れた町の中を歩き進んでいった。




